16話 六月
六月
と、いえば、「女性ならジューンブライトですよぉ。」
そう、隣に座っている職場の女の子は言った。そういうものだろうか?あれはたしか、ヨーロッパのほうだから、いいのであって、日本ではどうだろう。
オレが思い浮かべるのは、やっぱり梅雨のことだった。雨が面倒だなぁと思う。もちろん、ないと困るが。しかし、春男の場合は、ほかに考えることがあるようだ。それは、オレのスケジュールにはないものだ。
父の日。それはオレの頭から、基本的には、ほとんど忘れ去られている。イベントがいっぱい行われていても、それを離れるとすぐに忘れる。ところが、春男の場合はそうもいかない。この時期になると、春男の家に電化製品のカタログが増えだすのだ。去年は掃除機を贈ったはずだ。今年はなんだろうか。
春男の家に行くと、やっぱり春男は悩んでいた。
「去年は、紙パックのいらない掃除機を贈ったんだろう?今年は何がほしいって?」
春男の父親は、家庭内掃除が大好きで、こっそり春男に父の日にあわせて、なにかしらの電気製品を希望として伝えてくるようだ。
「今年は体重計だって。」
「体重計?」
意外なことを聞かされた。てっきり、クーラーあたりだと思っていたのに。オレは一人で暮らしているせいか、そんなものはないが、基本的に家庭には一個はとっくにあるものではないだろうか?
「おまえの家、体重計ないのか?」
「いや、あるけど、そうじゃなくって、いまのは、体脂肪とか量れるようになっているんだろう?あんまりよくはわからないけど。あれが欲しいみたいで。」
春男は体重計のページをめくっている。
「ああ。でも、なんで体重計なんだ?それくらい、おまえにわざわざ頼まなくたって、自分でも堂々と買えるだろう。」
「最近、父さんはやせたんだって。それで、いろいろと体のことを量りたいけど、自分で買うのは気が引けるんだって。」
なんで、体重計を買うのに気が引けるのだろう。
「気が引ける?」
「母さんが、ちょっと太ったらしいんだ。」
春男の父親は、春男の母親にほれ込んでいる。なるほど、気を使っているようだ。わざわざ、女性に重くなったと証明させるような物を買う必要はない。しかし、そこに何も知らないはずの息子からの贈り物なら、いいわけをして、自分は気がねなく、使用できるということのようだ。
「なるほど。」
オレは確かに納得した。毎年のことながら、なかなかの策略家だ。
「明日にでも、買いに言ってくるよ。ついでにインクも買いたいしね。雨が降らないといいんだけど。」
そう春男はいって、外のほうを見つめた。今日も、曇ってきている。おそらく気分的には、面倒さがいっぱいに溢れているのだろう。
どうやらこれで、今年も贈り物は決まりのようだ。それにしても、春男自身にも一つあったのほうがいいんではないかと、オレは思う。春男も出会ったころに比べると、少々ぷっくりし始めている。
だが、そんなことを気にするようなら、もっと積極的に外に出ているだろう。最低限の太陽にはあたっているようだが、この時期でさえ、家の中では、除湿を入れているくらいだ。すっかり、外のじめじめには絶えられない体になっているのだろう。
明日、本当にでかけるかさえも疑問だ。父の日は、春男にとって、唯一、このじめじめした時期の遠出なのではないかとオレは考えている。もしかしたら、これも、春男の父親の策略なのだろうか。
ところで、オレは、父親に送るのは昔から酒と決めている。あれこれ、考えなくていいとは、なんて楽なのだろうと、しみじみ思った。




