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7話 顔見知りの定義

顔見知りの定義


この世の中には、編集者にほとんど会わない作家もいるというのにどうしてこうも、オレは春男の所へ行かねばならないのだろうかと、かよいながら疑問に思う日々だ。寒さも和らいできたから、今の季節はまだマシだが当然冬は寒いし、夏は暑い。

春男の家の中はいつもさっぱりしている。ところが今日はなぜか物が少々散乱している。

「親父さん来なかったのか?」

春男の家の中のきれいさは春男の親父さんの趣味だ。

「うん。仕事が忙しいから明後日に来るって。そうそう、今日、顔見知りに会ったよ。たぶん、君も知っているはず。」

顔見知りという言葉は、普通は書き言葉で使うものだが春男は普通に話し言葉にする。

オレのように慣れている人はそうでもないだろうが、はじめての人はかなり戸惑うようだ。最初は春男自身、自分の話している言葉がおかしいとは思っていなかったようだ。長い間、周りは気がついていたが、誰も言わなかったらしい。高校卒業後に行った外国で、日本人の子に改めておかしいと指摘されてやっと知ったそうだ。オレに、そう言ったときにオレは逆に目を丸くした。

「気がついてなかったのか!」

「言ってくれよ!」

「わかっているんだと思っていたんだよ!」

 そんなことを言った覚えがある。ふと、昔の記憶の度から戻ってきたオレは聞いた。

「で?誰だったんだ?」

「それがねぇ、思い出せないんだ」。

春男の記憶にひっかかろうとしたらかなり印象的な人物じゃないと難しい。春男の記憶力はけっしていい方とは言えない。変なことだけはいつまでも憶えているのに、人の顔は簡単に忘れる。へたすると、半年で存在自体も忘れる。

存在を忘れるとは、出会ったときにこう思ったそうだ。

『こんな人、いたなぁ。』

 つまり、思いだすまでにすっかり忘れていたことになる。集中すれば憶えるのは早い。それで、かなりの人数を一気に覚えることもできる。しかし、そのぶん忘れるのも早い。

「幼稚園での知り合いじゃないことだけは、分かるんだけど。」

 まだ春男はその顔見知りが誰なのか考えているようだ。

「ああ、そっか。お前、転入生だったっけ。」

 春男と出会ったのは小学校の三年で、高校の三年まで一緒の学校だった。オレは憶えているのだが、春男はオレと会ったときの記憶などとっくにないらしい。

小学校の記憶も曖昧なのに、幼稚園のことなど憶えているはずもないから、今日見た顔見知りは違うとわかるようだ。俺も知っているはずだと言うことは、その間の知り合いだ。

ブツブツ言う春男の後ろ姿を見ながら、ふと思った。よく再会したときに、オレのことを覚えていたものだ。そんなに春男の記憶に残るようなオレだったのだろうか。それとも、ただ一緒にいた期間が長かったせいで、なんとなく残っていただけだろうか。

「思い出せないならそのままにしとけ。きっと思い出す必要のない人だろうさ。そのうち、何かの拍子で思い出すかもしれないし。」

「そうかもね。」

素直なところは春男の良いところと言えるかもしれない。それで春男は思い出す作業はすっかりあきらめたようだ。本当はこういうときは思い出した方が良いらしいが、オレには春男の仕事が速く上がることの方が重要なのだ。

しかし、そう言われると何となく気になる。誰だったのだろう。



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