38-3・麻由の情事発覚~バルミィ到着
(嫌な子でごめんなさい)
海跳の脳内に、弱々しい亜美の謝罪の心が流入してくる。海跳は亜美の肩を揺すって意識の確認をする。
「ひ、平山っ!?」
まだ朦朧としているが、呼吸はあるし目を薄らと開いたので無事のようだ。自分でも、何故、あんなキツい言葉で口撃をしたのか理解が出来ない。亜美の綺麗事が不満だったとしても、もっと言い様があったはずだ。亜美に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。やがて亜美は顔を上げた。
「・・・先輩」
「すまん、平山。僕がどうかしていた」
(あ~、かったりぃ~)
(あのボブカット子、可愛いなぁ。正面に居るの、彼氏かな?)
(あそこに座ってる眼鏡の彼、イケてるんじゃない?)
(今日はバイトの○○ちゃん、来ないのかな?)
(今日、学校の先生にコクられちゃった。学校にいきたくないな~。)
(やったぁ!大学に合格したわっ!!)
「・・・くっ!」
相変わらず、様々な心が雑音となって海跳の脳内に流入してくる。沢山の心で脳がパンクしそうだ。心の流入を止めたいのだが、どうやれば聞かずに済むのか解らない。
何処からかは解らないが、雑多に紛れて、ピンポイントで海跳に語りかけてくる心が脳に響く。この声には聞き覚えがある。何処かで接吻女が見ている。
(ふふふっ・・・私の心、聞こえるわよね。
覚醒状態に入ったようね。
それが貴方の特殊能力。心を読み、無防備にした魂を狩る。
使い方次第では最強になる貴方の真価よ。
更に意識を集中しなさい。そうすれば、貴方に必要な心を聞けるようになるわ)
「・・・くっ!何だってんだ!?」
(試しに・・・そうねぇ。葛城麻由のことでも、強く思い描いてみなさい)
「・・・葛城?」
意識的に知ろうとしたワケではなかった。だが、麻由の名を聞いた途端に、麻由の姿を強く思い浮かべる。
(どうすれば良いのか解らない。
ダメと解っていても優しくしてくれた理さんを拒否できない)
(麻由ちゃ~~~ん、愛してるよ~!儂は君だけ居ればそれで良い)
(何も考えたくない)
(君が高校を卒業したら妻と別れるつもりだ)
「!!!!!?・・・この声は?」
1つは麻由の心だとハッキリ解る。前に探った時は何も聞こえなかったのに、今は大きな声になって聞こえる。彼女は何かを迷っているようだ。
そして、もう一つの心が何なのかハッキリと解った。麻由のマンションの管理人とは、数日前に、麻由の自宅の浴室で会っている。校長や教頭と共に、意識を失った麻由を襲おうとしていた連中の1人。覚醒が始まり、自分の能力が人間離れをしていると把握したことで、あの出来事が夢ではなく実際に起きたことだと理解出来る。奴は、孫のような年の差がある麻由を見て汚らわしい妄想をしている。
「葛城が・・・汚されるっ!」
何が起きている?麻由の心は上階の方から聞こえてくる。助けに行きたいが、口撃で傷付けてしまった亜美を放置は出来ない。海跳は困惑しながら石松を探して、ドリンク3つを乗せたトレイにを持って呑気に歩いているのを発見して駆け寄る。
「すまん、英邦!平山のフォローを頼む!」
「ぶひぃ!?」
「説明はあとだ!僕を殴りたいなら好きなだけ殴って良い!」
「・・・海跳?どぎゃんしたん?」
海跳は石松の肩を軽く叩いた後、人混みを交わしながら走り、階段を駆け上がっていった。
惚けた表情で見送る石松。「海跳も帰宅か?」等とぼやきながら亜美の待つ席に戻って、3つ有るドリンクの1つを亜美の前に置く。亜美は“麻由と海跳のお見合い”を画策して喜んでた時とは別人のように元気が無い。まるで捨てられた子犬のような目でをして、石松の腕の裾をキュッと掴む。
「どうしたとね?」
「私、嫌な子だった。
