目指せハッピーエンド
『桔梗?何よ、こんな夜遅くに。またあいつと、なんかあったわけ?』
「焔華さん。こんばんは。今日はね、お願いがあって電話したの」
『お願い……?あんたのお願いは、毎回ろくなもんじゃないわよね。纏まった休みを取って、あいつに会いたいだとか……』
焔華は、桔梗がこうして氷室の所まで仕事の都合をつけてやって来るに辺り、一悶着あったことを思い出しているようだ。
(初っ端から、機嫌を悪くさせてどうする)
氷室は焔華がいつ怒り出すのかと画面を見つめ、桔梗がスマートフォンのカメラへ向けてお願いするのを見守った。
「実は、焔華さんにずっと黙っていたことがあるの」
『は?』
黙っていたことって何よ、と問いかけるのではなく、威圧的な態度を取る辺がおっかない。
(アイドルオーディションで合格を告げた後。桔梗へ隠し事がないかと、問いかけていたな……)
桔梗は当時、自身が違法な臓器売買に関わっていることや、天門紗雪と友人関係であることを焔華へ告げていなかった。
桔梗と吉更が入れ代わり、違法な臓器売買のドナーとして手術が実行される直前に駆けつけた彼女は、桔梗が事件に巻き込まれたことは理解していても、すべてを知っているわけではないはずだ。
(7年近く隠していたと……。桔梗が口にすれば、天門紗雪の名前を出す前に怒り狂うだろ)
氷室はカメラに自身の顔が映り込んでいないのをいいことに、眉を顰めながら画面をじっと見つめていた。
「焔華さんへお願いをする前に、まずは隠していたことからお話するね」
『まずは、って何よ。それ、吉更も知っているわけ?』
「うん」
『あんの馬鹿……』
「待って、焔華さん!私から、伝えたいの。聞いてほしい」
焔華は7年前、毒親と一緒には暮らせないと家を飛び出した吉更を保護して以来、両親公認の保護者替わりとして、吉更を預かっていた。
大人になっても引き続き面倒を見ているようで、吉更は神奈川家で暮らしている。
自宅で電話を受けている焔華は、自室で過ごす吉更を呼びに行こうとしたが、桔梗に待ったを掛けられ、踏み止まった。
桔梗がまっすぐとカメラを真剣な眼差しで見つめていることから、ただ事ではないと判断したのだろう。
桔梗は焔華が静かになったことを確認し、カメラに向かって秘密を打ち明け始めた。
「天門紗雪の名前は、聞いたことあるよね」
『悪魔の子が受ける非道な扱いを改善しようと、奮闘している革命家でしょ。例の事件を起こした男の娘でもある』
「実は……私。さーちゃんとお友達なの。小さな頃から、ずっと」
『ふーん、今更あんたの交友関係には口出ししないけど。それで?』
「さーちゃんを助けるためには、焔華さんの協力が必要なの」
友達と助けたいと。焔華は懇願する桔梗の言葉を聞いて、2つ返事で了承するような女ではない。
神奈川焔華の協力を得る為には、彼女を納得させられるだけの理由が必要だ。
桔梗は焔華に、ずっと隠していたことを素直に説明した。
天門総合病院に入院していたのは、天門紗雪へ臓器を提供するため。桔梗が天門総合病院の事件に抗うことなく、生体ドナーとしての運命を受け入れていたならば、紗雪は今頃健康な身体を手に入れていたこと。
紗雪を肝臓がんから救うためには移植手術が必要で、愛知姉弟ではない別のドナーから臓器移植を受ける必要があり、紗雪を幸せにする為様々な条件をつけてテレビの力を借りて幅広く募集を募りたいこと──すべてを聞いた焔華は、難しい顔をした。
氷室は話を聞いて、すぐに焔華が怒り出すのではないかと心配していたが、話を聞いただけで桔梗を怒鳴りつけるほど、焔華は大人気なくなかったらしい。
両腕を胸の前で組んだ焔華が、スマートフォンから視線を外したのをいいことに。
氷室はさり気なく、インカメラへ切り替えてやる。
桔梗へ焔華を映し出された画面を見せてやれば、桔梗は瞳を潤ませた。
「お願い。焔華さん……」
『順序が、違うでしょうが』
焔華は氷室とは異なり、桔梗の必殺泣き落とし攻撃を受けても、簡単に陥落するような女ではない。
「順序?」
首を傾げる桔梗に、焔華からは深いため息が聞こえてくる。
どうやら、いちいち説明しなければ分からないのかと呆れているようだ。
一通り桔梗の主張を聞いた焔華は、自らの主張を始めた。
『あんたが天門総合病院の臓器売買事件に関わっていることは、吉更からは聞いていたわ。深夜呼び出されて、桔梗と一緒に、誰かへ会いに行っていたことも』
