36話 春男の台詞
春男の台詞
春男が突拍子もないことを言う時は、ほとんどの場合はどこかしらか影響を受けている場合が多い。まず、その言葉を聞いてから、どこからのものかを考える。おかげで、オレもかなり最新の話題やニュースについていけるようになっている。まぁ、専門用語はわからないけれど。
そして、春男の言語収集は人との会話にまで発展する。
「知っているかい?聴診器がデジタルになってるんだよ。」
「……は?え、聴診器ってあの、心臓の音聞くやつだろう?病院にでも行ったのか?」
春男はたまに、なにかしらで、病院に行くはめになっているせいか、ついそう聞いていた。
「ううん。あの、僕のことを噛んだ、犬のこと、覚えているかい?」
「あ。あれ、どうなった?まだ残っているのか、傷。」
「うん。いや、それはいいんだけど、飼い主さんと今日、ばったり会ってねー。色々、聞いちゃった。そしたら、動物病院の聴診器がデジタルになっていたんだって。」
「へぇ。」
オレは犬にも聴診器を当てるのかということに驚いた。ついでに、なにが違うのか、その差も聞いてみたいものだ。そして、ふと気がついた。あのとき、犬の処分を春男が言い張っていたら、今ごろこんな会話をしていることはないだろう。どうやら、遠まわしに春男の作品の一部に影響をしているようだ。
「なかなか、いろんなことが聞けて面白かったよ。」
「そうか、よかったな。」
「それでね、声紋のことなんだけど。」
春男の話は、よく飛ぶ。どこからそんな話になったのか、たまにオレはついていけない。しかし、たいていのことは対応できるようになったのは、春男のおかげかもしれない。
「声紋って、あの、声の指紋ってやつだろう?」
「そうだよ。それでね、たとえば強盗が、テープにたくさんのいろんな人に言わせた声を使ったら、声からばれることってないんだろうか?」
一体、なにゆえ、犬の話が声の話に変わったのだろう。まったく理解できない。
その一方で、すっかりこの変化に慣れてきている自分も怖い。ついでに、この質問に対して、まじめに考える自分も、怖い。自分で変声期でも使ったほうがいいんじゃないかと思ったが、一応相手をしてみた。
「それはそうだろうけど、声を吹き込んだ人が増えて証人が増えるだけじゃないか。」
「オーディション形式にして、主催者はみんな役者。で、声を入れる人が素人なら、ばれないかも。」
春男の頭の中に、その図が浮かんでいるらしく、うきうきした声で言った。これで、仕事をしているようには、はたから見たらとてもわからないだろう。
「費用がかかるんじゃないか?」
「だろうね。でもいいかも。これで、次回かいてみようー。」
春男は今回の作品も、まだ書き終わっていないうちから次回作の内容を決めることがよくある。しかし、これで、安心はしていられない。とくに春男の場合は特にだ。自分の言ったことなどきれいに忘れて、全然違うことを書き出すことだってあるのだ。
一応、オレは聞かれたときのためにメモをした。使うかどうかはわからない。聞かれたら、答えられる準備だけはしておこうと思っている。あっさり捨てるような内容もあれば、考え抜いてやめることもある。考え抜いて、とっておく内容もある。さて、今回は、どうなるだろうか。メモをするたびにオレは考えている。
「そういえば、亀が進化するとねぇ……。」
春男の話はまだまだ、変わりつづけている。これで、話を聞いていないと問題が起きる。メモをとりながら、春男の話にも耳を傾ける。
オレは思った。これなら、どんな女性の話だって聞くことができるだろうと。問題は、誰もオレに話し掛けてくれるような女性がいないことだけだ。ため息をついた。




