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ナムフォン皇后——王朝の終焉を見つめた女  作者: はまゆう


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3/4

第三話 紫禁城の檻

1


赤ん坊の産声が、紫禁城の重い空気を震わせた。


バオ・ロン王子。グエン朝の未来を背負う嫡男。その誕生は、三発の大砲の音で全国に知らされた。宮廷中が沸き立ち、百官たちは祝詞を捧げ、フランス総督府からも祝電が届いた。誰もが「これで王朝の安泰は確かだ」と口を揃えた。


だが、出産の翌日、ナムフォンのもとに届いたのは、祝いの言葉ではなかった。


「明日、太和殿にて、『献児の儀』を行います」


老女官は無表情で伝えた。「皇太后様が、直々に執り行われます。皇后陛下は——控え室でお待ちください」


「控え室?」ナムフォンは聞き返した。「私は母親です。なぜ控え室に?」


老女官は答えなかった。ただ、深々と頭を下げて、去っていった。


その夜、ナムフォンはベッドの上で、生まれたばかりのバオ・ロンを抱きしめながら、一睡もしなかった。


彼女は知っていた。この儀式の意味を。グエン朝の古いしきたりでは、嫡子は「帝国の子」であり、「母親の子」ではない。母親は、子供を産む器に過ぎない。子供をこの世に送り出した後は、その子は帝国——すなわち皇太后——の手に委ねられる。


パリで学んだ啓蒙思想が、彼女の中で叫んでいた。


人間は自由である。母親も自由である。子供も自由である。誰も、他人の所有物にはならない。


しかし、紫禁城では、その叫びは誰の耳にも届かない。


2


儀式の当日、太和殿には数百人の参列者が集まっていた。


百官たち。フランスの高官たち。宮廷の女官たち。そして、中央の玉座には、ドアン・ホイ皇太后が厳かに座している。その隣——本来なら皇后が座るべき場所——には、誰もいない。


