22話 春男と引越し
春男と引越し
その日は別に、春男の家に向かっていたわけではなかった。しかし、習慣のせいだろうか、足が勝手に春男の家のほうに向かっていたようだ。
そのことに気がついたのは、もうすぐ春男の家の前だというところまできて、引越しのトラックを見たときだった。春男の隣に住んでいる女の子の彩ちゃんが、オレに声をかけてきたからだった。
「佐々木さん。」
「あれ?彩ちゃん。」
「こんにちは。春男さんなら、家にいませんよ。」
彼女はすぐにそう言った。オレは別に春男に会いに来たわけではなかったが、春男が家にいないというのを聞いて、つい気になって聞いてしまった。
「え?なんでいないって知っているの?」
「だって、そこにいますよ?」
彩ちゃんはトラックのほうを指差した。夕焼けに照らされて、なかなかきれいだ。
「あれは……誰か引越し?」
「うちです。」
「彩ちゃん家?引っ越すの?」
「はい。父が帰ってきまして。今度から一緒に暮らすことになったんです。ついでに、おばあちゃんも一緒ってことになって、今度、大きな一軒家に行くんです。」
彼女は嬉しそうに言った。
「そう。よかったね、一緒に暮らせて。」
「はい。それで、春男さんが引越しを見たいからって、そのトラックの後ろに椅子持ってきて、座っているんですよ。」
オレは目を丸くした。
「座っている?」
聞くよりも見たほうが早そうだ。オレは、トラックの後ろに回ってみると、詰め込みをしている、ちょっと後ろのほうに春男が家から椅子を持ち出して、引越しの様子を眺めていた。
「あれ?今日、くるって言っていた?」
春男のほうもオレの出現に、ちょっと驚いたようだ。
「いや、言ってないけど……なにやってんだ?」
「引越しを見ている。」
「なんで?」
「面白そうだ。僕がここに来た時と会社が違う。つめ方も違うのかなぁと思って。なかなか面白いよ。邪魔しないように、この位置なんだ。」
春男は、にこやかにそう言ったが、引越しの作業をしている人たちから見たら、ただの変わり者だろう。もしかしたら、邪魔者かもしれない。
「全部見るつもりか?」
「いや、もうそろそろ、終わるところなんだ。だから、家に帰ろうかと思っていたところ。せっかくここまできたから、お茶でも飲んでいくかい?」
「ああ。」
彩ちゃんのお母さんは、あっちこっちに挨拶に回っていた。春男の家にも、彩ちゃんと一緒にやってきて、御礼を言って去っていった。
「寂しくなったな。」
「ああ、おすそ分けの相手が減った。」
春男は、そう言って、ため息をついた。コップの氷が静かに笑った。




