11月上旬:紗雪の運命は、あみだくじにゆだねて
「超特急でさーちゃんの出演する番組の準備、整えるから!」
氷室と結ばれた桔梗は、東京へと帰って行った。
桔梗の胸元には、紫色のシーグラスを使用したペンダントが輝いている。
紗雪が徹夜をして作成し、美月と桔梗に渡したものだ。
2人が居なくなった数日後には、紗雪と那須宮も胸元に色の異なるシーグラスがぶら下がっているのだから、仕事が早いと称するべきだろう。
紗雪は白。那須宮が緑色のシーグラスを首元からぶら下げているのを見ると、女性陣が強い絆で結ばれていることが見て取れる。
暇を持て余している紗雪は、診療所の休憩室に持ち帰ってきた大量のシーグラスを持ち運びしやすように大きな道具箱に入れ、毎日コツコツとアクセサリーを作製し始めたようだ。
「暇つぶしには、ちょうどよくて……」
完成したアクセサリーは誰かに渡すわけでもなく、小さな袋に入れて保管している。
「た、たくさん溜まったら……っ、販売するのも、いいと思いますよ!」
那須宮は1つ数千円で販売されているフリマサイトの商品ページを見せて、紗雪に営業を掛けていた。
公の場では行方不明扱いになっている紗雪は、アルバイトなどをして大っぴらに金銭を稼げない。
(いつまでも無一文の居候を、無料で養うつもりはないとでも言いたそうだな……)
那須宮は自信なさそうにすることも多いが、自分の嫌なことははっきり言うタイプだ。
『あなたを養うお金はないの。出て行ってくれる?』
美月であればストレートに紗雪へ告げてもおかしくないが、内職でどうにか食い扶持を稼いでくれないかとオブラートに包み提案する辺が那須宮らしい。
「材料費は……50円くらいなのに……20倍の値段で、売れますか……?」
「じ、人件費は掛かっていますよね!?送料220円と、梱包費。封筒代に、出品手数料を販売価格から10%引いたら……1つ辺り、手元に残るお金は微々たるものかもしれませんけど……っ」
「……海に捨てられ、長年波に晒され旅を続けたゴミが、お金になる……」
紗雪は那須宮が必死になって売れると伝えたことがうれしかったのだろう。
長い沈黙の末那須宮の提案を受け入れた彼女は、シーグラスのアクセサリーをフリマサイトで販売するようになった。
「す、すごいですよ、紗雪ちゃん!」
始めた当初は1週間に1つ売れるかどうかだったが、1ヶ月も経てば写真写りの悪さを指摘されつつも、手元に届いた商品が素晴らしものだったと購入者からのレビューが書き込まれる。
2ヶ月目には、出した側から即完売するハンドメイド作家になってしまった。
「や、やっぱり有名人には、隠しきれないオーラが宿るのでしょうか……?」
那須宮はとんちんかんなことを口にして恐れ慄いているが、天門紗雪が作成したアクセサリーであると大々的に記載などしていないのだから、売れたのは純粋な紗雪の実力と、購入者の口コミが原因なのだろう。
「紗雪ちゃん、毎日楽しそうで……」
「よかったな」
「はい。わ、私も大荷物を抱えてポストに投函するのが癖になりつつありまして……。荷物が少ないと、なんだか落ち着かなくなってしまいます。あはは……」
紗雪は無理しない程度に、シーグラスをペンダントへ生まれ変わらせ販売するようになってから、生きる希望が湧いてきたようだ。
作成と梱包、購入者とのやり取りまでは紗雪、発送作業は診療所の行き帰りに那須宮が代行しているらしく、那須宮もすっかり紗雪と一緒の生活が当たり前になりつつある。
(いいんだか、悪いんだか……)
恋愛リアリティショーの収録が終われば、紗雪は愛する人と共に過ごすだろう。
まるで姉妹のように日々を過ごす那須宮が、紗雪を手放せるのだろうかと不安になりながら、氷室は仲良く同居生活を続ける2人を見守っていた。
『さーちゃん!私と焔華さんで、173通の応募者の中から、10人に絞ったよ!』
桔梗と焔華全面協力の元、異例の速さで番組の企画が立ち上がり、急ピッチで準備が進む中。
10月上旬から1ヶ月募集し、厳しい募集条件をクリアした独身男性173通の応募があったことを知らされたのは、11月中旬のことだった。
焔華と桔梗の厳しい審査の上、10人の顔写真付きプロフィールとビデオメッセージを観覧した桔梗と紗雪は、すべて観覧した後も緊張の面持ちで固まっている。
「わたしが、選ぶの……?」