ナムフォンは、太和殿の脇にある小さな控え室に押し込められていた。部屋には窓が一つある。その窓から、儀式の様子がかすかに見える。


彼女はその窓の前に立ち、身動きせずに儀式を見つめた。


皇太后が、バオ・ロンを抱き上げる。赤ん坊は、金色の絹に包まれている。皇太后は、その赤ん坊を高々と掲げ、参列者たちに向かって宣言した。


「これこそ、グエン朝の嫡男、バオ・ロン王子である。帝国の未来は、この子の双肩にかかっている」


参列者たちが、一斉に頭を下げる。拍手が起こる。祝福の声が響く。


ナムフォンは、その光景を、窓の隙間から見つめ続けた。


彼女の頬を、涙が伝った。それは、感動の涙ではない。怒りの涙だ。屈辱の涙だ。


あの子は、私の子だ。私が産んだ。私がこの身体を削って——


だが、その怒りは、誰にも向けられなかった。皇太后に向けるべきなのか。バオダイに向けるべきなのか。それとも——この古い制度そのものに向けるべきなのか。


彼女はわからなかった。ただ、一つだけ確かなことがあった。


この場所では、私は「母親」ではない。私は「皇后」——いや、それ以下だ。私は、ただの「道具」なのだ。


その瞬間、彼女の心の中で、何かが固まった。感情ではなく、決意だ。


ならば、私は「道具」でいよう。しかし——誰の道具でもない。自分のための道具に、私はなる。


3


儀式が終わり、参列者たちが退出した後、バオダイが控え室にやって来た。


彼は疲れた顔をしていた。儀式の間、彼は玉座に座り続けていた。ただ座っているだけ。それだけが、彼の役割だった。


「ご苦労だった」彼はナムフォンに言った。「これで、嫡子の正統性が確立された。これからは——」


「私の子です」


ナムフォンは、静かに、しかしはっきりと言った。


バオダイは一瞬、何を言われたのか理解できなかったようだ。「え?」


「あの子は、私の子です。皇太后の子ではありません。帝国の子でもありません。私——ナムフォンの子です」


バオダイの顔に、困惑が走った。「何を言っているんだ。当たり前だろう。お前の子だ。しかし同時に——」


「同時に、帝国の子でもある」ナムフォンは彼の言葉を引き継いだ。「それが、あなたの言いたいことですね」


「そうだ。お前も、それを理解しているはずだ。皇后として——」


「皇后として、理解しなければならない」ナムフォンは小さく笑った。「わかっています。私が何を言っても、この場所のルールは変わらない。でも——」


彼女はバオダイの目をまっすぐに見つめた。


「私にもルールを守る権利はあります。私は、自分の子を、自分の手で育てます。それができないのなら——皇后の地位なんて、いりません」


バオダイの顔色が変わった。彼は、ナムフォンが本気で言っていることを理解した。そして、その本気さが、彼にとって脅威であることも。


「そんな極端なことを——」


「極端ですか?」ナムフォンは首を振った。「私はただ、母親になりたいだけです。それのどこが極端なのでしょう?」


その問いに、バオダイは答えられなかった。


彼はその場を立ち去った。何も言わずに。それは、いつものパターンだった。問題から逃げる。考えることを放棄する。そして、誰も幸せにならない。


ナムフォンは、彼の背中を見送りながら、ため息をついた。


やはり、この人は、何も変えられない。


4


その数日後、ナムフォンは、アンディン宮殿への移転を正式に申請した。


理由は「嫡子の教育環境の確保」。表向きは、それだけだ。だが、誰もがその裏にある真意を理解していた。皇后が、皇太后から逃げるのだと。


ドアン・ホイは、この申請に対して、激怒した。


「皇后が、自分勝手な理由で、宮殿を移すなど、前代未聞の不届き者だ!」


彼女は側近たちにそう巻いた。そして、バオダイを呼びつけ、怒鳴りつけた。


「お前の妻が、何を考えているのか分かるか?帝国の秩序を破壊しようとしているのだ!お前は、その肩を持つのか?」


バオダイは、いつものように、うつむいた。


「母上、彼女にも彼女の事情が——」


「事情?何の事情だ?私は、嫡子のためを思って、あの儀式を執り行ったのだ。それなのに、あの女は、私に感謝するどころか、逃げ出そうとしている。これが、フランス育ちの教養というものか?」


バオダイは何も言えなかった。


その夜、彼はナムフォンのもとを訪れ、こう言った。


「もう少し、我慢してくれないか。母も、悪気があってやっていることではないんだ。彼女は、ただ——帝国を思っているだけで——」


ナムフォンは、その言葉を聞きながら、ある種の悟りを感じていた。


この人は、永遠に「母と妻の間で板挟み」になる。そして、その板挟みから逃れるために、いつも「我慢」を選ぶ。私が我慢するか、母が我慢するか。どちらが楽か——それは、決まっている。


「わかりました」


彼女はそう答えた。だが、その声には、もはや期待は含まれていなかった。


バオダイは、彼女の「わかりました」を、承諾の意味だと受け取った。そして、ほっとしたように部屋を出て行った。


その背中を見ながら、ナムフォンは決意を固めた。


わかったのは、この人には頼れないということだけだ。だから——私は、自分でやる。


彼女は翌朝、父親に手紙を書いた。パリ時代の友人たちにも手紙を書いた。アンディン宮殿の修繕と改築を、自分の資金で行うための手配を始めたのだ。


誰の許可も待たない。誰の助けも借りない。


それが、彼女の新しい戦略だった。


5


1937年初夏。ナムフォンは第二子を妊娠した。


バオ・ナン王女。後に「ベトナムで最も美しい王女」と呼ばれることになる女の子だ。この妊娠は、ナムフォンにとって、ある種の救いだった。一人目の時は、すべてが初めてで、戸惑いと恐怖の中で出産した。しかし二人目は違う。彼女はもう、何をすべきか知っていた。


