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いい犯罪と、悪い犯罪

『これからあなたを、好きになってもいいですか?~いきなり結婚編~』


 恋愛ドキュメンタリー番組の撮影は、トラブルなく順調に行われた。

 悪魔の子は知らぬものがいないほど、社会的に有名な存在だ。

 行方不明となった天門紗雪の情報提供を呼び掛ける声も上がっていることから、撮影中の様子をSNSで拡散されることも危惧していたが──沖縄の人間は目撃情報を売ることで、有名人に出会える保証がなければ、わざわざSNSに投稿したりはしないようだ。


(俺の情報を流したのは、元国民的アイドルの愛知桔梗に出会えるかもと、余計な一文を付け足したからか……)


 桔梗が沖縄のビーチでPV撮影をしている際、SNSで目撃情報が投稿されたのは、彼女が自身の公式SNSで拡散機能を使い、コメントを返しているからだ。

 紗雪は公式SNSなどを開設していない。

 SNSで彼女を探しているのは社会から忌み嫌われている、悪魔の子と呼ばれる人々だけだ。

 情報提供をした所でお礼を言われるだけなら、余計な手間を掛けてSNSに目撃情報を投稿する気にもなれないのだろう。

 紗雪が所属している、悪魔の子支援協会に直接情報提供をしている可能性も否めないが、撮影自体は滞りなく終了した。

 この時点で協会の人間が紗雪を求めてやってくることがなければ、情報提供を誰もしていなかったと結論づけても構わないはずだ。


「私事では、ございますが……」

「この度僕とプリンセスは、婚姻を前提に交際する運びとなりました!」


 手を繋いだ古賀と紗雪は、テレビクルーが引き上げたことを確認し、那須宮と氷室へ報告をした。

 恋愛ドキュメンタリー番組の放送は、4月からを予定している。

 桔梗はスタジオで完成したVTRの感想を言い合うコメンテーターの一人として番組に関わる予定で、2月から撮影すると言っていた。

 本来であれば、コメンテーターの一人として演者が誰と交際したかを知っていてはいけない人物であるのだが──桔梗は演技がうまい。

 結末を知っていたとしても、演技力でカバーし隠し通す自信があるようだった。


(本人が隠し通せると告げたなら、問題ない)


 桔梗はやると決めたらやる女だ。

 氷室は愛する女性の言葉を、信じることにした。


「いつまでも沖縄で過ごすわけには行かないだろう。仕事はどうするつもりだ」

「長期間休暇を取得しておりますので、問題ございません!プリンセスが外出の際は、常にご一緒するのがプリンスの役目です。そうした配慮は、藤井さんを脅し……」

「……折笠さん……?」

「し、失礼致しました!藤井さんにお願いしてどうにか致しますので、お兄様の心配には及びません!」


 上司を脅して許可をもぎ取るつもりだと古賀の口から聞いた氷室は、慌てて取り繕った言葉の意図を探るために彼を2度見する。


(本性を表してきたな……)


 紗雪に古賀でいいのかと聞きたい所だが、すでに撮影が終了しているのだからどうしようもならない。

 紗雪の移植手術に必要な、生体ドナーが見つかった。

 あとは紗雪を銃殺しようとしてきた犯人に殺害されないよう阻止し、ほとぼりが覚めるまで彼女の命が続くように祈るだけだ。


「法律の件は……」


 悪魔の子と呼ばれた子ども達は、天門総合病院以外での治療を法律で禁じられてしまった。

 一度制定された法律を覆すのは、一介の医者と警察官だけでは難しい。

 そこで頼りになるのが、人脈と権力のある政治家だ。

 氷室の実家は、政治家と太いパイプがある。

 その伝手を辿って妹の鈴瑚へ事情を説明せず、水面下で動き出しているからこそ――仲間ハズレにされたと、鈴瑚が怒っているのだ。


(美月の行方不明から始まった天門総合病院の臓器売買事件には、鈴瑚にも協力を依頼していた……)


