第二章 鳥たちの修道院
クヴァン・デ・ゾワゾー――「鳥たちの修道院」。その名は、パリの喧騒から逃れるように佇む学校に、なんとよく似合っていたことだろう。石造りの建物は、灰色の壁に深い影を落とし、朝には鐘の音が静かに響き渡る。よく手入れされた庭にはバラとラベンダーが植えられ、風が吹くたびにかすかな香りが教室の窓から滑り込んだ。朝の祈りと授業、決められた時間の食事、規則正しい消灯。少女たちは、そのくり返される日々の中で、まるで鳥かごに閉じ込められた小鳥のように、決められた順序に従って育てられた。けれど、ランはそこで、自分が翼を広げる場所を見つけた。
ランは、そこで「マリー=テレーズ」と呼ばれた。その名は、フランス語の口の中で軽やかに転がり、彼女の耳には少しだけよそよそしく響いた。南部の故郷で聞いていたベトナム語は次第に遠ざかり、毎日の会話はすべてフランス語に取って代わられた。最初のうち、彼女は言葉を発する前に、相手の表情を注意深く観察した。どんな語尾が丁寧なのか。どこで声を弾ませて笑えばよいのか。どんな沈黙が無知と見なされるのか――まるで地図のない海を渡るように、彼女は言葉の隙間を読み取ろうとした。
だが彼女は、怯えて黙るような少女ではなかった。わからない言葉があれば、小さなノートに丁寧に書き留め、夜遅くまで辞書を引き倒した。発音を直されれば、何度も何度も同じ音を唇で確かめ、口の中にその響きを馴染ませた。先生が言ったことを一度で覚えられなくても、二度目には自分のものにした。三度目には、もう迷わず口にできた。やがて、彼女のフランス語からは迷いの色が消え、滑らかで明瞭な響きを持つようになった。誰もが驚いた。わずか数か月で、彼女は言葉の壁を、ほとんど音を立てずに乗り越えたのだ。
学校は、彼女に西洋の教養という武器を与えた。文学の授業ではラシーヌやボードレールを読み、歴史の時間にはフランス革命やナポレオンの足跡を辿った。地理の教科書には色鮮やかな地図が広がり、宗教の時間には聖書の一節が厳かに朗読された。礼儀作法の稽古では、ナイフとフォークの持ち方から、お辞儀の角度に至るまで、細部にわたって指導が行われた。世界にはどんな国があり、どんな人々が住み、どのような思想が人間を動かしてきたのか――彼女はひとつずつ、まるで宝物を拾い集めるように学んでいった。知識が増えるたびに、彼女の視界は広がり、胸の奥にあった漠然とした不安が、少しずつ確かなものに変わっていった。
けれど、学校が彼女からベトナムを消したわけではなかった。夜、寮の小さな窓からパリの灯りを眺めていると、彼女の心は無意識に南部の湿った風を呼び戻した。ジャスミンの香り。夕方のスコールの匂い。庭に咲く見慣れない花を見れば、故郷の教会の白い壁が脳裏に浮かび、食堂で食事の祝福を唱えるたびに、母の手料理の匂いが記憶の奥からよみがえった。彼女はそれを誰にも話さなかった。話せば、その記憶が薄れてしまいそうで怖かった。だから彼女は、その思いを胸の引き出しにそっとしまい、誰にも鍵を渡さなかった。
パリは、世界の中心のように見えた。広い大通りには馬車と自動車が行き交い、劇場では毎晩のように新しい演目が上演された。書店のウィンドウには最新の哲学書や小説が並び、カフェでは芸術家や知識人たちが夜遅くまで熱い議論を交わしていた。どこへ行っても新しい思想と新しい流行が溢れ、ランはそのすべてに目を輝かせた。だが、パリを知れば知るほど、彼女はひとつのことを静かに理解していった。世界の中心に立つ者がいるなら、その外側に置かれる者も必ずいる。中心の光が強いほど、その影は濃く長くなるのだ。
フランス人の少女たちの多くは、悪意なく彼女を「アンナンから来た子」と呼んだ。彼女たちは、遠い国の暑さや象や米田の話を、まるで絵本の中の物語のように尋ねた。その質問には悪意はなかった。しかし、その眼差しには、彼女を「異国の珍しいもの」として見る無意識の距離があった。ランは笑って答えた。自分の国を恥じたことは一度もなかった。けれど、自分の国が誰かの想像の中でしか存在していないことを、彼女はそのたびに静かに覚えた。その認識は、彼女の心に小さな棘となって残った。表面には決して出さなかったが、その棘は彼女の内側で少しずつ彼女を形成していった。
彼女はフランスを学んだ。言葉を学び、習慣を身につけ、信仰と教養を深めた。フランス人の友人もできたし、フランスの文化を心から愛するようになった。けれど同時に、彼女はフランス人になることを選ばなかった。どこかで、自分はこの国の一部ではないという線を引いていた。それは拒絶ではなく、むしろ確かな自覚だった。ベトナムに生まれ、フランスで教育を受けた少女――その二つは、どちらか一方を消せば成立するものではない。むしろ、二つを抱えたまま生きることが、これからの彼女の人生になるのだと、まだ言葉にはできないながら、彼女は確かに感じ始めていた。その両方を背負う覚悟のようなものが、彼女の背筋を徐々に伸ばしていった。
一九三二年九月、ランは学業を終え、故国へ戻る日を迎えた。船に乗る前、彼女はパリの灰色の空をしばらく見上げた。六年の歳月は、少女を別人に変えていた。南部の富裕な家庭の娘だったランは、いまやフランス語で世界を考え、ベトナム語で故郷を思う若い女性になっていた。胸の奥には、二つの言語が共存し、二つの文化が息づいていた。彼女は、そのことに初めて、誇りにも似たものを感じていた。
その帰国の先に、皇帝との出会いが待っていることを、彼女はまだ知らない。ただ、ランは知っていた。自分はもう、あの港で泣かなかった少女ではない。あの日、船の甲板で風に目を細めていた少女は、確かにそこにいる。しかし、彼女の瞳に映る世界の広さは、はるかに変わっていた。