何を——皇太后から身を守るべきかを。


彼女は、フランス人医師を密かに呼び寄せた。パリ時代の知り合いの産科医だ。彼は、ハノイのフランス人病院に勤務しており、ナムフォンの要請で、こっそりと王宮を訪れた。


診察は、夜間に行われた。誰にも見つからないように。カーテンを閉め、灯りを消し、医師は聴診器で胎児の心音を確認した。


「問題ありません。お子さんは、とても元気です」


その言葉に、ナムフォンは安堵の息をついた。しかしその安堵は、すぐに別の感情に変わった。


なぜ、私は隠れなければならないのか?なぜ、母親が自分の子供のために医者を呼ぶことが、罪なのか?


その問いは、彼女の中で繰り返し反響した。しかし答えは出なかった。


ある日、その秘密が漏れた。


一人の侍女が、ドアン・ホイのスパイだったのだ。彼女は、フランス人医師の夜間訪問を、皇太后に密告した。


ドアン・ホイは、すぐに行動した。


彼女はナムフォンのもとに乗り込み、こう言い放った。


「フランス人の医者を、密かに王宮に招き入れるとは——皇后としての自覚があるのか?」


ナムフォンは、平静を装って答えた。


「私は、自分の子供の健康を守っています。それのどこが問題なのでしょうか?」


「問題?」皇太后は冷笑した。「問題は、お前が帝国の儀礼を無視していることだ。帝国の皇后が、帝国の伝統を軽んじるなど、許されることではない」


「伝統——」ナムフォンは、その言葉を繰り返した。「では、聞きますが、その伝統は、母体と胎児の安全を保証してくれますか?」


その問いに、皇太后は一瞬、言葉を失った。しかしすぐに、怒りを取り戻した。


「お前は、帝国の伝統を、フランスの医学で計るのか?帝国の何たるかを——」


「私は、帝国の何たるかよりも、自分の子供の命の方が大事です」


ナムフォンは、はっきりと言った。


その瞬間、部屋の中の空気が凍りついた。


皇太后の顔が、赤から青に変わった。彼女は、これまで誰からも——バオダイからも、宮廷の誰からも——正面から反論されたことがなかった。ましてや、自分の方が「間違っている」と言われたことなど、一度もない。


「よくも——」


皇太后は震える声で言った。「お前のような——お前のような異邦人が、帝国の皇后にふんぞり返っているから、帝国の秩序が乱れるのだ!」


そう言い放って、彼女は部屋を出て行った。


ナムフォンは、その場に立ち尽くしていた。心臓が激しく鼓動していた。初めて、皇太后に正面から立ち向かった。その結果がどうなるかは、分からない。しかし——彼女は後悔していなかった。


