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12月上旬:藤井の頼りにならない言葉

 (とんでもない奴が、やってきてしまった……)


 折笠古賀と顔を合わせ、彼と別れた後自宅に戻った氷室は、まず藤井にクレームを入れる。

 美月からお願いをされて紹介してきたのがあの男となれば、なぜあのような男を紹介してきたのだと怒鳴りつけても許されると氷室が感じるほど、とんでもない人物だったからだ。


『はいはい、どうしたの?氷室くん。うちの若い衆はそっちに着いた頃?』

「とんでもないのを、送り出してきたな……」

『AB型だからねぇ。気難しいんだよ』


 氷室が地を這うような声を出す一方で、藤井は飄々とした態度を崩すことなく答えて見せる。

 藤井が飄々とした態度を崩す時があるとすれば、犯罪者を前にした時だけだ。

 彼の態度に苛ついた所で、犯罪者ではない氷室の前ではその態度が改善されることなどほぼないだろう。


(血液型の問題だと?)


 そんな馬鹿な話が、あるわけない。

 氷室は眉を顰めるが、テレビ通話でお互いの顔を確認することが難しい通常の通話では、氷室がどんな表情で話をしているかを藤井は知る由もない。


(何が悲しくて、オッサンと顔を突き合わせて通話をしないとならないんだ……?)


 藤井にとって氷室はまだ若くとも、世間一般からしてみれば十分におっさんの分類だ。

 あまり人付き合いが得意ではない氷室は、率先して藤井とテレビ電話を繋げようとは思わなかった。


「あれは気難しいのではなく、気が狂っているだけだ」

『まともな男は警察官なんざやってられんのよ。よく言うでしょ?光と闇は、表裏一体だって』


 それを言うなら、馬鹿と天才は紙一重だろう。

 絶妙に間違っている言葉を聞いた氷室は古賀とのやり取りで疲弊しており、藤井へ突っ込みを入れる気にもならなかった。


「犯罪者になる可能性があるならば、あいつの護衛は任せるべきではなかった」

『犯罪にだって種類がある。いい犯罪と悪い犯罪だ。彼の場合は……やむ得えない事情で、いい犯罪に手を染めることはあるだろうね』

「犯罪に、優劣をつけるのか」


 藤井は氷室に、たとえ話をした。

 交際相手が借金まみれで首の回らない男であった場合、交際している彼女は彼と添い遂げる為に働き、借金を返済しようとするだろう。

 本来交際相手の借金を、返済する義務はない。

 愛を盾に騙されていることを知った女が激昂し、喧嘩の最中に勢い余って彼氏を殺害してしまったとして。激昂し彼氏を殺害してしまった彼女が、悪いのだろうか?

 本当に悪いのは、借金を作って彼女に肩代わりをさせたずる賢い彼氏の方ではないかと説明を受けた氷室は、それがいい犯罪であると言われても納得できなかった。


「その男と添い遂げるのを、諦めればよかっただけだろ」

『……氷室くんは、美月ちゃんが借金で首の回らない状態だったら。愛するのをやめられたの?』

「俺と美月が金銭面で困るようなことは、まずない。前提からして間違っている」

『そりゃそうだけどね……。二人の間に立ちはだかる強大な壁が高ければ高いほど、恋は燃え上がるもんよ』


 燃え上がったのは愛ではなく憎悪の炎で、自らも火に呑まれて破滅しているなら意味がない。

 もしも愛する人に借金があったらなどの例え話に、氷室は自身を当てはめることはできないが……強大な壁に関しては、鈴瑚に置き換えられる。


(鈴瑚に美月と結婚してほしいと願われた所で、俺が美月を愛することはない)


 鈴瑚に怒鳴られようが、氷室は桔梗への思いを捨て去ることはない。

 そうした意味では、借金で揉めて殺人を犯した女の行動が間違っているとは思えないと告げた藤井の言葉が、間違っているわけではないのだろう。


『おじさんが言えるのは、あの二人を無理に引き離すことはしない方がいいって所だなぁ』

「犯罪に手を染めても、あいつを欲しがっているのか」

『うーん。理想なんだか、妄想なんだかわからんけど……彼にはあの子ではないといけない理由があるみたいなんだよなぁ……』

「それがあいつをプリンセスと呼ぶ理由なのか」

『そうとも言えるし、そうとも言えない』


 氷室が困惑するのも無理はない。藤井の言葉はどっちつかずで曖昧だったからだ。

 氷室は藤井から望む言葉を引き出すべく、彼に強く問いかける。


「はっきりしろ」

『いやぁ……ほら……。おじさんが若い衆へ雑談をすると、気味悪がられるでしょ……?どうしても聞きたいなら、あの子か氷室くんが聞けばいいかな、と……』


 藤井も結局の所、深くまでは彼と関わりたくないのだろう。

 氷室だって得体のしれない人間と、顔を合わせるだけでも疲弊しているのだ。

 古賀と一緒に仕事をするなど考えられない。

 藤井は美月に頼まれ、条件の合致する人間をこちらへ送り込んできただけだ。

 美月が藤井に告げた条件はかなり厳しいものだった。

 文句を言われた所で、都合よく代わりを送り出すことなどできるはずもない。

 生理的に無理な男だとしても、予定通り紗雪のサクラとして役割を全うして貰うしかないのだろう。


「腕は確かなんだろうな」

『オンとオフの区別が、きっちりしているタイプだね。氷室くんの前で見せた姿がオフ。おっちょこちょいで、毒がない。スイッチが入れば……』

「なんだ、その含みのある言葉は」

『ま、それは見てのお楽しみって所よ。おじさんが、いざと言うとき頼りにならない部下を、手元においておくと思う?』


 藤井は警察官の中でも大ベテランの部類に入る。

 使い物にならない部下はさっさと首を切るなり、使い物になるようみっちりと扱くなりするはずだ。

 藤井が手元に置き続けているならば、実力が確かであることは間違いようがない。


「普段の様子では、実力者には見えないが……」

『それが彼の十八番だからね。ほら、よく言うでしょ?能ある鷹は爪を隠すって』


 木を隠すなら森の中の方が、例え話としては合っているのではないだろうか。

 氷室はこれ以上藤井と話をしていても無意味だと悟り、通話を終えた。


(なるようにしかならないか……)


 藤井が太鼓判を押すならば、古賀の腕は確かだろう。

 一時的か、生涯古賀と添い遂げるのかを選択するのは、氷室ではなく紗雪だ。

 本人がプリンセス呼びを嫌がることなく、古賀がいいと番組内で指名をするならば――氷室が2人の交際を拒む権利はないだろう。


(天門紗雪の命が失われたら、桔梗が悲しむ)


 氷室にとって一番大切で優先するべき存在は桔梗だ。

 紗雪を救おうと躍起になっているのは、桔梗が悲しまないようにするためだった。

 紗雪が誰と交際し、誰に臓器を提供されようが氷室にはどうでもいい。

 移植手術が成功し、天門紗雪が穏やかで幸せな時さえ過ごせたなら。

 桔梗も氷室の隣で、笑顔を見せてくれるはずだから──。

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