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12月中旬:生放送で脅迫

『お幸せに』


 紗雪と古賀へ向けたその言葉は、果たして本心からの言葉だったのだろうか。

 紗雪と古賀を見送ってから一週間。

 氷室は診療所の勤務を終えると、リビングでビールを片手に桔梗が出演する番組の生放送をぼんやりと見つめていた。

 世間では、半年近く行方不明だったはずの紗雪が公の場に現れたとそこそこ騒がれ、一週間ほど経ちやっと落ち着いてきた所だ。

 今の所紗雪から助けを求める声がイヤリングから聞こえてくることはなく、氷室はこの一週間穏やかな時間を過ごしてきた。


『イミクイ、何でも質問コーナー!』


 Imitation Queenはゴールデンタイムに、冠番組を持っている。

 今回は卒業メンバーの同窓会スペシャルと題し、生放送で番組が進行していた。


『ファンの皆様から頂いたお手紙を読み上げて、私達が質問に答えちゃいます!』

『頂いたお手紙は、カメラさんが引きで映さないと収まりきれないほどたーくさん、山盛りになっているの!さすがは飛ぶ鳥を落とす勢いの桔梗先輩だよね!』

『鏡花先輩も、負けてはいない』

『そんなに褒められると照れちゃうよ。ね?鏡花ちゃん』

『……はい……』


 7年前。


 ライブ中、ステージから桔梗を突き落としたアイドル──宇都宮(うつのみや)鏡花(きょうか)が同番組のゲストとして呼ばれているのには氷室も驚き、一瞬動きを止める。


(悪意を持って突き飛ばしていたなら、あれから随分経っているとしても隣になど立てないだろう……)


 一生歩けない怪我を負い、命に関わる危険性もあったのだ。

 仕事だから表面上仲良くしている可能性もあるが、その場合は本人に聞くまでもなく、桔梗から悪口が聞こえてくるはずだろう。


『この中からランダムに一枚選んで、カメラに書いている内容を見せてね!』

『はーい。それじゃあ、まずは鏡花ちゃんから!』

『……わたしが選ぶのは……』


 桔梗が不自然に鏡花の肩へ両手を載せると、カメラが彼女たちの姿をドアップで映し出す。

 ツマミを口にしながらビールをちびちびと呑んでいた氷室は、あることに気づく。


(こいつ……こんな奴だったか……?)


 氷室の知る宇都宮鏡花は、誰よりもセンターに相応しい女だった。もっと私を見て、と。

 中央で溢れんばかりのオーラを醸し出す、少女だったはずだ。

 現在の鏡花は桔梗が肩から手を離せばドアップで映っているはずなのに、何故か視界に入ってこない。

 足が生えた幽霊のように、存在感のない女と呼ぶに相応しい様子を目にした氷室は、桔梗が肩に手を置いていた理由を知った。


『これにしようかな……』

『なんだろー?楽しみ!』


 声を発すれば、今まで存在しないと思い込んでいたことが嘘のように存在感を醸し出す鏡花は、黙っている時限定で気配が薄れるのだろう。

 桔梗は鏡花が注目されるべき場面だからこそ、彼女が画面から消えないようにサポートしていたのだ。

 氷室は桔梗の献身的なサポートに、感動していた。


(あいつも成長したな……)


 桔梗とはじめて出会ってから、7年の時が過ぎている。

 自分が生き残る為氷室を必死になって誘惑していたあの桔梗が、他人を気遣えるようになったのかと思えば感慨深い。


『お題は……こちら。ええと……年末年始は、どう過ごしますか』

『鏡花先輩、どうやって過ごします』

『家族、みんなで……。こたつでのんびり、する……』

『仕事が入っていないとのんびりできていいなぁ。あたし達、年末年始は歌番組に引っ張りだこでっ』

『現役のアイドルは大変だよね』


 年末年始の過ごし方を聞かれた所で、氷室と紗雪に危害を加えようとした男を捕まえるため奮闘しますなど、口が裂けてもカメラの前では発言できない。

 桔梗は適当に話を合わせながら、ビニールシートの上で山積みになったファンから質問が書かれた紙を漁り、一枚の紙を取り出してカメラの前へと向けた。


『じゃーん!私が選んだ質問は、これ!』


 桔梗が笑顔で質問の書かれた紙を開き、カメラに見せる。

 そこに書かれていた内容は、質問ではなかった。


『お前の、秘密を知っている……?』


 桔梗が読み上げる前にモニターを確認していたスタッフは、すぐ異変に気づいたのだろう。

 すぐに手紙ではなく桔梗の顔面をドアップで映し出したが、明らかに悪手だった。


(あの馬鹿……)


