氷室以外から、桔梗に対する告白(桔梗)
「お前は、あいつが死ぬのは当然だとでも思っているのかよ」
「当然だとは思っていないけど」
「お前はあいつが死んだときからそうだよな。悲しんでもなければ、墓参りにだってあんまり率先して顔出さねえ。オレたち、何年一緒に過ごしたんだよ。オレたちにとってあいつは!かけがえのねぇ家族みてぇなもんだろ!?」
ナオミは桔梗が思い通りの態度を見せないことに怒り狂い怒鳴り声を上げた。
大技を披露し終えた吉更は、次の技に入ろうとしていた体制から身体を捻ってスケートボードから飛び降りると、怪訝な表情でナオミを見つめている。
「家族が……っ。弟みてぇな存在が殺されてんだぞ!?臓器をバラバラにされて、5人の悪魔に移植された!許せるわけがねぇ!悪魔の子を許せねぇと思うオレの感情こそが正しいに決まってんだろ!?」
「ちょっと、ナオミ。やめなって……」
「ナオミこわい……」
「なにやってんの、あいつ」
「俺、止めてくる」
桔梗はどこか他人事のように大騒ぎするナオミを見つめている。
(死んだ人間に、よくもそこまで入れ込めるな……)
桔梗にはナオミの気持ちが理解できなかった。
氷室や吉更、紗雪などの大切に認定している人が亡くなってしまったとしたら。
桔梗はナオミのように周りの迷惑を省みず怒鳴り散らすこともあるだろう。
(たった数年、一緒の病院で寝泊まりしていた人間が死んだからって、どうこう思える彼は優しい人だ)
彼はきっと、吉更と同じように「天使」と称されるに相応しい人物なのだ。
なにかにつけて「悪魔」と称される桔梗とは、考え方からして違う。
(私達は正反対。頭ごなしに怒鳴りつけてきた時点で、理解し合うことなど難しい)
桔梗は言葉を交わすことすら諦めて、じっと黙りこくっている。
「なんとか言えよ!なぁ!まさかお前も、悪魔の味方だとか言わねぇよな……!?」
「やめろ。お前は、こいつを怒鳴りつける為に呼んだのかよ」
「こいつが黙ってんのが悪いんだろ!?なんとか言えよ!あいつが死んで、お前は悲しくねぇのか!?」
桔梗のことを一方的に怒鳴りつけるナオミを見かねて、スケートボードを小脇に抱えた吉更が止めに入ったが、ナオミは怒りを収める様子がない。
院内病院で一緒だった残りの5人も、一方的に桔梗を怒鳴りつけるナオミの様子を不安そうに眺めているだけだ。
ナオミの怒りを収めるには、止めに入った吉更が桔梗を連れ帰るか、桔梗がナオミへ望む言葉を紡ぐ必要があるだろう。
「直道くん」
桔梗はナオミと呼ばれている男の本名を静かに呼んだ。桔梗が男の名を呼ぶことは、初めてのことだった。意図的に避けてきたのだ。
ナオミと呼ばれている男──直道は、桔梗に好意を抱いていると知っているから。
「は……っ。んで、今……っ。呼ぶんだよ……!」
「冷静になってもらえないと困るの」
桔梗の静かな声を聞いたからだろうか。先程まで怒鳴り声を上げて怒り狂っていた直道は、胸元を握る。その後割って入った吉更ではなく、その背に隠れる桔梗を見下ろした。
「悪魔の子に興味はない」
悪魔の子は大きく2つに分類できる。
直道は特に、臓器移植を受けた悪魔の子を怨んでいるようだが、桔梗は臓器移植を受けているかいないにもかかわらず、ある一人の女を除いては興味を持てなかった。
「なら……!」
「直道くんがここにはもういないあの子を大切だと思うように。私にも大切な人がいる」
「あの女さえいなければ、あいつは死ぬ必要などなかった!あの女に味方することは、あいつへの裏切りだ!」
「裏切りだと思うかどうかは、直道くんの好きにすればいい」
「……俺は……ずっとお前を……」
ずっと、小さな頃から。
桔梗に惹かれていた直道は、自分と同じ気持ちでいると思い込んでいたのだろう。