その夜、バオダイが現れた。彼の顔色は、ひどく悪かった。


「母から聞いた」彼は言った。「お前、本当にあんなことを言ったのか?」


「言いました」ナムフォンは答えた。「私は間違ったことをしていません」


バオダイは深いため息をついた。「お前は——母がどれだけ怖い存在か、分かっていない。母に逆らった者は、誰一人として——」


「私は、自分の子供を守るために逆らったのです。それも間違いですか?」


バオダイは答えられなかった。彼は、またしても無言でその場を去った。


それが、彼の唯一の抵抗の方法だった。去ること。何も言わないこと。


ナムフォンは、その背中を見送りながら、思った。


去るなら、もう戻ってこなければいいのに。


6


その年の秋、ナムフォンは、アンディン宮殿への移転を強行した。


誰の許可も得ずに。誰の助けも借りずに。彼女は自分の資金で修繕を終え、自分の侍女たちを連れて、紫禁城の中心から離れた小さな宮殿へと移った。


その知らせを聞いたドアン・ホイは、怒りを通り越して、呆れ果てた様子だった。


「あの女——本当にやったのか。あの無謀な——」


しかし、皇太后も、強行手段には出られなかった。ナムフォンは皇后だ。地位を剥奪するには、バオダイの承認が必要だ。そして、バオダイはその承認を与えなかった。


彼は、母親と妻の間で、またしても「何もしない」という選択をしたのだ。


アンディン宮殿は、確かに小さかった。紫禁城の主要な宮殿と比べれば、質素ですらあった。しかし、ナムフォンにとって、それは自由だった。


ここには、ドアン・ホイのスパイはいない。皇太后の指示で動く侍女もいない。あるのは、彼女が自分で選び、自分で教育した、信頼できる人々だけだ。


彼女は、すぐに、この宮殿を「自分たちの場所」に変え始めた。


フランス式の家具を置いた。パリから取り寄せた絵本を並べた。庭園には、ベトナムの花と、フランスのバラを一緒に植えた。


「ここは、私たちだけの国です」


彼女は、バオ・ロンを抱きながら、お腹の中のバオ・ナンに語りかけるように言った。


「誰にも邪魔されない。誰にも支配されない。私たちは、ここで、自由に生きるのです」


バオ・ロンは、母親の声に反応して、小さな手をバタバタさせた。その無邪気な仕草に、ナムフォンの心が少しだけ温かくなる。


これでいいのだ。


彼女はそう思った。


皇帝の愛はいらない。皇太后の承認もいらない。私は、子供たちと共に生きる。それだけで十分だ。


7


しかし、バオダイの「逃亡」は、加速度的に進んでいった。


1937年末、彼は初めての長期の「狩猟旅行」に出かけた。ダラットへ。三週間の予定だった。しかし、その三週間は、二ヶ月に延びた。そして、その二ヶ月の間に、彼は一人のベトナム人女性と関係を持った——という噂が流れた。


ナムフォンは、その噂を最初に聞いた時、何も感じなかった。いや、正確に言えば、何かを感じる前に、心が「感じることを拒否した」。


どうでもいい。


彼女はそう自分に言い聞かせた。


あの人が、どこで誰と何をしていようと、私の知ったことではない。


しかし、夜になって、一人でベッドに入った時、涙が止まらなかった。


彼女は、枕に顔を埋めて、声を殺して泣いた。それは、嫉妬の涙ではない。幻滅の涙だ。


彼は、私を幸せにすると言った。あの日、ダラットで。あの庭園で。


「私はあなたを幸せにします」——そう言ったのは、彼の方だ。


なのに——


彼女は、一晩中泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れて、朝方ようやく眠りについた。


そして、目が覚めた時、彼女は決意していた。


もう二度と、このために泣くまい。


彼女はベッドから起き上がり、アオザイを整え、鏡の前に立った。目の周りは少し腫れていたが、それを隠すように、軽く化粧をした。


鏡の中の自分を見つめながら、彼女は言った。


「あなたは、ナムフォン皇后です。ベトナム最後の——いえ、ベトナム最初の、近代的な皇后です。そんなあなたが、男の浮気ごときに泣いている場合ではありません」


その日から、彼女はバオダイの愛人問題について、一切口にしなくなった。


噂を聞いても、眉一つ動かさない。誰かに尋ねられても、「知りません」とだけ答える。


それは、強がりではない。本当に、どうでもよくなったのだ。少なくとも、彼女は自分にそう言い聞かせた。


8


1938年、バオ・ナン王女が誕生した。


今回の出産では、ナムフォンは自分の条件を貫いた。フランス人医師の立ち会い。ベトナムの伝統的な産婆の補助。そして、出産後は、すぐに自分のもとで赤ん坊を育てること。


ドアン・ホイは、今回も「献児の儀」を主張したが、ナムフォンはそれを拒否した。表向きの理由は「体調不良」。実際には、彼女は「もう二度と、あの屈辱を受けるものか」と決意していたのだ。