冨久先輩の為とかって言い訳して、ホントは全部自分の為で・・・」
「亜美ちゃん?」
「全部自分で決めなきゃなのに・・・人を利用しようとして・・・」
「ぶひひっ?」
「冨久先輩は何にも悪くない。私のこと心配してくれた。
だけど、今の冨久先輩、凄く怖い目をしていた。いつもと違うの。
だから、英邦先輩、追い掛けて、冨久先輩を止めて」
「亜美ちゃん?」
石松は困惑する。「海跳がいつもと違う」と説明する亜美も、いつもと様子が違う。亜美らしくない、つたなくて要点の解らない説明だ。だけど、亜美の必死さは伝わった。
「解った、亜美ちゃん。海跳ば追い掛くるばい」
「・・・うん」
「ばってん、その前に、亜美ちゃんが気色ば落ち着くるんが先ばい」
「うん」
亜美は石松に渡されたドリンクを飲む。少し気持ちが落ち着いた。石松は詳しい説明を求めようとはせず、ドリンクを飲む亜美を見て、のほほんと笑顔を見せる。
亜美は、石松と一緒に居ても、ときめく事はあまりない。思春期に入った頃から思い描いていた恋愛像とは違う。だけど、彼と一緒に居ると心が穏やかになる。亜美は「だからこそ惹かれたんだ」と実感をする。
-リバーサイド鎮守・南階段の塔屋-
管老人が麻由を抱き締めている。老人には妻子や、麻由よりも歳上の孫がいる。麻由は「これが褒められた事ではない」と理解している。だけど、孤独だった頃を支えてくれた元恋人を捨てる事は出来ない。
教習所に置いてきたジャンヌは、今頃、何をしているのだろう?紅葉や美穂は、職務放棄をどう思うだろう?不安でいっぱいだけど、脳内がフリーズして先の事を考える事が出来ない。
気配を感じたので、薄らと目を開け・・・その目を大きく見開いた。視線の先では、同じように目を見開いて表情を強ばらせた海跳が立っている。
「・・・かつ・・・らぎ?」
「冨久・・・先輩?」
2人の脳内がホワイトアウトをしたまま、しばし、無言の時間が経過する。
「麻由ちゃんの友達か?」
止まったように思われた時を動かしたのは、麻由を抱き締めていた管老人だった。振り返り、お邪魔虫を睨み付ける。
「どういうつもりかね?愛を育む恋人達を眺めるなんて、君は出歯亀か?」
管老人の言葉で、麻由と海跳が我に返る。だが、皮肉な事に2人の眼中に管老人は入っていない。海跳は怒り眼で麻由を睨み付け、麻由は怯えた目で海跳を見つめている。
「これは、どういう事だ!葛城っ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ん?君は麻由ちゃんが好きなのかい?
だが、残念ながら麻由ちゃんは儂と・・・」
「貴方には聞いていない!!僕は葛城に質問をしているんだ!!
学校で見せる、潔癖なほどに生真面目なオマエは何だったんだ!?
答えろ、葛城!!
その老人を受け入れる事が、オマエの情事なのかと聞いているんだ!!」
海跳は、麻由が否定してくれると信じていた。だが、海跳の脳内には「この人と関係を持った事がある」という麻由の心が聞こえてきた。麻由は海跳から目を逸らして俯き小さく頷いて、海跳の質問を肯定する。それを見た管老人が「しっしっ」と海跳を追い払うゼスチャーをした。
海跳の中にある“清楚な麻由象”が音を立てて崩れていく。海跳の全身に怖気が走り、吐き気がしてくる。体中の鳥肌が立ち、怒髪が天を突く錯覚に陥る。
過去に、校長の車の後部座席で、麻由っぽい人影を見た。見間違いだと思っていたが、アレも麻由だったのか?
堤防上で弓道部のジョギングを見学していた校長は、あきらかに不自然だった。アレは麻由を見に来ていたのか?
生々しい夢だと思っていた実体験で、校長、教頭、2年の学年主任、管老人が、麻由に群がっていた。校長と管老人が麻由に執着をしている。ならば、教頭と学年主任も、麻由と何らかの関係があるのか?
