-3- 〜その選択、未来が変わるらしい〜
吊橋を渡り切った頃には、夜がずいぶん白んでいた。
森を抜け、石畳の街道に出る。地球とは違う、青みがかった石の街道だった。
ようやく舗装された道だ、と思った瞬間、意識が緩んで全身の疲れが一気に押し寄せてきた。足の裏が痛い。太ももが重い。
体のあちこちが、さっきまで何が起きていたかを大声で主張している。
そこへ、先行していた斥候のひとりが馬を飛ばして戻ってきた。
「レオニス様! 帝国軍の動向をご報告いたします」
──そうか、この人の名前はレオニスというのか。
未知流は今さらながら、自分がずっと「獅子の男」と心の中で呼んでいた男の名前を知った。
「申し上げます。追手は崩落した橋の前で足止めされております。『奴らはここを渡った』という予知に従い、現在、橋の修復作業に取り掛かっている模様です」
斥候の報告を聞いて、レオニスがわずかに視線を横へ向けた。
未知流と目が合う。
「……橋を渡ると主張したのは、そなただったな」
「は、はい。なんとなく、危ない気がしたので」
「結果的に正しかったな」
それだけ言って、レオニスは前に向き直った。
褒め言葉にしては、あまりにも短い。短すぎる。
しかしなぜか、周囲の部下たちが密かに顔を見合わせて、そろって頷いているのが気になった。
「……あの、何か」
未知流が隣の男──昨夜から何かと説明役を買って出てくれている、これまた恐ろしく整った顔立ちの副官──に小声で問いかけると、彼は苦笑した。
「レオニス様が他者を褒めるのは、非常に珍しいことでして」
「……そうなんですか」
(あれが、あの人にとって最大級の賛辞ということなんだ)
複雑な気持ちになりながら、それでも不思議と、じわじわと嬉しかった。
そしてすぐに気がつく。
(待って。もしあの橋を渡っていたら、今頃どうなっていたんだろう。私も、レオニスも、全員で川に落ちていた可能性が……)
考えかけて、やめた。考えたくない。
副官はセドリックと名乗った。ドラマなら主演男優級の容姿に、異種族風味を足したような細身の美形。けれど、佇まいのどこかに、只者ではない気配が滲んでいた。
そして、ルックスは主演男優級でも、地球の俳優とは全く違うところがある。
染めたようには見えない、緑の髪。眉も、まつ毛も、同じ色をしている。
彼は、街道を進みながら、未知流に世界の事情を話してくれた。
「我々が戦っている相手は、クロノス帝国と申します。彼らが持つ未来視の力は本物です。戦の勝敗も、天災の日時も、あらかじめ知ることができる。だからこそ、勝ち目のない戦は最初から仕掛けない。落ちると分かっている橋には踏み込まない」
「……それが今回、外れた?」
「外れたのではありません」とセドリックは言った。
「予知の通り、私たちはあの橋を渡ろうとした。ただ、あなたが『渡らない』という選択をしたことで、未来そのものが変わってしまい、おそらくそのせいで橋が落ちた。稀人であるあなたが関わると、こういうことが起きるのです」
稀人。また、その言葉が出てきた。
「だから帝国は、あなたを危険視している」とレオニスが短く補足した。
「予知に頼り切った者たちは、それ以外の判断を自分で下すことができない。今日がその証拠だ。我々がどの道を通ったか自分の目で確かめるより、崩れた橋を直すことを選んだ」
未知流は、その言葉を頭の中で繰り返した。橋が落ちているのに「予知では渡ったから」と修復を始める。普通に考えたら、別の道を探せばいいだけではないか。
でも──「普通に考えたら」という言葉そのものが、この世界では意味をなさないのかもしれない、という感覚が、じわじわと胸に広がっていった。彼らにとっては、予知に従うことが「普通」なのだ。
──そしてその“普通”が、この世界をどこか歪ませている気がした。