桔梗は彼の気持ちに気づいていても答えるつもりなどなかったので、ずっと付かず離れずの距離を保ってきていた。
(……氷室先生が私のものになった以上、邪魔になるかもしれない)
氷室に余計な心配を掛けるくらいなら、今この場で関係を絶つべきだ。
桔梗は10年近く隠し続けていた本音を直道へ吐露した。
「薬指に結ばれた運命の赤い糸は、私が愛する人の薬指に結ばれているの」
「赤い、糸だって……?」
「そうだよ。直道くんの赤い糸は、別の人に繋がっている」
「……っ、んなわけ……!」
「はっきり、断った方がいいの?」
直道は天邪鬼だ。
告白する勇気がなくてずるずるここまで来てしまった彼は、いつだって中途半端に思わせぶりな態度を取る。
どっちつかずな態度でいれば、はっきりと拒絶されることはないからだ。
運命の赤い糸が、桔梗の薬指に結ばれていなかったとしても。
細い糸が結ばれていたならば、いつかその細い糸が運命の赤い糸に生まれ変わるかもしれないとでも考えていたのだろう。
(か細い糸が、一度結ばれたら途切れることのない強固な赤い糸に変化するなど、ありえないのに……)
直道が二の句を紡げず押し黙った辺り、桔梗の考察に間違いなどない。
「相手は誰だよ。研修医か?」
「直道くんには関係ない」
「くそが……っ。お前の秘密、ばら撒いてやってもいいんだぞ!」
「思い通りにならないとわかったら、私を脅すの?」
直道が落ちる所まで落ちたと称する桔梗は、口元を緩めた。
三日月型に唇を綻ばせた桔梗の姿をみた院内学級の同級生達は、後に語る。
『ナオミと対峙していたのは、桔梗ではなく悪魔だった』
と。
「覚えてろよ……っ!」
一体何を覚えていろと捨て台詞を桔梗へ投げ掛けたのか。
さっぱり理解できない桔梗は、院内学級の同級生と一言ずつ会話をしてから、吉更と共に本堂を後にした。
「きーちゃん?」
桔梗と直道の間に割って入ってから、黙り込んでいた吉更は車に戻るまでの道すがら小さな声でぽつりと呟く。
「あいつの瞳……」
吉更は直道の目線に、違和感を感じているようだ。
彼は昔から天邪鬼で、声が大きくて、人一倍繊細な子どもだった。
吉更の物分りがいい部分を取り除き、ガキ大将と足して二で割った性格をしている直道は、院内学級に通っている当時はああした瞳はしていなかったはずだ。
「目に光がなかった?」
「いつ間違いが起きても、おかしくはなさそうだったな」
後ろ暗い瞳があれほど似合わない男も早々いないだろう。
吉更は桔梗が無事でよかったと安堵してはいるようだが、その表情はまだ硬い。
いつ直道がナイフで襲ってきてもいいように警戒しているのだろう。
(大袈裟だなぁ)
桔梗は心配する吉更をよそに、ゆっくりと駐車場への道のりを並んで歩く。
「きーちゃんと一緒なら、どこだって安全だよ」
「俺のどこに安堵する要素がある」
「きーちゃんは私の彼氏ではないから」
今、桔梗の隣にいるのが氷室であったならば、間違いが起きてもおかしくない状態であることは確かだ。
血の繋がりがある双子の弟だからこそ。
こうして桔梗は肩を並べて歩くことを許されているが、これが氷室であればどのような手段を講じてくるかわかったものではない。
「こっぴどく振ったもんな……。あの人と一緒に歩くときは、特に注意しろよ」
「うん」
辺りを見渡し警戒している吉更は、あえて氷室の名前を出さなかった。
(何かを忘れているような……)
桔梗は力強く頷くと、直道のある特徴について引っかかりを感じたが──。
(……気の所為かな)
直道のことよりも、一分一秒でも長く氷室のことを考えたい桔梗は、引っかかりをかんじたことなどすぐに忘れて吉更とともに車へ乗り込んだ。




