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桔梗と同窓会(桔梗)

「天門紗雪を銃撃した犯人の男は、桔梗の身近な人物であると証言している」


 紗雪と美月は犯人の顔と名前を把握しているが、桔梗と氷室にそれが誰であるかを伝えてくることはなかった。


(その時が来たら、さーちゃんは私に教えてくれるはず)


 わざわざ正体を探る必要などないのだが、氷室は紗雪から話を聞くよりも前に正体をはっきりさせておきたいようだ。


「桔梗。仕事で忙しいと思うが……」


 氷室は申し訳なさそうに桔梗へ頼み込む。どんなに忙しいとしても。

 愛する人のお願いを突っぱねるわけがない。

 桔梗は別れ際、氷室へとびきりの笑顔を向けた。


「任せて!男の音声データ、たくさん集めてくるね」


 桔梗の宣言が「これから氷室以外の男と浮気してきます」と宣言しているようにも聞こえる言葉だったせいだろうか。

 苦虫を噛み潰したような顔をした氷室は、引きつった歪な笑みを浮かべると桔梗へと手を振った。


 *


 紗雪が新しく職人に作成させた2つのイヤリングは、雪の結晶を象ったものが録音機能を搭載している。

 録音機能を搭載したイヤリングを耳につけた紗雪と氷室が録音を開始すれば、愛知姉弟が耳につけている桔梗の花を象ったピアスに音声が流れるのだ。

 氷室からできるだけ多くの音声データを録音してくるようにと命じられた桔梗は、天門総合病院に入院していた際耳につけていた旧式のイヤリングを使って行く先々で順調に録音を進めている。

 スイッチをオンにすれば、リアルタイムで桔梗の録音データを聞けるイヤリングは吉更が耳につけていた。


 旧式のイヤリングは、左右別々に録音と音声が流れる機能が備わっている。


 当時、紗雪と桔梗はお互いモチーフを交換して耳につけていたが、二人の交友関係が露呈することを恐れて片耳ずつ異なるモチーフを交換してつけるのはやめたのだ。

 桔梗は当時、自分のモチーフとなる桔梗の花が両耳に飾れている姿を見て納得行かない様子を見せていたが、こうして桔梗も録音機能を必要とする時が来れば、交換してよかったと思う。


(きーちゃんには何を聞かれても構わないけれど。私が芸能界で悪い大人に揉まれて生きていることは、さーちゃんや氷室先生には知ってほしくない)


 桔梗からその話題を出すことはあっても、直接的な会話だけは聞かれたくなかったのだ。

 会話を聞かれたら、紗雪に余計な心配を掛けてしまう。


(氷室先生は私に芸能活動を続けてほしそうにしていた。音声を聞かせれば、考えを改めるかもしれないけれど……)


 怒鳴り声を上げる姿を目にしたことのない桔梗は、氷室に怒られ嫌われたくないと考えていた。録音データを提供する際は、話の内容がわからないように編集したものを渡すと心に誓う。


「きーちゃん、いつもありがとう」


 桔梗は吉更の運転する車に乗り込み、お礼を告げる。今日はある人物の月命日だ。

 桔梗以外のメンバーは毎年命日に集まっているようだが、桔梗は芸能人として忙しい毎日を送っている。

 毎年その日だけはぽっかりと一日中スケジュールを開けることは難しい。

 桔梗は3年から5年に一度のスパンで吉更を伴い、彼らと合流するのだ。


「ナオミー!きーちゃん来た!」

「ああ?」


 駐車場に車を止め、吉更と桔梗は肩を並べて霊園の中へゆっくりと歩みを進める。

 ある人物の墓前には、桔梗以外の6人が桔梗と吉更の到着を待ち構えていた。


「お前、またわけわかんねーカッコしてんのかよ」


 少女にナオミと呼ばれた男は、不機嫌そうに吉更と桔梗を交互に見つめる。

 墓の中に眠る人物と、この場に集まった人々と桔梗が関わりのあることは、墓の中まで持っていかなければならない。


 桔梗にとっては、重大な秘密の一つだ。


 ナオミと呼ばれた男は、桔梗の変装姿が似合っていないと口を尖らせて不貞腐れている。

 その姿をみた残りの4人は、男を慰めるため口々に口を開いた。


「どんな格好していても、きーちゃんがいれば間違えようがないじゃない」

「そうだぞ。弟くんのいる所、この子あり!」

「お腹すいたー。ご飯食べに行こー!」

「あんたはまたそうやって……」


 こうして6人が集まると昔に戻ったようで感慨深い。

 桔梗は嬉しそうに声を上げる彼らの声を、サンプルとして録音することに罪悪感を感じながらも表情には出さずに吉更と共に墓へ線香を備え、場所を移した。


(馬鹿だなぁ)


