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気狂いの純情物語

 ──翌日。


「はじめ、まして……。天門、紗雪です……」


 あまり体調が良くないのだろうか。

 顔色の優れない紗雪は、名を名乗ると小さく古賀へ向けて会釈をした。


「なんと美しい……!やはり、僕の目に狂いはありませんでした……!」


 古賀は当然のように紗雪の前で膝を付き、彼女の手を掴むと手のひらへ唇を落とす。


「へ……!?」


 氷室が止める暇すらなく、自然な動作で行われた海外かぶれの挨拶に、その様子を見ていた那須宮が素っ頓狂な声を上げた。

 叫びたくなるのも無理はない。

 美男美女が、映画のワンシーンにしか見えない行動をし始めたのだから。


(そこまでするか……)


 氷室だって、開いた口が塞がらなかった。


「お慕い申しております、プリンセス!」

「……わたしは、プリンセスではありません……」

「いいえ!貴女様こそ、僕が理想にするプリンセスです!僕は剣や盾となり、貴女をお守りすると誓いましょう!」

「その……。わたしが、探しているのは……わたしを守ってくださる騎士ではなく……」


 手を握られたまま困惑している紗雪は、何度か手を引いて古賀から逃れようとしているが、しっかりと手を握らされているせいで逃れられない。

 プリンセスと呼ばれ、紗雪を守る剣や盾となると宣言された彼女は困惑しながらも、古賀と同じ単語を用いて、彼との対話を試みている。


「騎士ではない方がよろしいのですか?」

「そ、う……ですね……。折笠さんの……言葉を……お借り、するならば……。わたしが、探しているのは……」


 あわあわと慌てている那須宮、胸の前で腕を組み黙り込んでいる氷室が見守る中、紗雪は古賀から視線を逸らす。

 履歴書を目にした時は乗り気なようだったが、やはり面と向かって古賀と会話すると、思う所があるようだ。

 氷室はいざとなれば、那須宮を突き飛ばしてでも二人の会話を中断させようと決めた。


「王子様を……探しているのだと、思います……。無償の愛を、わたしに捧げ……臓器を提供してくださる、王子様を……」

「……なるほど。僕は、プリンセスをお守りするナイトではなく、プリンスになればよいのですね?」

「……折笠、さんは……」

「古賀とお呼びください。プリンセス!」

「……では、わたしも……。その、プリンセスと呼ばれるのは、なれなくて……」

「プリンセスのご本名を僕が呼ぶなど、恐れ多いことです!」

「その……皆さん、わたしのことをプリンセスと呼べば……驚かれるかと思います……」

「いいえ!プリンセスは、プリンセスに相応しいお方です!異を唱える不届き者がいるのならば、警察官としては見過ごせません!」


 警察官として見過ごせないならば、紗雪がプリンセスなど柄ではないと馬鹿にする人間をどうするつもりなのだろう。

 気に食わないことがあれば、職権乱用も厭わないと宣言した古賀に、紗雪は困ったように眉を伏せている。

 当然の反応だ。

 この場でぜひとも警察官として不届き者を捌いてくださいなどと紗雪が言葉にするようなことがあれば、氷室は紗雪を助けようなどとは思わなかった。


「警察官として、ではなく……。今は、折笠さんとして……接してほしいです……」

「プリンセス……!」


 どの辺りに泣く要素があったのか、さっぱり理解できない。

 紗雪の手を握りしめたまま泣き始めた古賀に、彼女は空いている手で頬から滴り落ちる涙を拭っていた。


「はわぁ……」


 紗雪が絢爛豪華なドレスを着て、古賀が軍服を着ていれば。姫の為を思って騎士が涙を流す。

 ファンタジー世界で繰り広げられる、素晴らしきワンシーンだったことだろう。

 那須宮は脳内で古賀と紗雪の衣装を変換させ、背後に薔薇でも背負わせファンタジー世界のワンシーンを見ている感覚なのだろうが、残念ながら2人の存在する場所は、現実世界だ。

 周りを見渡せばどこにでもいるような服を着て、背後に薔薇を背負うでもなく。

 相手の同意なく三文芝居を始めた迷惑な男にしか、氷室には見えなかった。


(この光景のどこに、感動するような場面があるんだ……)


 従来で繰り広げようものなら、間違いなく通報されるような不審者っぷりに、氷室は呆れて物も言えなかった。

 古賀は高身長で細身。一般的な感性では、イケメンの部類にカテゴライズされる成人男性だ。

 不審な目で見られることはあるかもしれないが、通報されると断言したのは考え過ぎかもしれない。


(顔が良ければ、何やっても許されるからな……)


 顔がいいと、得をする。奇怪な発言をした所で、かわいいの一言で済まされるのだから。

 古賀は自身の生まれ持った美貌に感謝するべきだ。


(人を見た目で判断するなとよく言うが……)


 古賀の場合は、本来の意味とは別の意味で、人は見かけによらないことを体現している。

 顔たちが整っているのにこうして売れ残っているのは、彼の不思議な言動に女性が引いてしまったからなのだろう。


「……わたしは……折笠さんの人となりが、出会ったばかりでわかりません……」

「はっ。も、申し訳ございません!プリンセスに僕の考えを理解して頂けるように、精進して参ります!」

「……番組を通して、徐々に知っていけたらと……」

「……ふむ。番組では、プリンスの座を奪い合うバトルロワイヤルが繰り広げられるのだとか……?」

「ひっ、ひええ!」


 血の気もよだつ血みどろの争いを想定している古賀は、一瞬含みのある笑みを浮かべた。

 紗雪の前である為か、すぐにその笑みはかき消されてしまったが──。


(これがオンの表情か……)


 紗雪の前では大っぴらにする気がないようだが、夫婦になるならばそのうち明らかにするべき表情だろう。

 一瞬見せた含みのある笑みに隠された思惑が、他の男に紗雪を奪われないようあの手この手で懐柔することならば。


(知らない方が、幸せなこともある。黙っておこう……)


 古賀の本心がどうであるかは、状況によっては番組で明らかになることだ。

 今すぐ私的するようなことではないと思考を打ち消した氷室は、那須宮を交えて雑談を始めた古賀の様子を、注意深く窺った。


「スプラッターを思い浮かべているのですか?しませんよ!プリンセスの前で、文字通り血みどろの争いをするわけには参りませんので!」

「し、心臓に悪いですよぉ……っ」

「那須宮さんは……心配性ですから……」

「ご安心くださいませ、お姉様!心配させぬよう、僕がプリンセスのプリンスとなる為精進して参りますので!」

「はひっ。お、お姉様、ですか……!?」


 那須宮はイケメンからお姉様と呼ばれるなどとは思っていなかったらしく、顔を真っ赤にして慌てていた。


(こいつに任せていいのか……?)


 不安は残るが、なるようにしかならないだろう。

 紗雪の強い希望により、恋愛リアリティーショー撮影開始の2日前から古賀は、紗雪や那須宮と共に、行動することになった。

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