 遅かれ早かれ巻き込むことになるならば、さっさと事情を説明してこちらへ引き入れたい。

 だが、美月との件で鈴瑚と氷室は、没交渉。

 桔梗と二人揃って面と向かい合うまでは許さないとまで言われてしまえば、そう簡単に東京へ戻れない。

 氷室は年末年始の長期休暇まで、説得するのを諦めていた。


「水面下で動き始めている。早ければ年明けには表面化するだろう」

「よかった……」

「すぐにでも、東京に戻るのか」

「……はい……。白雪先生は……キョウちゃんと一緒に……年末年始……東京へ戻られると……聞きました……」

「その予定だ。折笠」

「は、はい!なんでしょう、お兄様!」

「天門の命、お前に預ける」

「お任せください!プリンセスを襲う不届き者が現れた際は、僕が逮捕しますので!」


 紗雪を銃殺しようとしてきた犯人の名を知るのは、彼女と美月だけだ。

 古賀は四六時中、紗雪の側に付き従えるわけではない。

 彼女の命が脅かされる前に是非とも、犯人がどこの誰であるかを知っておきたかったが──彼女は口を噤んだまま、氷室へ伝える様子はなかった。


「白雪、先生……」

「……どうした」

「彼のことは……どうしようもなくなったときに……お話します……」


 指定暴力団名無組から銃を奪って紗雪へ発砲した後。

 悪魔の子を殺して回っている男が救われる未来など、あるのだろうか。


(いい犯罪と、悪い犯罪か……)


 紗雪と美月が犯人を庇っている以上、彼女を銃殺しようとした男はやむを得えない事情があり、いい犯罪を目論んでいたのかもしれない。


(いいか悪いかなど、見方を変えればいかようにも変化する)


 悪魔の子にとって紗雪の父親──天門総合病院の院長は、神にも等しい存在だった。

 移植手術の順番など関係なく、大金さえどうにかすれば命を繋いでくれる救世主。

 けれど――世間一般からしてみれば、私利私欲の為に職権乱用し、無差別に人を殺した大量殺人犯だ。

 天門総合病院に入院しただけで意思確認をせず切り刻まれ、5名の患者へ臓器移植が行われたのだから、遺族にとっては到底許せる行為ではない。

 一方から見れば善だとしても、他方から見れば悪にしか見えない行為を白黒はっきりつけるのは、本来であれば難しいのだ。


(理由など関係なく、人を殺した時点で情状酌量の余地もないと切り捨てるからおかしくなる)


 天門院長は許されないことをした。

 彼が職権乱用をせず正しき医者として天門総合病院を切り盛りしていたなら、生き残った悪魔の子達はすでに命を落としていただろう。


(命の優劣など。本来は、つけるべきではない……)


 紗雪を銃殺しようとした男が、悪魔の子を何らかの方法で殺害しているのは事実だ。

 紗雪が彼から命を狙われない為にも、どうにかして罪を償わせる必要があった。


「一つ、聞いてもいいか」

「……はい。どうぞ……」

「……殺人犯となるのに、理由は必要だと思うか」


 世の中には不慮の事故で相手を殺害してしまい、罪の重さに耐え切れずその場から立ち去るものもいる。

 名無組から銃を奪って逃走し、悪魔の子を殺して回っている辺り、犯人に明確な殺人理由があるのは確かだ。

 いい犯罪と擁護するのは、無理があるはずなのだが……紗雪は氷室の問いかけに、か細い声で答えた。


「父は……わたしを助けるために、犯罪者となりました……」

「……プリンセス……」

「わたしが病に犯されていなければ……。父は、犯罪に手を染めることなどなかったでしょう……」


 紗雪は犯罪者となるには理由が必要だと告げたが、その言葉を聞いていた古賀は声を荒らげた。


「プリンセスが悲しむ必要はございません!犯罪者となる器には、犯罪の素質があるのです!目の前に空き缶が転がっていれば、通行の邪魔だからと空き缶を蹴飛ばすように!犯罪を犯しても、それが当然のことだと考える不届き者だっているのですから……!」


 古賀のたとえ話は論点がズレている。

 氷室の想定する、理由が必要ない犯罪とは、ぶつかって階段から突き落としてしまったなどの、不慮が引き起こす事故だ。

 明確な殺意がなく、ただすれ違っただけでその人物を殺害しようとする。

 無差別殺人犯を想定していた氷室と、些細な理由は気に留める必要はないと切り捨てる古賀の思考は交わることないだろう。

 氷室は古賀の意見に反応を示すことなく、2人を見送った。

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