浮気相手と元カノ。どちらの水着姿が好き?
「ないものねだりはやめろ」
「……そう、ね。天と地がひっくり返ったとしても。あたし達の関係が、元に戻ることがないならば……。期待するだけ無駄だわ」
期待することはやめることにした、と。
氷室に告げる美月の言動は、矛盾している。
氷室との復縁を目指していたのならば、自分も好きな人がいると言わなければよかったのだ。
(美月はプライドが高いからな……)
桔梗へ面と向かって負けを認めたくないと氷室に告げてくる辺り、双方別々の愛する人を見つけてしまったから交際できないと言い訳をしなければ、氷室を諦められなかったのかもしれない。氷室と桔梗ににとっては、いい迷惑だ。
美月が再びこの場に現れなければ、氷室は桔梗と共に甘いひと時を過ごせていたのだから――。
「面倒くさい女にしか、見えないわよね……」
「そうだな」
「桔梗ちゃんよりもいい女として振る舞えるように、必死になっていたあたしが馬鹿みたいじゃない」
氷室に好かれようと必死になっていた割に。美月は氷室ではなく、桔梗の方を向いていた。
自分をよく見せようとする桔梗の本心を引き出そうとしていたのは、若さや芸能人としての輝きには勝てないと悟ったからなのか……。
(桔梗が気に食わなかっただけの可能性もあるな)
美月が行方不明になっていたから7年近くの時が経つ。
桔梗は美月がいない間の空白期間に氷室の心へ入り込み、まんまと愛を手に入れた。
若くて芸能人として輝く桔梗へ美月が内心、憎悪を募らせていたとしてはおかしくない。
「嘘ばかりだな」
「あたしは裏表のない性格よ。氷室には、本音しか言わないわ」
「昔はそうだった。いい所や悪い所。すべてを引っ括めて。俺は美月に憧れていた……」
大人になれば、清廉潔白ではいられないのかもしれない。
氷室だって、美月や桔梗に言えない本音の一つや二つくらいはある。
美月にだって、氷室が気付けなかった心の闇があってもおかしくはないのだ。
氷室が美月を一途に愛し続けると神に誓ったくせに、彼女を裏切り桔梗に絆されてしまったように。
氷室の憧れである美月にだって、汚い感情くらいはあるだろう。
それを口に出すか、出さないかの違いだけだ。
「今では憧れを抱く気にはなれないほど、酷い女に成り下がったとでも言いたそうね」
「年月が経てば人は変わる。若い頃のように、無茶をしようものなら命がいくつあっても足りないからな。俺は今の美月も、悪くないとは思う」
美月には、落ち着いた大人の魅力があることは確かだ。
それを口にしたら、まだ美月のことを諦めきれていないと勘違いされるそうな気がした氷室は、口にできなかった。
美月は氷室の言葉に目を丸くした後、バツの悪そうな顔で感想を告げる。
「流石は天然タラシ。こうして、桔梗ちゃんをたらし込んだのね……」
「何の話だ」
「氷室には一生理解できないでしょうから、気にしなくていいわ」
気にしなくていいと言われたら、気になってしまうのが嵯峨だ。
氷室はどうにか美月から言葉の続きを引き出せないかと奮闘したが、結局どうにもならなかった。
氷室と美月が仲良さげに雑談していることに気づいたのだろう。
氷室は、ポスポスと砂浜を蹴り上げる気の抜けた音が聞こえてくると同時に顔を上げた。
じっと海を見つめる紗雪は那須宮に任せ、慌てて氷室の元へ桔梗がやってくる。
腰へ落ちないように巻き付けたパーカーの裾が、ひらひらとフィッシュテールのように揺れているのが印象的だった。
(PV撮影の時も水着姿だったな……)
さすがに映像として一生残るものではあるため、グラビア撮影レベルの布面積は焔華が許可を出さなかったのだろう。
上はチューブトップスタイル、下はフリル付きのフィッシュテールパレオで覆い隠していたが……今日の桔梗は、パーカーを腰もとに巻き付けてさえいなければ、際どい姿を氷室の前に晒している。
氷室は思わず桔梗の水着姿に、見惚れてしまった。
「目を離すと、すぐに氷室先生を独占するのはやめて」
「明日には居なくなるのだから、最後の夜くらい二人きりにさせて欲しいわ」
「私だって明日が終われば、しばらく氷室先生には会えなくなるのに……」
桔梗は氷室と少しでも長い時間共に過ごせるように、夜の飛行機で帰宅する。
美月はボディガードと一緒に黒いワゴン車でフェリーを乗り継ぎここまで来ていた。
帰りも同じ経路を使い、東京へ戻るのだろう。