聞くのが怖い。だけど、導火線に火の点いた海跳は、聞かずに立ち止まることは出来ない。
「答えてくれ、葛城!オマエは・・・校長とも!?」
麻由は俯いたまま何も反応をしない。管老人の腕からすり抜け、力無く床に腰を落とす。だが、麻由の心は「その通りです」と海跳の脳に語る。これまで“美しさの象徴”のように思えていた麻由が、急に“薄汚いゴミ”に見えてきた。
許せない。汚らわしい行為を隠して、清楚面していたのが許せない。こんな愚かな物が、生徒会長を語っていることが許せない。2年間、海跳を欺し続けていたのか?海跳は、こんな物に惑わされていたのか?
「解ったら失せろ、小僧。
麻由ちゃんは、オマエが考えているよりずっと大人なんだ。
オマエみたいな、経済力の無いガキが好いて良い娘じゃないんだよ」
管老人の様子がおかしい。目が虚ろになり全身から妖気が沸き上がっている。ようやく巡ってきた“お楽しみ”を妨害されて、恨みの念が爆発的に膨らんでいるのだ。しかし、麻由は呆然としたまま、気付こうとしない。精神的余裕が無くなった海跳は気付かない。
「うぐぅぅっっっっっ!!!!」
ぷつんっ!
海跳の中で何かが切れた!全身から闇が噴き出し海跳を包む!闇は一回り大きな人型になり、ギラついた目をした白毛の猿のような姿に変化をする!
「うわぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!」
上級妖怪サトリ出現!大声で一声嘶き、鋭い爪を振り上げて麻由に突進をしていく!
目の前に倒すべき妖怪が居るのに、麻由は虚ろな目をしたまま動かない。全てがバレてしまい、もうどうでも良くなっていた。これで、紅葉達からも嫌われる。また独りぼっちになる。「海跳の怒りを買って、憑いていた妖怪に引き裂かれるのが運命」と自身の延命を諦めていた。孤独になって心が死ぬか、海跳に殺害されて肉体が死ぬか、それだけの違いしか無い。
「小童如きが、麻由ちゃんの何が解るっっっっ!!!」
妖怪に支配された管老人の全身から上がった闇が“顔の浮き出た煙”に変化をする!妖怪エンエンラ登場!麻由を庇うようにして、サトリに向かって突進をする!!
「ザコは引っ込んでろっっっ!!!僕は葛城に用があるんだぁっっっっ!!!」
「先日(風呂で麻由を襲った時)と同じと思うなっ!
あの時は依り代から発せられた霊体のみの姿!
今は依り代を取り込んで、真の力を発揮できるのだぞっっ!!!」
「ケーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!それがどうしたっっ!!!?」
雄叫びを上げるサトリ!エンエンラの全身が揺らいで突進速度が弱まる!次の瞬間には、エンエンラはサトリの爪に貫かれていた!
相手が悪すぎた!敵が上級妖怪では全く抵抗が出来ない!中に取り込まれていた依り代が吹っ飛ばされて壁に激突!外殻になっていたエンエンラは、悲痛な声を上げて空気中に解けるようにして消滅をした!
「ひぃぃ・・・ば、ばけものだぁっっっ!!!!」
正気を取り戻した管老人が悲鳴を上げる。その声で、麻由はようやく我に返った。このままでは、自分だけではなく、管老人まで殺されてしまう。麻由が死んでも悲しむ者は居ないが、管老人には家族がある。彼だけでも逃がさなければならない。麻由は、腰を抜かした管老人に肩を貸して、塔屋の出入口から外に飛び出す。
「!!!!!!!!!!!!!!」
塔屋から出た直後の麻由の目の前にサトリが立っていた。麻由の「逃げなきゃ」って心を読み、先回りをしたのだ。
怯みながら、支えている管老人を気にかける麻由。老人は青ざめていて単身では逃げられそうにない。どうする?正体バレを覚悟して、海跳と老人の目の前で変身をするしかないのか?戸惑う麻由に対して、サトリが鋭い爪を振り上げた直後、麻由や老人とは別の意識がサトリの脳に響き渡る。
(先ずは、アイツを麻由達から引き離すばるっ!!)
