金:ナイトビーチでパーリーナイト
「浮気って、イケナイことだと理解しているからこそ、盛り上がるのよね」
――翌朝。
敷布団を片付け、ソファを戻している所を狙い、美月が話しかけて来た。
紗雪と桔梗が席を外している間に話しかけて来た為、氷室は美月と二人きりで昨夜の口付けについて話をしなければならなくなった。
「俺から迫ったわけではないからな」
「押し倒していたくせに」
「あれは、」
「我慢できない男は嫌われるわよ」
「……俺は桔梗に手を出していない。勘違いされるような発言は慎め」
「勘違いするような行動をしたのは氷室でしょう」
氷室が桔梗に手を出そうとしていたのではと疑っている美月は、どうやら自身が眠っている真横で氷室と桔梗が口づけを交わし合っていたことまでは把握していないようだ。
現場を見ていないならば。
桔梗のせいにすると、最悪の場合はやぶ蛇にもなりかねない。
氷室は細心の注意を払いながら、美月へ言葉を紡いだ。
「俺が一時の感情に流され、合意なく女を襲うようなことがあったか」
「あたしの頃はなかったけれど。離れていた間は知らないわ。そうした気持ちになるほど、桔梗ちゃんが魅力的なのでしょう」
桔梗が魅力的であることは間違いないが、それを美月の前で認めれば、火に油を注ぐだけだ。
氷室が難しい顔で押し黙れば、美月は言い訳すら難しい状況であると判断したのだろう。
美月は硬い声で告げる。
「スリルを味わう為に利用されるのは、我慢ならないのよ」
「美月、俺は」
「そんなにスリルを味わいたいのならば、あたしと──」
「氷室先生!今日か、明日の夜!さーちゃんが海に行きたいんだって!ナイトビーチでパーリーナイトしよう!」
妙にハイテンションな桔梗が、凍てつく場の雰囲気をぶち壊した。
桔梗と共に現れた紗雪は、氷室と美月の不穏な空気に気づいて引いているようだ。
普段笑みを浮かべていることの多い美月が、機嫌を損ねると面倒くさくなることを悟ったのだろう。
桔梗の裾を引いて、触らぬ神に祟りなしとばかりに海へ行こうと提案した言葉を撤回しようとしているが、一度口から出した言葉は戻らない。
美月は桔梗と紗雪の前で氷室を糾弾するつもりはないようだ。
険しい表情から一転。笑顔を浮かべると、桔梗の提案に突っ込みを入れ始めた。
「ふふ、桔梗ちゃんったら……。夜の海で開放的な気持ちになって、氷室を悩殺するつもりなのかしら」
「夜の海は、水着姿を氷室先生に見せようと思っても、暗がりでよく見えないかもしれないけれど……。それは偶然通りかかった通行人だって同じことだもの。変装する必要もないし、なんの障害にもならない!」
「意気込んでいる所に現実を突きつけて申し訳ないのだけれど……。9月の中旬に海水へ足をつけようものなら、クラゲに襲われてしまうわよ」
「美月先生は、水着姿に自信がないのね」
桔梗は鬼の首を取ったかのように美月へ喧嘩を売った。
売り言葉に買い言葉。
こうなった二人は、気が済むまで争いを止めることはないだろう。
「ふふ。桔梗ちゃん、あたしと勝負がしたいの?」
「勝負にすらならない。あたしは元国民的アイドル。現役の芸能人よ。グラビア撮影はあまり機会がないけれど、身体つきには自信があるから」
「大人の女性を代表して、桔梗ちゃんの貧相な身体と違う所を見せてあげましょうか」
「なら、私は芸能人の女を代表して、美月先生の貧相な身体との違いを見せつけてあげる!」
今日か明日の夜に、氷室は女性陣の水着を見る羽目になるらしい。
(昨日見に行けばよかったろ)
桔梗は芸能人だ。
平日の海ともなれば、そこそこの人通りはある。
桔梗が変装せずに砂浜を歩いて入れば、何事かと人が集まりかねないだろう。
リスク回避の面からしてみても間違ってはいないが、夜まで付き合わされる氷室の身にもなって欲しかった。
「水着を買う所からはじめなければならないわね。紗雪ちゃんは?必要ならば一緒に買ってくるわよ」
「いえ……わたしは……普段着で……」
「さーちゃん、いいの?美月先生に頼めば、一銭も支払う必要なさそうなのに」
「……うん……。海で泳ぎたいわけでは、ないの……」
泳ぎたいのではないならば、そもそも集団で夜の海に顔を出す必要すらもないのだが。
(俺の一存で断り、せっかくその気になったこいつが、生きることを諦める話になれば面倒だ)
氷室は気乗りなどしなかったが、仕方ない。
紗雪のお願いを叶える為に、業務終了後へ行くことが決定した。
「お、はよう、ございます……」
「おはよう、深緑。早速だけれど、水着は持っているかしら」
「い、いえ……持っていませんけど……」
「今日の夜、買いに行くわよ」
「ええっ!?ど、どうしてですか……?」
「ナイトビーチでパーリーナイト」
「な……?ぱ……?」
桔梗が真顔で呪文のような単語を紡いだからだろう。
那須宮は何がなんだか分からず、頭にはてなマークを飛ばしていた。那須宮は日中氷室と共に仕事がある。
美月と共に水着を選ぶならば、必然的に、夜の海へ繰り出すのは土曜の夜になるだろう。
「土曜の夜に人っ子一人いないと考えるのは、楽観視しすぎだ」
「観光客が、夜の海を見に来ることなどあるの?」
「……どう、かな……」
「え、えと、可能性は高いと思います、けど……」
「水着が手元にないんじゃ、どうしようもないわよねぇ……」
女性陣は全員、顔を見合わせて唸った。
金曜か土曜ならば、前者の方が騒ぎになる可能性は避けられる。
桔梗と紗雪は、一般人にこの場にいることがバレたらまずい。
冷静に考えれば、今日の夜に海へ繰り出すのが正しい判断であるはずなのだが……美月はなぜかしらばっくれていた。
氷室はため息を溢すと、頭を抱えながら指摘する。
「泳ぐことを、諦めればいいだけだろ……」
「氷室先生に私の水着姿を見せる、またとないチャンスなんだから!水着姿でなくちゃ、海にいく意味がない」
「そうよね。多少のリスクを背負ってでも、薄着で釣らないと氷室は着いてくる気になれないもの。ねぇ、深緑」
「はぇ!?わ、わたしは……ちょっと、よくわからないですけど……」
「俺がいつ水着姿を見たいと言った」
「愛する女の水着姿を見たくない男など、この世に存在するはずがないのよ」
氷室は声を大にして言いたかった。
(水着姿などどうでもいい)
夜の海に彩りを添える花としての意味であれば、いないよりもいた方がマシではある。
リスクを犯してまで、無理に水着姿で夜の海へ繰り出す必要性が感じられないのだ。
氷室は桔梗の周りがスキャンダルをすっぱ抜かれて騒ぎにならないよう、うまく立ち回ることこそが自身の責務だと考えていた。




