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-4- 〜この世界、なんかおかしくない?〜


 街道が街に近づくにつれ、だんだんと人が集まってきた。

最初は遠くから様子を窺うように。

やがて、「レオニス様だ」という声が広がるや否や、沿道に人が押し寄せる。

 歓声が上がり、子供が手を振り、老人が頭を下げる。

「すごい歓迎ですね」

「……民が安堵しているだけだ」

レオニスは前を向いたまま、短く答えた。飾る気のない、そっけなく聞こえる言葉。


 セドリックがそっと耳打ちしてくれる。

「レオニス様率いる第一騎士団は、リベルタスの精鋭中の精鋭です。クロノス帝国は未来視を持つがゆえに、勝てない戦はしない。つまり、帝国がリベルタスに手を出せないでいるのは──」

「第一騎士団と戦ったら、損害が大きすぎると知っているから?」

「あくまで噂ですが」とセドリックは言った。

「レオニス様の強さに磨きがかかるほど、帝国のリベルタスへの動きが鈍くなっているのは事実です。今は均衡が保たれている。この国が平和なのは、ひとえに──」

「噂に過ぎない」

レオニスが静かに遮った。

(……いや、これは本人も多分自覚してると思う)


 未知流が内心そう思っていると、今度は、群衆の視線が自分のほうにも向いてきた。

「……あの方は」「稀人様では」「なんと美しい」

(え)

「天才画家の描いた、理想の女神のような……」

(誰のこと?  私の話をしてる?)

思わず自分の姿を確認する。素足。泥だらけ。コケた時についた草の跡。

できれば人前になど出たくないような姿だ。

(泥だらけだよ、私? この姿で、何を言っているんだろう、この人たちは……)

恥ずかしさと困惑が同時に来て、どんな顔をしていいのかわからず、思わず顔を伏せる。

 そのとき、ふと気がついた。

沿道の人々を見渡すと──男性が、圧倒的に多い。

しかも全員、背が高く、顔のパーツも絵に書いたような黄金比に整っている。

 一方、女性の姿は少なく、見かけてもどこか中性的だ。

顔は整っているのだがどこか少年っぽく、体のラインに丸みも少ない。

地球でいうと、まだ性差がはっきり出る前の、中学生のような雰囲気。

 そして、男性同士で肩を並べて歩いているペアが、誰にも不思議がられることなく普通に混ざっている。

もちろん、女性が少ないのは家の中に引っ込んでいるからという可能性もある。

未知流は、セドリックに聞いてみた。

「この世界、男の人が多いんですか?」

「ええ、そうですね。戦乱の多い世界でして。昔はもっと男が戦で命を落としていたそうです。そのせいか、圧倒的に男性のほうが多く産まれてきますね。激しい大戦が減ってきたせいで、最近では男性の方がさらに多い傾向ですね」

 ふむ。未知流は、なんとなくこの世界の手がかりが掴めた気がした。


 城は、想像よりずっと質実剛健だった。

華美な装飾も、豪奢な彫刻もない。必要なものだけが、必要な場所に置かれている。

ここで暮らす人々が何を大切にしているかが、石の積み方ひとつにまで滲み出ているような気がした。

(ようやくひと息つけそう……)


 安心した未知流が真っ先に思ったこと、それは。

「あの」

「なんだ」

「お風呂……ありますか。それと、着替えも」

レオニスが一瞬、未知流を見た。泥だらけの素足を、一秒。

「用意させよう」

それだけ言って、振り向きもせずテキパキと指示を飛ばした。

あっけないほど短いやりとりだったが、言ったことはすぐに実行される。

地球にもいた、寡黙で、仕事ができるタイプだ。


 湯殿に案内されると、侍女が数人待っていた。

全員、中性的な顔立ちと体つき。

声も、地球の女性よりはちょっと低い感じだ。

仕事ぶりは丁寧で、きびきびしていて、感じが良い。

ただ、未知流が服を脱ぐと、ひそひそとしたざわめきが起きた。

「肌が綺麗……」「髪の艶が……」「なんと見事な曲線美……」

(いくら女同士でも、じろじろ見ないでほしい……!)

 元の世界でも、「可愛い」くらいは何度も言われたことがある。

でも、それはあくまでコミュニケーションの一環だと思っていた。

こんなに情熱的に多数から絶賛された経験なんて、当然ない。


 熱いお湯に浸かりながら、未知流は頭を整理しようとした。

(この世界の女の人は、中性的な外見が標準で……私のような見た目が珍しい。でも、なぜ?)