『そうだよ。さーちゃんがビビッと来た男の人を最大5人指名して!サクラを一人混入させるから、4人の方が番組制作的には助かるみたいだけど……。無理に絞る必要はないからね』
質より量を優先する桔梗は、多いに越したことはないとスマートフォンを通じて紗雪を勇気づける。
「この中から……5人か、4人……」
伴侶となる人間どころか、氷室や父親以外の男性とすらまともに話したことがない紗雪は、どうやって選べばいいのかすらも決めかねているようだ。
「那須宮」
「ひゃ、ひゃい!」
「お前は男を選ぶとき、何を最優先に考える」
テレビ電話を繋げて通話している桔梗ではなく那須宮へ問いかけたのは、最優先するべきは金と顔だと桔梗の口から聞けば、ダメージを負うことになると理解していたからだった。
まさか自分に振られると思っていなかった那須宮は、おろおろと視線を彷徨わせながら、どんな反応を示すのかと期待に満ちた表情で待つ紗雪の視線に耐えきれず、ぼそりと呟く。
「しゃ、借金がないこと、反社会勢力と関わりがないこと、真面目で誠実。あとは……わたしのことをバカにしない人、でしょうか……」
「条件が多いな」
「ひえっ。そ、そんなことないです……!ふ、普通ですから……!」
那須宮は理想が高すぎて、男と出会えないタイプだと気づいてしまった氷室は、微妙な気持ちになりながら桔梗と紗雪の様子を窺う。
「借金があるかないは……このプロフィールを観覧しただけで……わかるのでしょうか……」
『超能力者ではない限り、無理だよね。那須宮さんの意見、なんの参考にもならなかった』
「ご、ごめんなさいぃ……っ」
桔梗が画面越しにジト目で那須宮を見つめたからか。
那須宮は年下の桔梗へ、恐ろしい勢いで謝罪した。
(災難だな……)
氷室は那須宮へ同情はしても、庇うことはせずに、悩む紗雪の答えを待った。
「……お話してみなければ、わからないこともあると思うので……。あみだくじで、決めたいです……」
『一番顔が微妙な人や、中卒の人も選ばれちゃうかもしれないのに……いいの?』
「わたしは、書類上は卒業したことになってはいるけれど……一度も学校に通えなかったから……」
紗雪は一度でも学校に通ったことのある男性であれば、中卒でも全く問題ないと告げる。
何かと学歴を優先する社会で苦労してきた男性にとって、紗雪は女神のような存在であるに違いない。
考え方は女神でも、父親が殺人犯であることを相手の男が受け入れられるかはまた別の話だ。
(サクラの男を愛するべきかと問いかけてきた辺り、本命はこの中にいないのかもしれないな……)
誰を選ぼうが、氷室には関係ない。
『そっか……。さーちゃんには、さーちゃんの考えがあるよね』
「……ごめんなさい……」
『謝らないで。さーちゃんが好きなようにするのが一番だから』
桔梗はテレビ電話越しに、撮影が始まれば台本渡されて動きを指示されることがあるかもしれないと紗雪へ告げた。
つまり、ヤラセだ。
視聴率を稼ぐには、30分か1時間の尺で毎回、視聴を継続させる為にあっと驚くような事件や、先が気になる引きを演出する必要があった。
演者がやらせに協力的であれば、作家から台本を手渡される。
演者がやらせを拒否すれば、映像の切り貼りにより視聴者の嗜虐性を刺激すると告げた桔梗の表情は険しい。
芸能界と言う名の荒波に揉まれて、もうすぐ10年だ。
紗雪や氷室には、言えないこともたくさん経験してきたのだろう。
氷室は桔梗の隣に自分が居ないことを心苦しく感じながら、真っ白な紙の上にペンを走らせてあみだくじを作成し始めた紗雪とそれを見守る那須宮の目を盗み、桔梗は氷室へ話しかけてきた。
『……氷室先生とたくさんお話したいのに……。なかなか時間が取れなくて……』
「無理して、身体壊すなよ」
『体調管理は万全だよ!焔華さんが気をつけてくれているから。でも、体調を崩したほうが、いいよね。氷室先生に……看病してもらえるし……』
桔梗は氷室と共にいる時間を捻出するために、寝る間も惜しんで仕事をこなしている。
氷室がわざわざ紗雪と那須宮と共にいるのは、彼女を口実に桔梗とテレビ電話ができるからだ。
桔梗が紗雪に用事があるからと電話を掛けてくる際は、桔梗と通話するのにもってこいだった。
恋人同士の甘い会話など、ハナから期待していない。氷室は桔梗の元気な声さえ聞ければ、それでよかった。
「物理的な距離がある以上、体調を崩されても看病はしてやれない」
