第五章 建忠殿の子どもたち
皇后になってからのナムフォンは、華やかな儀礼の表面だけに生きていたわけではなかった。日々は、もっと細かで、もっと静かな営みで成り立っていた。人に会うための衣服を選ぶこと。宮廷の行事に欠かさず出席すること。フランス語で訪れた客人を迎えながら、同時にベトナムの古来の慣習を一日一日丁寧に学ぶこと。カトリックの信仰を胸に抱きながら、王朝の一員としての振る舞いを身体で覚えていくこと。それらのすべてが、彼女の新しい現実だった。皇后としての務めは重く、時に彼女の肩を押しつぶすようにのしかかった。けれど彼女はその重みを、吐息ひとつ漏らさず受け止めた。その静かな強さが、宮廷の人々に少しずつ伝わっていった。
そして、一九三六年一月四日、彼女は建忠殿で最初の子を産んだ。保隆――皇帝と皇后の長男である。その瞬間、産殿には緊張と祈りが満ちていた。赤ん坊の最初の泣き声が響いたとき、周囲の空気が一気に緩み、多くの者が安堵の息を漏らした。王朝にとって、この誕生は未来を約束する大きな出来事だった。後継者が生まれたという知らせは、瞬く間に宮廷中に広まり、やがて国中へと伝わった。けれどナムフォンにとっては、まず何よりも一人の子がこの世界に生まれたという、それだけの事実だった。小さな手が彼女の指をぎゅっと握る感触。眠りと目覚めを繰り返すかすかな呼吸。泣き声に驚き、自分の胸に抱けば不思議なほど静かになる小さな身体。皇后という地位は、人の前に立ち、国の象徴として振る舞うためのものだった。しかし母であることは、誰も見ていない場所で、誰も称賛しない時間の中で、ひっそりと始まっていた。
保隆が生まれた時、王朝の未来をめぐる大きな期待が、すでに彼の周囲には幾重にも積み重なっていた。人々は彼に未来の皇帝を見た。宮廷は彼に血筋の継続を見た。しかし彼は、すぐに皇太子となったわけではない。一九三九年、建忠殿での正式な儀礼を経て、はじめて東宮皇太子に冊立される。その日まで、彼はただの幼い男の子だった。ナムフォンはその前も後も、息子を一人の人間として見つめていたに違いない。王朝の名を継ぐ者である以前に、彼は彼女の腕の中で安心して眠る、ただの我が子だった。彼女はその寝顔を見ながら、彼がどんな大人になるのか、彼がどんな道を選ぶのか、何度も何度も想像した。
翌一九三七年、ダラットの高原で長女の芳梅が生まれた。さらに一九三八年には、次女の芳蓮がこの世に誕生する。王宮の中に、子どもたちの声が少しずつ増えていく。保隆は先に歩き始め、まだよちよちの足で宮殿の廊下を探索した。芳梅はその後を必死に追いかけ、時折転んでは泣き、母の腕に飛び込んだ。芳蓮はその二人のそばで、大きく澄んだ目を開けて世界を見つめていた。歴史の記録には、彼らの生年月日や儀礼の名前が整然と刻まれている。しかし家族の暮らしは、その記録の外側にあった。朝、誰が一番先に目を覚ましたのか。雨の日、窓の外をじっと眺めていたのは誰だったのか。母の姿を見つけて、廊下を駆け寄ってきた小さな足音は、どんな速さで、どんな温かさを持っていたのか。
ナムフォンは、宮廷の外に姿を現す時にも、決して「皇后」としてだけではなかった。写真には、彼女が子どもたちのそばに立つ姿が幾枚も残されている。装いはいつも端正で、姿勢はまっすぐに伸びている。だがその表情には、皇后としての威厳だけではない何かが確かにあった。子を見つめる母親の、静かで深い注意深さ。彼女は、自分がフランスで受けた教育を何よりも大切にしていた。しかしそれは決して、子どもたちにベトナムのことを忘れさせるためではなかった。むしろ、ベトナムに生まれた子どもたちが、より広い世界を知り、より自由に考え、より深く感じ取ることができるように――そのために彼女は教育の重要性を信じていた。ベトナム語とフランス語。カトリックの信仰と、父方の王朝が千年にわたって守り続けてきた伝統。そのどちらか一方だけを選ばせるのではなく、二つの文化のあいだで、自分自身の足でしっかりと立つことができるように育てること。それこそが、ナムフォンの考える本当の教育だった。
一九四二年には三女の芳蓉が生まれ、一九四四年には次男の保昇がこの世に誕生した。五人の子どもたちは、いずれも王朝が終わりに近づく激動の時代に生を受けた。保隆、芳梅、芳蓮、芳蓉、保昇――それぞれが異なる顔を持ち、異なる性格を持ち、異なる未来を抱えていた。彼らが成長していく数年の間に、世界はかつてない速さで変わっていく。ヨーロッパでは戦火が広がり、フランスは敗れ、インドシナの大地にも日本軍の足音が響き始める。皇帝の家族であっても、その嵐の外側にいることは決して許されなかった。歴史の巨大なうねりが、彼らの日常にも静かに、しかし確実に影を落とし始めていた。
けれどまだ、この時の建忠殿には、子どもたちの無邪気な笑い声が響いていた。廊下を走る小さな足音が木の床を軽やかに叩き、庭先では誰かが花を摘んで母に差し出した。ナムフォンはその中心にいた。皇后としてではなく、ただ一人の母として。最後の王朝の皇后としてではなく、五人の小さな命を抱える、若い母として。彼女はその日々を、決して特別なものとは思わなかった。だが後に振り返った時、その平凡な日々こそが、彼女の人生で最も輝いていた時間だったことに、彼女は静かに気づくことになる。