 湯の中で、ぼんやりと考える。

(この世界は戦争が多い。戦争が多い地域では、男の子の方が多く生まれてくるって、地球でも聞いたことがある。男が多いということは、それだけ少ない女を巡っての競争も激しいってことに──)

(そして、逆に女のほうは激しい競争に晒されないわけで)

 仮説を立ててみると、自分が「美しい」と言われる理由に、なんとなく納得がいった。

(これ、もし私の変わりに女優さんとかが来てたら美しさだけで世界征服できそう)

やたらと注目されるのは嫌だけど。それでも、褒められて悪い気がしないのは、正直なところだった。


 風呂から上がり、用意されていたこの世界の服に袖を通す。

侍女が用意した服は、腰紐を何度も巻かないと落ちそうなほど緩い。

その代わり、胸元だけがやけに窮屈だ。

「……あの、これ合ってます?」

 侍女たちは顔を見合わせた。

「その……そのような体型の方をお見かけしたことがなくて……」

(私、ごくごく平均的な体型だと思ってたんだけど……)

未知流には困惑しかない。

「自分でやりますから!」と言う未知流を押し切り、侍女が未知流の髪を拭いていると、しばらくしてレオニスがやってきた。

 着替えを終えた未知流の姿を見て、一瞬だけ──レオニスが固まったような気がした。

腰紐をきつく締めたせいで、胸元の布が張り詰めている。

レオニスの視線が、ほんの一瞬だけそこに落ちた。

「……服は問題ないか」

「たぶん」

「そうか」

 それ以上、彼は服については触れなかった。

それからいつものように、何事もなかったように口を開く。

「明日、政府の者たちを交えた場を設ける。この世界の事情と、あなたの役割について、改めて話す」

「わかりました」


「今日は疲れているだろう。ゆっくり休め」

 踵を返そうとするレオニスに、未知流は思い切って声をかけた。

「あの、一つ聞いてもいいですか」

「なんだ」

「どうして、この世界の男性は……みんなそんなに美形ばかりなんですか」

 こんな異常事態だというのに、口から出たのはあまりに能天気な質問だった。

(他に聞くことあるでしょ私……!)

 レオニスは少し考えるでもなく、淡々と答えた。

「獅子のたてがみも、極楽鳥の羽も、ユニコーンの角も、雄の方が立派なのは当たり前のことだ。疑問に思ったことは一度もない」

(みんな美しい世界だから……自分が美しいという自覚が、欠片もないのか、この人)

 なんだかおかしくなって、少し笑ってしまった。

 レオニスが、わずかに眉を上げた。

「何がおかしい」

「いえ。なんでもないです」


 未知流は全く気付いていないが、微妙な顔をしているのは、周りの侍女たちもだった。

(稀人さまって、御自分がこれほどお美しいっていう自覚がないのかしら……)と、ひそひそ話をしている。未知流には、聞こえていない。

「……休め」

レオニスはそれだけ言って、今度こそ行ってしまった。


 与えられた部屋は、城の造りと同じく飾り気がなかった。でも、ベッドは十分に広く、毛布は温かい。

窓の外に、ふたつの月が浮かんでいた。

(疑問はまだたくさんある。帝国のこととか、稀人って何なのとか、この世界での私の役割のこととか)

そして──元の世界に、帰れるのかどうか。


 ふと、斥候の報告が頭をよぎる。

橋が落ちていると分かった後も、帝国の兵たちは「予知の通り、奴らはここを渡ったはず」と言い張り、崩れた橋の修復を始めたという。

(……なんで、自分で考えないんだろう)

 地球では毎日が選択だったし、それが当たり前だった。

今日は何を食べるか。どの服を買おうか。お風呂に入りながら、どの動画配信を見ようか。

──あの日も、アイスはいつもと違うのを食べてみようかと、コンビニの冷凍ケースの前でちょっと迷ったのだ。

 人の見た目も、行動原理も、全く違う世界。そして、なぜかそこに放り込まれた自分。

(──私、一生このままなんだろうか。帰れるの? 帰りたいよ……)

 はっきりと輝く、ふたつの月。これと比べたら、地球の月は相当慎ましい。夜空を見ながら、未知流は不安を抑え込むのに必死だった。


 ──それでも疲れには勝てず、気がつくと、深い眠りに落ちていた。


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