「きーちゃんは、焔華さんを不安にさせたくないから……」
『桔梗にとって、あたしが一番じゃないのはわかるわ。だけどね。あたしは桔梗の、保護者代わりよ。あんたは吉更が話してくれるだろうと甘え──打ち明けてこなかった。その態度がムカつくのよ』
「甘えていたわけじゃ……」
『言い訳する前に、まずは言うことないわけ?』
「……ごめんなさい」
潤んだ瞳で画面を見つめていた桔梗は、静かに怒りを顕にする焔華へ、泣き落としは通じないと判断したのだろう。
反省していますと言わんばかり、しゅんと項垂れた。
悪いのは明らかに、10年近く秘密を打ち明けることなく胸の内に仕舞い続けていた桔梗だが、可哀想になった氷室は、桔梗の頭を優しく撫で付ける。
よく手入れされた髪は、表面に触れるだけでもサラサラと肌触りがいい。
落ち込んでいた所に愛しい人が触れてくれたと、桔梗はぱっと表情を明るくさせて氷室を見上げた。
『ちゃっかり桔梗の頭を撫でてんじゃないわよ。あたしはあんたと桔梗の交際は認めてないから!』
「焔華さんまで。氷室先生を目の敵にして……。酷いよ。誰も私と氷室先生のことを祝福してくれないの?」
『桔梗とあいつに、いくつ年の差があると思っているのよ。あんたらの恋は、百人中百人が祝福するような関係ではないことを、しっかりと肝に銘じることね』
「さすが焔華さん。経験者は言うことが違う……」
『経験者言うな!』
焔華も誰かに祝福されるような関係を紡げなかったと桔梗が口にしているが、吉更との関係だろうか。
(神奈川は俺よりは年下だろうが……同年代であることは確かだ)
話題を反らし、気分をよくした所で紗雪の話へ協力して貰うには、時間が足りない。
氷室は口を挟むことなく、焔華の相手を桔梗に任せた。
「私、すごく反省しているから……」
『恋愛ドキュメンタリー番組へ天門紗雪を売り込めって?下手を打てば、週刊文冬の餌食になるのよ』
「敏腕プロデューサーの、焔華さんなら大丈夫!」
『おだてたって、どうにもならないわ』
「あのね、焔華さんがいいよって言ってくれたら。私が番組に出演することを条件に、さーちゃんをメインにした恋愛ドキュメンタリー番組を放送したいって言ってくれた監督さんを3人紹介できるよ!」
『はぁ……?』
桔梗は氷室がいない間に仕事で交流のある監督へ片っ端から電話を掛け、恋愛ドキュメンタリー番組を撮影しないかと声を掛けていたようだ。
すでに有名な恋愛ドキュメンタリー番組を作成した経験のある監督に3人も心当たりがあると知った焔華は、監督たちが作成した番組名を聞くと驚きの声を上げた。
『わた好き、婚マリ、愛ミ!?どれもかしこも大人気番組ばかりじゃない!』
「焔華さん、やる気になってくれた?」
『それだけ大物揃えたなら、無条件とは言わないでしょ』
「うーん。おじさんたちと、お食事2時間コースで手を打つ予定」
『きっちり2時間で終わらせられるとは、到底思えないけど』
焔華はいくら大物監督の力を借りることになったとしても、面倒を見ている桔梗に危機が迫るようなことに許可は出せないと告げた。
その話を聞いた氷室も、焔華と同意見だ。
桔梗は年上の男性に抵抗などないようだが、間違いが起きる可能性もゼロではない。
(桔梗は望みを叶えるためなら、なんでもするタイプだからな……)
愛する女性がトラブルに巻き込まれる可能性を考慮した氷室は、そうした話の流れになるのであれば、身の振り方についてよく話し合う必要があると考えていた。
『三大恋愛ドキュメンタリー番組の中から一つ選んで、桔梗の願いを叶えたら……大金が動くわ。このチャンスを逃すほど、あたしも盲目ではないわよ』
「さーちゃんを幸せにする為に、協力してくれる?」
『……仕方ないわね。あたしが幸せにしたいのは、よく知りもしない女ではなく──桔梗であることを忘れないで』
焔華は桔梗が幸せになることを条件に、許可を出した。
紗雪が幸せになれば、桔梗が嬉しい。
桔梗が嬉しければ焔華も嬉しく。
焔華が喜べば、吉更は笑う。
幸せの連鎖に、氷室は入っていないが──桔梗が幸せを感じれば喜ぶ焔華と同じように。
氷室も幸せな気持ちになれるのだから、問題はないだろう。
「みんなで幸せになろうね。目指せ。ハッピーエンド!」
『桔梗が目指すべきはトゥルーエンドでしょうが……』
焔華の冷静なツッコミを聞いた氷室は、氷室の首元から両手を離して勢いよく立ち上がり、拳を天井に突き付け笑顔を浮かべる桔梗を見上げた。




