-13- 〜なんかめっちゃ見られてるんだけど〜
鏡の中に、知らない女がいた。
白と銀が基調のドレス。肩が露わで、腰は絞られ、裾がふわりと広がっている。
髪は侍女たちがどこから見つけてきたのか、細かい銀の飾りを編み込んで整えてくれた。
(これ、私?)
未知流は自分の姿を、正面から、横から、そしてまた正面から確認した。
地球にいた時分、友達の結婚式でワンピースを着ることはあっても、こんな豪華なドレスとは無縁だった。近い経験といえば、成人式の振袖だろうか。
しかし振袖はどちらかというと「包まれる」感じだけど、このドレスは全身を「見せる」感じで、ドキドキする。
連邦に来てからしばらくして、衣装の採寸が行われていた。
この世界の女性とは体の造りが異なる未知流に合わせて、普段着からフォーマルな服まで、色々と裁縫師が仕立ててくれている。今日用意してもらったドレスも、その一つだった。
おかげで今夜のドレスは、胸元も腰回りもきっちり収まっている。
緩くも窮屈でもない。ただ、自分の体の線がそのまま布に出るので──。
「お似合いでございます、未知流さま」と侍女の一人がうっとりしたような視線とともに言う。
「……ありがとうございます」
素直に受け取れないわけではない。
ただ、鏡の中の自分がどこか他人に見えて、落ち着かない。
地球では「最大限に贔屓目に見ても、普通に可愛いレベル」だと思っていた自分が、この世界のドレスに包まれると、まるで別の誰かになったような気がするから。
(そういえば、この世界って化粧品は存在しないのかな?)
男余りの世界に、黙っていても引く手あまたの女性たち。
女性たちがメイクをする理由もなさそうだし、ほっといても美しい男性たちのほうにもメイクが必要な理由は見当たらない。
だから、おそらくこの世界では化粧というものが発展しなかったのだろう。
しかし、豪華なドレスに対しすっぴんは、丸腰で戦場に向かうようで、なんだか落ち着かない。
でも、この世界には戦場に向かうための化粧という武器はない。
(このまま行くしかない)
息を一つ吐いて、未知流は鏡の前を離れた。
*****
会場に着き、ドア係が広間の扉を開いた瞬間──。
踊っている人たちが、一斉にこっちを向き、そして、止まった。
それにつられてこっちを見た演奏隊の演奏が、同じく、ぴたっと止まった。
会場全体が無音になり、ここにいる全員の視線が、未知流に集中する。
未知流は一瞬、何かやってしまったかと思って、首から下を急いで確認した。
ドレスの裾が引っかかっているわけでもない。靴が片方脱げているわけでもない。
(服は変じゃない……。じゃあ、なにかタブーを犯した……? この世界でやっちゃいけないこと、何かやっちゃった!?)
固まった未知流だったが、広間から返ってきたのはどよめきだった。
「なんと……」「あれが稀人様か」「なんてお美しい」「この世界のものとは……」
(あ……、また、これか)
未知流は小さく息を吐いた。
安堵と、少しの居心地の悪さと、そして、慣れてきたのかそれほど動揺していない自分への苦笑。
音楽演奏が戻ってくるのに、しばらくかかった。
*****
人の波の中で、見慣れた金髪を見つけた。
アレクシスがこちらを見ていた。隣にはレオニスがいる。
アレクシスは、未知流の姿を目にした途端、目を丸くして隣に向き直った。
「レオニス様、レオニス様。稀人様、光り輝いてませんか? もうあれは神話の女神様レベルですよ!」
レオニスは、何も言わなかった。
その表情が気になって──未知流は人をかき分けるようにそちらへ向かった。
「あの、変でしたか。さっき皆さんが止まったので」
レオニスは未知流を一度、上から下まで見た。一秒ほどの沈黙。
「いや」
それだけ言って、視線を外した。
「変ではない。ただ──」
「ただ?」
「美しすぎるだけだ」
飾りのない声色だった。
称える気持ちも、照れ隠しでもなく、事実を告げただけ。そういう言い方だった。
(お世辞を言いそうにないこの人に美しいと言われると、なんか……他の人に言われるよりドキドキする)
「……ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。
頬が少し熱くなったのが、自分でもわかった。
*****
王座の段の前に立ったヴァレリア国王は、未知流が思い描いていた「王様」とは少し違った。
髪は栗色で肩に届くほど長く、皺はあるが顔立ちは若々しい。
占領下で王家を守っていた苦労が忍ばれる、威厳と穏やかさが同居した目だった。
「皆の者」
国王の声が、広間の隅々まで行き渡る。
「我々が待ち望んでいた時が来た。連邦の獅子、レオニス・カイロス・アルカディアと、その精強なる軍は──十二年間、帝国の旗の下に置かれたこの国を、解き放ってくれた」
拍手が起きた。大きく、長い拍手だった。
「そして──」国王の目が、未知流に向く。
「稀人。未知流殿。あなたがいなければ、この日は来なかった。かつて予言は言った。ヴァレリアはいずれ連邦の一部となる、と。帝国はその予言を悪用し、この国を支配した。だが──もしかすると、その予言はこの日のことを指していたのかもしれない」
国王が言わんとすることを察し、広間がしんと静まり返った。
「ヴァレリアは、連邦に加わる」
一拍置いて──歓声が沸いた。
未知流の隣に立っていたセドリックが、音に流されないように静かな声で言った。
「歴史が変わりました」
本当にそうだと、未知流は思った。
起きてもいない未来のために奪われた十二年が、新たなスタートを切る。
今日はそういう日になった。
広間の歓声が続く中、未知流の視線の端に、周囲の熱狂とは全く違う表情の男がいた。
喜びではなく、疑念と困惑が浮かんでいる。
短く刈り込んだ茶色い髪の、歴戦の軍人のような雰囲気の男。
歓声の中で、彼だけが取り残されたように立っていた。
この人だけ、全く喜んでいない。それに気付いた未知流は、なぜか胸の奥がざわついた。
「未知流殿」
考え込んでいるところに急に呼びかけられ、未知流は慌てて笑顔を作り振り返った。
国王が、手を差し伸べている。
「友好の証に、一曲」
(えっ)
笑顔を浮かべる一国の王に誘われて、断る理由がない。断れる立場でもない。
未知流は国王の手をとり、おずおずと広間の中央へ進んだ。
──不吉な予感を、胸に抱えながら。




