表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

-6- 〜それって、本当にやっていいこと?〜


「──ただ、霧が広がるのみ」

 老賢者は、未知流を見据えた。

「これは、切り札にも、破滅への道ともなりうる」


 何かを問いかけるような目で見られて、未知流は居心地の悪さを感じずにはいられなかった。

「私は稀人を否定しているのではありません。ただ、我々が何を手放すことになるか、それだけは直視しておきたい」

 広間に、またしても沈黙が満ちた。

 ──沈黙を破ったのは、レオニスだった。

「それでも構わん」

 周囲の視線が、一斉にレオニスに向く。

「すべての国は、帝国に滅ぼされようとしている。進んでも断崖が待っているだけの道を、愚直に進むのが本当に我らの道なのか?」

レオニスの言葉に、いかにも武人といった出で立ちの中年の男が追従した。

「そうだ! 稀人様の力は、帝国と戦うためのものだ!」

しかしレオニスは、軽く彼を制した。

「ただの力として使うのでは、我々も帝国と同じになる。彼女の意思は、どうなのだ」


 レオニスは、まっすぐ未知流を見つめた。

「君は、どう思う」

視線が、一斉に集まる。

(ちょっと待って……。これ、すごい大事なことじゃない? 私が決めて大丈夫なの?)

 一瞬、呼吸が止まった。

「私は──」


 少しためらった後、未知流は思い切って素直な気持ちを出した。

「明日敵が攻めてきて、みんな死んでしまうって決められているとして、みなさんはそれに従って諦めるんですか?」

 漏れ聞こえるざわめきと戸惑い。

「未来なんてわからない。だからこそ、頑張れるってこともあるんじゃないですか? 少なくとも、私の世界では、そうです」

 会議の参加者は、レオニス以外、全員戸惑っていた。それにつられるように、未知流も当惑する。

(なんか、この世界で言ってはいけないことを言ってしまった気がする……)


 未知流が少し後悔しかけた、その時。

ぱん、ぱん、と拍手が鳴る。それは、意外にも賢者ゼノンの発したものだった。

「よくぞおっしゃった」ゼノンの口元が、わずかにほころんだ。

続けてレオニスが、そしてカイルとセドリックも、笑顔で拍手する。

「我々は稀人様を擁立して、帝国と戦う。そう決めたから帝国を出し抜いて稀人様を保護したのではないか」

「そうだ、その通りだ」

沈黙していた出席者が、決心を固めたように意気揚々となる。

(……決まった、ってことか)


 会談が終わって廊下に出ると、急に疲れが来た。

気を張っていたのだと、出てから気づく。

セドリックが隣を歩いてくれているが、未知流はしばらくうまく口が開かなかった。

(私がいるだけで、帝国の予知が乱れる。 でも、私が動くたびに、この人たちも見通しができなくなる)

「セドリックさん」

「はい」

「ゼノン様が言っていたこと、本当のことですよね」

 セドリックは少し間を置いてから答えた。

「……本当のことです」

「そうですよね」

「ただ」と彼は続けた。「ゼノン様が恐れているのは、未知流様ではなく、『予知のない世界』そのものです。この世界で生まれ育った者にとって、未来が見えないということは──」

「とても、怖いことなんですよね」

「はい。でも、ゼノン様は、皆の決意と未知流様の決意を確認したかった。私にはそう見えましたが」

未知流はしばらく黙って歩いた。


 地球では、明日のことなんて誰も知らない。

明後日も、来年も、ぜんぶ霧の中だ。

それが当たり前だったから、怖いとも思わなかった。

でも、この世界の人たちはずっと、見えている地図の上を歩いてきた。

その地図を、私が消していく。

(──それって本当に、私がやっていいことなのかな)


 答えは出なかった。廊下の石畳を、ぼんやりと数えながら歩いた。


 *****


 レオニスが呼んでいると侍女に告げられ、彼の待つ執務室の扉を開けると、地図に向かっているレオニスの姿が目に入った。

卓上に広げられたそれには、細かい書き込みが無数にある。

ひと目で、何度も使い込まれたものだとわかった。インクが幾重にも重なり、消した跡もある。

「来たか」

 レオニスは地図から視線を上げ、椅子を示した。

未知流が座ると、彼も向かいに腰をおろす。

 しばらく、間があった。

レオニスが言葉を選んでいるのか、あるいは単に口数が少ないだけなのか、未知流にはまだ判断がつかない。どちらかと言えば後者な気はしている。

「会議で、色々と聞いたと思う」

「はい」

「あなたへの要求は、身勝手で、重いものだ。すまないと──思っている」

 未知流は少し驚いて、レオニスの顔を見た。

「帝国は今、あなたを最大の脅威と見なしている。あなたが連邦にいると知れれば、本格的に動いてくる。巻き込まれることになる」

「……わかってます」

「わかった上で、聞く」

 レオニスは、まっすぐ未知流を見た。

「あなたがそこにいるだけで、帝国の未来視が乱れる。戦略が狂う。予知に頼り切った軍は、予知がなければ烏合の衆だ。あなたが力を貸してくれるなら、それだけでいい。それだけで、この戦の形が変わる」

「それだけで、って」

「命がけで守る。それは約束する。我々に……力を貸してほしい」

 おそらくこの国の運命がかかっているだろうに、強制も誘導もしない。

ただ誠実に、承知してくれるならやるべきことを全力でやる、そう言っている。


 未知流は少しの間、膝の上で手を組んだ。

(守られる、か)

 この世界に来てから、ずっと誰かに守られている。

でも、守られながら、自分は何ができるのだろうと、ずっと思っていた。

いるだけで未来が変わる、と言われても、それが本当のことなのか、今の自分には確かめる術がない。

「……少し、考えさせてもらっていいですか」

「もちろんだ」

レオニスは頷いた。急かすつもりは一切ない、というようにゆったりと構えている。

「あなたの意思が、一番重要だ」

 それだけ言って、レオニスは再び地図に視線を落とした。話は終わり、ということらしい。

 未知流は立ち上がり、執務室を出た。


 廊下に出た瞬間、ずっと気を張っていた体から、ふっと力が抜けた。

(命がけで守る、か)

 その言葉が、思ったより深いところに刺さっていた。

 抜こうとしても、うまく抜けないほどに。

 そして気づいていた。このまま何も選ばなければ、それもまた“選択”なのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