 お供物をしたって、祈りを捧げたところで。亡くなった人間がお供えを食べてくれるわけでも、お礼を言われることだってない。


(お墓参りなど、やるだけ無駄なのに)


 そう考える桔梗がこの集まりに顔を出したのは、ナオミと呼ばれた男がとにかく顔を出せとしつこく連絡してくるからだった。


「もういいだろ」

「いつどこで私の正体がバレるかわからないのに、素顔は晒せないよ」


 ある人物の墓参りに訪れた桔梗と吉更を含めた7人は、墓参りの後墓地を管理する本堂で食事をしてから近状を報告し合い別れるのが決まりだ。


「きーちゃん!すごーい!」


 集まった人々の中で一番年下の少女は、吉更が持ち込んだスケートボードに乗って中庭で派手な大技を披露すると歓声を上げる。

 中庭はよく手入れされた木々によって外から見えないよう覆い隠された場所に設置されているが、桔梗の名前を囁かれたら最後。

 木々の隙間からマスコミ関係者に「愛知桔梗がある人物の墓参りに来ていた」などと報じられては今まで必死に隠してきた意味がない。

 どんなにナオミから懇願されたとしても。

 この場所に姿を見せても、素顔を見せる気はなかった。


「オレには隠す理由がわかんねぇ。お前みてぇな元国民的アイドルが、天門総合病院の事件に関わっていると大々的に報じられたら、世間はより一層悪魔の子を批難するはずだ」


 桔梗は紗雪に肝臓を提供するためだけに天門総合病院へ入院していたが、当時ドナー候補として院内学級に押し込められていた同級生達は、紗雪の手術を成功させるための練習台として集められている。

 悪魔の子と呼ばれるようになってしまった移植待ちの患者へ金銭と引き換えに臓器を提供する予定だった彼らは、氷室の活躍により命を繋いで今この場にいた。

 ──たった一人を除いては。


「オレたちは天使の子と呼ばれるようになっちまった。大金と引き換えに、命を賭けて悪魔の子を救おうとした清らかな心を持つ子どもたちだとよ。オレたちは好きであいつらに命を捧げようなんざ思ってなかったってのに……」


 ナオミは静かに怒りを露わにする。

 低い声で唸るように拳を握り締めながら、言いようのない想いを吐き捨てた彼へ掛ける言葉を間違えたならば、大事になるだろう。


(誰だって、死ぬのは怖い)


 院内学級に通っていた子どもたちは、桔梗を含めて7人。

 この場にいる男女は桔梗と吉更を含めて7人だが、吉更を含めなければ6人しかいない。

 生きている人間であれば1人足りないが──死んだ人間も含れば、天門総合病院の臓器売買事件が表に露呈する直前まで院内学級に通っていた子どもたちが全員集まっていた。


(その言葉には、同意できないな……)


 ナオミは好きで命を分け与えようとしたわけではないと怒りを露わにしているが、桔梗は自ら望んで紗雪に命を分け与えようとしている。

 桔梗の世界には、吉更しかいない。

 唯一無二の半身は天使と称され両親のそばで大切に育てられたのに、桔梗は悪魔の子として迫害されて生きていた。

 吉更だけは桔梗を気にかけてくれたが、両親に生まれなければよかったと告げられた桔梗は、愛知桔梗としての人生を終わらせるつもりだったのだ。

 ナオミと同じ考えであるのは、桔梗を除いた残りの5人だけ。


(私がさーちゃんを助けたいと思う気持ちは本物だった。一緒になどしてほしくない)


 自らの意思で悪魔の子に臓器移植を行うための実験体として、天門総合病院へ入院していたわけではないと語るナオミの言葉に、待てど暮らせど反応しない桔梗へ痺れを切らしたのだろう。

 ナオミは苛立つ素振りを隠すことなく、桔梗へと吐き捨てた。

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