氷室の都合だけ考えれば、美月には早い段階で帰宅してもらい、残りの時間は桔梗のために使いたかった。
「そうね。なら、どちらの水着姿が氷室好みなのかで、決着をつけましょうか」
「いいよ。恨みっこなし。当然、氷室先生は私を選ぶに決まっているけれど」
桔梗は腰に巻いたパーカーを外すと、恥ずかしげもなく堂々と胸の谷間を強調するようなポーズで氷室を見上げる。
氷室が潤んだ瞳に弱いことを知っている桔梗は、潤んだ瞳を瞬時に作り出すことなど造作もない。
流石は女優としても活動する現役の芸能人だ。氷室は桔梗の魅力的な姿を、食い入るように見つめていた。
「氷室先生なら、いいよ……」
「いいわけあるか……っ」
何に対しての許可なのかなど、わかったものではない。
口に出さずともなんとなく察した氷室は、煩悩を打ち消そうと目を瞑る。
『氷室先生』
結論から言えば、明らかにそれは失敗だった。
潤んだ瞳で見上げる桔梗の姿が、脳裏に焼き付いて離れない。
目を瞑ったのは失敗だったと考えていれば、今度は誰かが氷室の腕に纏わり付いてくる感覚で目が覚める。
「ちゃんとあたしのことも見なきゃ駄目よ。優劣がつけられないじゃない」
「あ!ずるい。氷室先生からはお触りオッケーだけど、私達からは禁止なのに」
「桔梗ちゃんが有利なのは間違いないのだから、いいじゃない。少しくらい」
「むぅ……。美月先生が離れてくれないのなら、いいもの。私も氷室先生に引っ付く!」
「洒落にならないからやめろ」
今更美月に触れられた所で、女友だちのスキンシップ程度にしか思えないが――薄着の桔梗と触れ合うのは、色々な意味でマズイ。
(桔梗がそれを望んでいるのだとしても、俺がその気になった所で先には進めない。どっちにしろ生殺しだ……)
どうしようもなくなり、女性陣が見ている前で凶行に及ぶくらいならば、桔梗と距離を保つべきだろう。
心を通じ合わせていたとしても。氷室と桔梗は、正式に交際していない。
あれだけ口づけを交わし合っておいて何を今更と思うかもしれないが、何があってもそれより先の一線だけは、美月と別れるまで越えてはならないのだから仕方がないだろう。
「美月先生ばかりくっついて、ずるい!」
「これから永遠に氷室と歩んでいくならば、些細な時間じゃない。器の小さい女は嫌われるわよ」
「最後の思い出づくりのつもりなら、いい迷惑」
「なら、氷室に選んでもらいましょう。どちらの水着姿が好きかしら?」
桔梗は当然私が選ばれるに決まっていると潤んだ瞳で氷室を見つめ、美月は氷室がどちらとを選ぶのかと興味津々な様子で笑顔を浮かべている。
「……もう、いいだろ」
氷室は自身の腕に絡みついて来た美月の手を強引に引き剥がすと、桔梗の隣へ立った。
「氷室先生……っ」
「静かにしろ。そろそろ帰るぞ」
「さーちゃん!氷室先生が帰ろうって!」
大好きと続くはずだった桔梗の声を遮断した氷室は、帰ろうと声を掛ける。
那須宮と波打ち際でしゃがみ込んでいた紗雪が桔梗の声に導かれ顔を上げると、ゆっくりとした足取りで氷室の元へ戻ってきた。
紗雪と那須宮の腕には、両手いっぱいのガラス片が抱え込まれている。
美月と桔梗は、不思議そうに紗雪へ問いかけた。
「どうしたの、これ?」
「シーグラスよ……」
「しーぐらす?」
「海に捨てられたガラス瓶など波に流され削られて、長い年月を掛けてガラスの破片になったものよ。アクセサリーとして販売されていることもあると聞くわ」
美月はやけに詳しく、シーグラスについて説明した。
その説明を聞いた桔梗は、ぷっくりと頬を膨らませている。
勉強不足だと馬鹿にされたと感じているのかもしれない。
実際、桔梗はまともに学校へ通えなかったので、勉強不足であることは間違いないのだが。
(海に落ちてるガラス片をシーグラスと呼ぶなんて、まともに学校で授業を受けていたとしても、得られる知識じゃないだろ)
氷室は桔梗を慰めるように、彼女を抱く手に力を込めた。
「記念に……アクセサリーを、作ろうと思うの……」
「いいと思う!」
紗雪は両手一杯に拾ってきたシーグラスを持ち、落とさないようにゆっくりと歩いている。
紗雪だけでは持ちきれずに那須宮の両手も借りたようだが、今にもこぼれ落ちてしまいそうなほどに山積みだ。
紗雪が落とさないようにシーグラスを半分受け取った桔梗は、氷室に選ばれたことも相まって、ご機嫌な様子で帰路についた。




