10話 不可解な常識
不可解な常識
春男にあまり常識は通用しない。いや、世間で生活を送るには何の支障もないが、少なくとも、春男は今のアイドルの名前などはサッパリ解らないと言っても過言ではない。音楽もゲームもスポーツもダメだろう。まぁ、春男にわざわざ聞くような人物もいないといえば、その通りだが。
ついでに、何なら聞いたらわかるのか、誰も知らないんじゃないかとも、思う。オレにも、わからん。
本人にもおぼえる気がないようだ。今のだけが分らないだけなら、年のせいだろうが、昔のアイドルもさっぱりわからないでいる。実際問題としては、たしかにそんなことを覚えていなかったからと言って、生活に困るようなことはない。だが、共通の話題での友人は作れないのではないかと思っていた。
この間のことだ。テレビで警察官が犯人を逃すというのをニュースでやっていた。その話題を春男に振ったのは、テレビが付いていたわけではなく、その日、原稿を待つ間に新聞を春男の家のソファで読んでいたからだ。もちろん、オレのだ。自分の鞄の中にあった。
春男は新聞も読まない。作家として、世間のことを知らないなんて、そんなことでいいんだろうかと思い、何度も言ったが、本人は言うには。
「だって、読むかどうかわかんないし。毎月、料金を払うのが面倒で。」
だ、そうだ。振り込みもできるということがわかっているのか、確認さえもしたくない。
「重いんだってね。」
急に春男が言いだした。
「なにが、重いんだ?」
「なんでもね、警棒とか、手錠とか、体に巻着付けておくんだって。それで、結構重いらしいよ。犯人よりも重い体で走るのって、結構体力いるんだろうね。」
どうやら、警官の話をしているようだ。
「警官か?」
「そう。」
「なんで、知っているんだ?」
「知り合いが警察官になった。」
本当にこいつの知り合いや友人たちの職業は一体、どうなっているのかと毎回疑問に思う。そしてどこで出会ったのかも気になるところだが、聞くのが怖いような気がしているのはオレだけだろうか。どうして、こうも個性的な職業が多いのだろう。別に、高校時代専門学校に行ったわけでもないのに。大学とて、文学部だったはずだ。
その中に、スポーツ関係の人が出てこないところが、春男らしさだろうか。
ふとオレは思いだした。
「そういえば、お前、田舎はいいのか?」
「なにが?」
「お前の田舎のほう、この間、大雨が降っただろう?平気だったのか?」
「……降ったっけ?」
どうやら、これは春男の頭になかったようだ。かなり大きな土砂崩れまで起こしたというのに。このぶんでは、なにかあっても春男は知らないまま終わるような気がする。オレは覚えていても、春男はオレの田舎のがどこにあるのかも、記憶にないだろう。
なにが、春男の頭の中にあるデータに結びつくのか、オレは何年経ってもさっぱり分らない。そのたびに唖然とさせられるが、逆に春男の知らなさにも、愕然とすることがある。あれだけ大騒ぎになっていた、有名監督の映画を知らなかったときは本当に、逆に怖くなったものだ。春男にとってはあまり重要な情報ではなかったようだ。
こいつに常識があるのか、ないのか。春男といると、どうも悩むことがついつい多くなってしまう。同じ年齢なのに、春男よりも早く白髪になったら、絶対にこいつのせいだろう。ストレス用の保険でもないだろうか?