バオダイは、この対立をまたしても仲裁しようとしなかった。


彼は、ただ「うん」と言って、儀式を中止させるだけだった。


それが、バオダイの「譲歩」だった。そして、その「譲歩」は、いつもナムフォンに「お前のためだ」と言って行われるものだった。


「母には悪いが、お前の体調を考えれば、今回は儀式は中止した方がいい」


彼はそう言った。その言葉には、「お前のわがままを通してやった」というニュアンスが含まれていた。


ナムフォンは、そのニュアンスを感じ取りながらも、何も言わなかった。


ありがとう——とは言えない。なぜなら、これは私がわがままを通したのではない。私は、当然の権利を主張しただけだ。


しかし、バオダイにはその違いが理解できない。彼にとって、「母の言うことに従うこと」が普通であり、「母に逆らうこと」は特別な譲歩なのだ。


ナムフォンは、この夫との根本的な認識の違いに、深い諦めを感じた。


私たちは、同じ言葉を話しているのに、同じ意味を共有していない。


それは、フランス語とベトナム語の違いよりも、根深いものだった。


9


バオ・ナン王女が生まれてから、バオダイの不在は、さらに顕著になった。


1939年、彼は「公務」と称して、ハノイに長期滞在した。そこには、新しい愛人がいるという噂だった。1940年、彼は「健康療養」と称して、ダラットの別荘に籠もった。そこにも、また別の女性がいるらしい。


ナムフォンは、その全てを知っていた。王宮の情報ネットワークは、皇太后のものだけでなく、ナムフォン自身もまた、小さなネットワークを持っていたからだ。


しかし、彼女は何もしなかった。


詮索しない。非難しない。ただ、アンディン宮殿で、子供たちと静かに暮らした。


ある時、バオダイが三ヶ月ぶりに戻ってきた。彼は酔っていた。上機嫌で、ナムフォンの肩を抱き、こう言った。


「お前は、本当に変わったな。以前は、もっと——」


「以前は、もっと何でした?」ナムフォンは静かに問い返した。


バオダイは言葉に詰まった。彼は、何か嫌なことを思い出したようだった。そして、その場を去った。


ナムフォンは、その後姿を見送りながら、思った。


私は変わっていない。変わったのは、あなたへの期待だ。


かつては、あなたが私を幸せにすると思っていた。今は——自分で自分を幸せにすることを覚えた。


それだけの違いだ。


10


1940年、ナムフォンは第三子を妊娠した。


バオ・チ王女。後に「最も母親に似た王女」と呼ばれることになる女の子だ。


この時、世界は戦争の渦中にあった。第二次世界大戦は既に始まっており、フランス本国はナチス・ドイツに占領されていた。ベトナムもその影響を受け始めていた。日本軍がフランス領インドシナに進駐してきたのだ。


王宮の中にも、戦争の影が忍び寄っていた。食料の価格が高騰し、人々の不安が高まっていた。ドアン・ホイ皇太后でさえ、かつてのような威厳を保つのが難しくなっていた。


しかし、ナムフォンは変わらなかった。


彼女は、アンディン宮殿で、子供たちの教育に専念した。バオ・ロンにはフランス語とベトナム語の両方を教え、バオ・ナンにはピアノを教え、バオ・チには絵を教えた。


彼女は、この子供たちこそが、ベトナムの未来だと信じていた。


古い帝制は、いずれ終わる。新しい時代が来る。その新しい時代を生きる人間を、彼女は育てなければならない。


その使命が、彼女を生かしていた。


ある夕暮れ、彼女はアンディン宮殿の庭園に立っていた。ユーカリの木々が夕日に照らされ、金色に輝いている。遠くから、子供たちの笑い声が聞こえる。


彼女は、静かに呟いた。


「これでいいのだ。これが、私の人生だ」


その時、彼女はまだ知らなかった。


この平穏が、あと数年しか続かないことを。


そして、この子供たちとの時間が——彼女にとって、最も貴重な、そして最も短い、幸福の時間だったことを。


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