 桔梗がスキャンダルの宝庫であると知っていれば、間違いなく氷室と同じことを考えただろう。

 桔梗はカメラが手紙を映し出しているままだと勘違いし、険しい表情が映ってしまっている。


『あ、あはは!スタッフさんのいたずらかなぁ?手の込んだいたずらだね!リハーサルの時にもやっておいてくれなきゃ、桔梗先輩が戸惑っちゃう!』

『ドッキリ……大成功……』

『ええっ。これ、ドッキリなの?』


 放送事故であることは間違いないのに――機転を利かせた現役のアイドルが棒読み気味に笑い声を上げたことで、流れが変わった。

 声を発していない鏡花は、影が薄い。

 カメラに映り込んでいたとしても存在が認識されないのをいいことに、カメラに映らない範囲へ移動したのだろう。


『ドッキリ大成功』


 スタッフから札を受け取り、肩で息をしながらこれはドッキリですと、全身で訴えかけている。

 口を開けば圧倒的な存在感を放つ鏡花のお陰で、番組は滞りなく進行して行った。


『もう。びっくりしすぎて、変な顔しちゃった。カメラの前では、いつでもかわいい私で居たいのに!』

『スクショが回りそう……』

『ええ、やだー!みんな、SNSに投稿するなら、かわいい私を撮影してね』

『テレビ画面は、撮影、禁止……』

『そうだよ!よいこのみんなは、桔梗先輩の言葉を真に受けちゃ駄目だからね!間抜けな顔もかわいい顔も、SNSへ投稿は禁止ー!』


 放送事故が起こったとは思えないテンポの良さで進行していく番組を他所に、氷室はスマートフォンでSNSを検索してファンの書き込みを確認する。


『キョウちゃん、大丈夫かな……』

『脅迫だろ、あれ』

『ドッキリか、よかったー!』

『スタッフの検問すり抜けているとか、セキュリティガバガバすぎて草』

『キョウのこと批判すんなよ!悪いのは悪趣味なイタズラ仕掛けたスタッフだろ!?』


 SNSでは生放送などそっちのけで、ドッキリなのか放送事故なのかを見極めるため、ファン同士で口論しているようだ。

 桔梗やあの場にいるスタッフにしか知り得ない事実を明らかにするべく、動き出すファンまでいる始末。

 収録ならばカットすればよかったが、生放送であることが余計な混乱を生んでいた。


(悪質な悪戯ならば問題ない。だが、もしも……)


 紗雪は、犯人の男が桔梗も知っている人物であると言い残している。

 これが放送事故ならば、桔梗にも今後危機が迫るかもしれない。

 氷室が長期休みを取得できる日までは、残り二週間ほどだろうか。

 沖縄と東京。

 物理的な距離がある以上、氷室が桔梗にできることはそう多くない。


(神奈川焔華と弟に任せるしかないのが、歯がゆいな……)


 桔梗から逃れるため、沖縄へ逃げて来たのが仇になっている――氷室は将来的には責任を取り、桔梗と婚姻するつもりだ。

 隠居同然の大先生から診療所を譲り受け沖縄で生活していく予定だった氷室と桔梗が婚姻し、芸能活動を続ける場合は彼女に掛かる負担が大きい。

 氷室が都内で医者として働くことになれば、いわくつきの天門総合病院に戻り、まともに桔梗と暮らす時間すら取れず、診療に明け暮れる日々を送るだろう。


(いっそのこと、貯金で暮らすか……)


 本気で桔梗を守るつもりならば、医者として働き続けることをやめればいい。

 医者としてそれなりの功績を上げれば、いつだって叔父の力を借りて政治家の道へ歩みを進められる。

 悪魔の子に制定された法律を撤廃する計画が頓挫すれば、そうした道も絶たれてしまうが……。


(そこそこ影響力がある爺さんだ。一人では大したことがなくとも、集団になれば強い)


 氷室が政治家に向いているか否かはともかく、桔梗の側で暮らすためには、異職業の転職を考える必要があった。


(新婚で旦那が無職は……ないな)


 元国民的アイドルの夫が無職だと世間に知れ渡れば、男性ファンが俺でいいだろと殴り込みを掛けてきては、ストーカーになりかねない。

 氷室は桔梗が無事であることを願いながら、二週間あまりの時間を無気力に過ごした。

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