『一緒に暮らしたら、看病してくれる?』
「確約はできないが……考えておく」
『体調悪くなるのは、その時までに取っておくね』
桔梗は画面越しに声を上げて笑う。
この調子では無事に婚姻して早々、わざと体調を崩しそうだ。
(心配してほしいから、わざと無理をして体調を崩すのか……)
一度でもそれを許してしまえば、桔梗は何度でも氷室の気を引くため必死になり、繰り返し行動するだろう。
(芸能界から引退すれば、無理に俺の気を引く必要はなくなる)
仕事を辞めるか辞めないかは、すべてが解決してからじっくり話し合えばいい。氷室は桔梗のスケジュールを、改めて確認することにした。
「スケジュール調整はどうだ」
『順調だよ。確定したら、焔華さんか私から連絡するね』
紗雪の撮影は、12月上旬から沖縄で行われる。
桔梗は恋のサポーター兼司会進行役として、同時期に沖縄へとやってくる予定だった。
撮影が行われるのは日中だ。仕事で沖縄へ顔を出す桔梗が、診療所に籠り切りの氷室と顔を合わせる機会などないだろう。
(撮影陣の真横で、一介の医者と芸能人が親しげに話すわけにはいかない)
氷室は言葉を交わさずとも、桔梗が元気でやっている姿を遠目でも見れたらそれだけで満足だが、桔梗がそれだけで満足するとは到底思えない。
リスクを取ってでも氷室と無理にでも会おうとするならば、事前に約束事を決め、釘を刺すべきだ。
「撮影時、こっちに来るだろ」
『もちろん!無理矢理スケジュール、開けてもらったの。お仕事だから、氷室先生と会えるかはわからないけど……』
「無理に会おうとするなよ」
『氷室先生は、私と顔を合わせたくないの……?』
氷室が涙に弱いことを知っているからこそ、桔梗は瞳に涙を溜めている。
確信犯だ。泣き落とせば、何でもかんでも自分の思い通りになると思っている。
「我慢しろ。年末になれば、俺の顔を見るのも嫌になるほど、話す機会があるはずだ」
『一分一秒でも、愛する人と面と向かってお話したいと思うのは……恋する乙女として、当然のことなのに……』
乙女と称するような年ではないだろうと突っ込みを入れた所で、桔梗が不機嫌になるだけだ。
納得がいかない様子の桔梗を説得するのは、骨が折れる。
氷室はこれ以上桔梗を怒らせないよう、画面越しに顔色を覗いながら口を開いた。
「一分一秒でも俺と顔を合わせ話し合いたい欲望を叶えた結果、天門を助けられなければ。後悔するのは桔梗だろ」
『さーちゃんも大事だけど、氷室先生はもっと大切で……』
「大切のカテゴリ内であれば、優劣など俺は気にしない。有名なことわざがあるの、知っているか」
『ことわざ?』
「二兎を追う者は、一兎をも得ず」
桔梗は不思議そうな顔をしていたが、すぐにぱっと表情を明るくさせて氷室へ伝えてくる。
『二匹の兎を追いかけても、一匹すら捕まえれないやつだ!』
「よくわかったな」
『きーちゃんによく、駄目だしされるの。私は移り気だから、氷室先生のことが好きなら、他のものは見るなって』
桔梗は頭の出来があまり良くないと告氷室へげてきたことがある。
吉更の話では、桔梗の方が頭の出来はいいと聞く。どちらが本当に、頭がいいのか。
それを確かめるためには、同じ問題を同時にテストし、解答を比較しなければなければ比べようがないだろう。
(吉更より桔梗が劣っていたとしても、愛が失われるわけではない)
馬鹿な子ほど可愛いと言われることもあるくらいだ。
頭の出来がいい桔梗を好きになったわけではない氷室は、画面越しに笑う桔梗を優しい表情で見つめていた。
「弟の言葉なら、間違いはないな」
『氷室先生も、きーちゃんの言葉を間違いないと思う?』
「嘘は言わないだろ。弟は。桔梗と違って」
『私だって、氷室先生に嘘はつかないから』
今まで散々、自分をよく見せようと氷室へ本心を隠してきた桔梗の言葉とは思えない。
「ふっ……」
氷室が桔梗を馬鹿するように笑えば、紗雪と那須宮が肩を揺らして何事かと氷室の方へ視線を移す。
紗雪の手には、あみだくじで決定した5人の履歴書が握られていた。
「……白雪先生も、笑うことが……あるのですね……」
「し、白雪先生も人の子ですから……っ」
「俺を化け物のように言うな」
紗雪から差し出された履歴書を受け取った氷室は、声を揃えて笑う女性陣を聞きながら桔梗へ書類を郵送すると告げて通話を終えた。




