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-22- 〜ふるさとは、遠きにありて〜


 出陣の朝は、靄の中から始まった。

アルカディアへの出征。そう、レオニスの故郷だ。


 連邦と帝国の戦いでもあるけれど、かつてアルカディアの王子として帝国に故郷を奪われたレオニスが、過去を取り戻すための戦いでもある。


 城壁の上から見下ろすと、連邦軍の隊列がゆっくりと整列していくのが見えた。

蹄の音と金属の擦れ合う音が靄の中に低く溶けて、まるで遠い水の流れのように届いてくる。

ふたつの月はもう沈んでいて、空の端だけがかすかに白みかけていた。


 未知流は石壁に手をついて、その光景を眺めていた。

いつもと違う空気が、肌に触れる。今日これから向かう場所が、レオニスにとって何を意味するのかを、未知流はもう知っている。知っているから、いつも以上に心がざわめく。


「未知流様」


 声がして、振り返った。

セドリックだった。いつもの穏やかな顔をしているが、その穏やかさの質が、今日はどこか違う。

まるで余所行きの顔のように、未知流には見えた。


「少し、よろしいですか」

「はい」

二人で、城壁の端へ歩いた。眼下では隊列がまだ動いていて、その声や音が、風と一緒に上がってくる。

しばらく、セドリックは遠くを見ていた。

何かを言おうとしているのがわかったから、未知流は黙って隣に立った。


「一つ、話してもいいですか」

「もちろんです」

「以前のことです」と彼は言った。「ずっと、誰にも話したことがないことです」


 風が吹いた。緑の髪が、ゆるやかに揺れる。

「第一騎士団に入る前のことです。私にも、大事な人がいました」

未知流は何も言わなかった。ただ、聞いた。

「同じ騎士団の者でした。私より少し年下で、剣の腕は私より上で──笑うと、少し困ったような顔になる人でした」


 遠くを向いたまま、セドリックは話した。

抑制した声だったが、その下に隠しきれないものが出ている。


「彼には、予言が出ていました。次の遠征で、死ぬと」

「……」

「私は止めようとしました。行くな、と。しかし彼は笑って、こう言ったのです。予言が出ているのなら、運命は変わらない。ならば、悔いなく戦って死ぬのが騎士だと」


 風が、また吹いた。


「彼は行って、死にました。予言の通りに」

石の上に、沈黙が落ちた。靄の中で、誰かが号令を飛ばす声が遠く聞こえた。


「私は長い間、それでよかったと思っていました。この世界では、予言は覆らない。彼も、そう信じていた。だから止められなかった──そう思っていました」


 セドリックが、初めて未知流を見た。


「しかし、あなたが来てから」

その目に、何か揺れるものがあった。

普段は柔和な表情を崩さないセドリックが、今だけは、その目に宿る色を抑えられない。


「ヴァレリアで死ぬと決まっていた人々が、助かりました。帝国に負けると決まっていた戦が、変わりました。私が止められなかった彼も──あの時、あなたがいれば、何かが変わっていたのかもしれない、と」


 一拍の間があった。


「後悔ではないかもしれません。ただ、思うのです。私は、何かができたのではないかと。何かを、選べたのではないかと」


 未知流は、返す言葉を探した。しかし、何を言えばいいのだろう。

慰めるべきではないと思う。後悔は後悔として、そこにある。

取ってつけたような励ましは、この人には要らない。

かといって同意することも、できない。その時何かができたかどうかは、誰にもわからないのだから。


「……あなたならどうしましたか」

セドリックが、静かに聞いた。


 未知流は、少しの間だけ目を落とした。

彼が今日この話をしたのは、何かの答えを求めているからではないと、わかっていた。

ただ──戦場へ向かう前に、誰かに言いたかったのだろう。ずっと言えなかった言葉を。


「……わかりません」

未知流は、正直に言った。


「私が同じ立場だったら、止めようとしたと思います。でも、止められたかどうかはわからない」

「そうですね」

「あなたは止めようとした。それだけは、本当のことです」


 セドリックは何も言わなかった。ただ、もう一度、遠くを見た。

その横顔に、少しだけ、背負っている荷を下ろしたような変化があった。

「……ありがとうございます」

彼はそれだけ言って、城壁から離れていった。

おそらく、出征の準備に加わるのだろう。


 未知流は、その背中をしばらく見ていることしか、できなかった。


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