「ケケッ!?」
サトリの背後の上空から、心の声の主が猛スピードで近付いてくる。舌打ちをしながら、慌てず冷静に状況分析をするサトリ。空から来る物との位置関係を考慮すると、サトリに着弾をしても回避をしても、法線的に麻由と老人も巻き込まれる。つまり、攻撃は“退かせる”のが目的で、直撃は無い。慌てて避ける必要は無さそうだ。
案の定、2発の光弾が飛んで来たが、サトリに掠ることもなく左右の足元に着弾。サトリは避ける気配すら無かったので、攻撃をしたHAバルミィの方が驚いた。
「今の無反応は、当たらないと判断できるほど洞察力があるばる?
それとも、攻撃に気付かないほどザコばる?
どっちなのか試してみるばるっ!」
サトリの脳内に、空から来る者の「動きを止める」意思が流入。次は当てるつもりだ。空のHAバルミィは、接近をしながらサトリに向かってフリーズ光線を発射。サトリは眼前の管老人を掴んで、力任せに麻由から引き離して持ち上げ、攻撃の盾にした。
「ひぃぃぃっっっっっっっっ!!!」
「お、おさむさんっっ!!!」
管老人はフリーズ光線の直撃を受け、硬直して動かなくなる。老人を床に乱雑に転がすサトリ。麻由は青ざめる。逃げてもらうつもりだったのに、真っ先に犠牲になってしまった。
「・・・バルカン人か」
サトリは目を細めて空を見上げ、攻撃の主を確認した。一方のバルミィは「あの猿のような妖怪は強敵だ」と把握する。
「麻由、ボクが戦ってるうちに、
その人(管老人)を安全なところに連れていくばるよっ!」
「は、はいっ!」
「ジジイなどに興味は無い!だが、オマエは逃がさんぞ、葛城っ!」
倒れた老人の保護に向かう麻由。その行動はサトリに読まれており、麻由の進行方向に立って、振り上げた爪を振り下ろす。
「させないばるっ!」
バルミィが割って入って、ジェダイトソード(レーザー剣)でサトリの爪を受け止めた。麻由はバルミィに礼を言って老人を救出する。
「邪魔をするな!僕はオマエに用は無い!」
「ボクだってオマエなんかに用は無い!
でも、麻由が攻撃されるのを黙って眺めるつもりも無いばるっ!」
麻由以外は眼中に入れないつもりだったが事情が変わった。邪魔者は“判断”から“行動”までのスピードが早い。心が読めても、直ぐに対応せねば攻撃を許してしまうだろう。後回しに出来る相手ではなさそうだ。
「目障りな宇宙人め!」
バルミィは、バックステップで距離を空けて構える。理由は解らないが、「破壊光弾と凍結光線を使い分ける」って手の内はバレているらしい。発射タイミングやコースも見抜かれている。だったら、軌道を読まれやすい遠距離攻撃ではなく、肉弾戦と飛び道具の併用で戦えば良い。
「当たり前ばるっ!ボクはオマエの邪魔をしているばるよっ!」
バルミィが優麗高に出入りして紅葉達と連むようになってから、麻由のペースが乱れるようになった。わざわざ探し出してまで成敗をするつもりは無かったが、仇敵から出向いて邪魔をするなら話は別だ。
「今だけではない・・・半年前から目障りだと言っている!」
麻由は、動かなくなった管老人を背負って塔屋の中に駆け込んでいく。サトリは、麻由への執着はあるが、今は追うつもりは無い。麻由の心を読み「老人を置いて戻ってくる」と知っている。だから、先ずは目障りなバルミィを叩く。
「ケーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!」
サトリが咆哮を上げ、バルミィ目掛けて両爪を振り下ろす!バルミィはレーザー剣でサトリの両爪を受け止める!
-階段室-
階段を降りていた麻由は、サトリの雄叫びを聞いて急に目眩に襲われた。足が縺れたが、どうにか手摺りの凭れ掛かって姿勢を維持する。
「今の雄叫びは?」
一瞬、体の中身だけが吹っ飛ばされるような錯覚に陥った。以前、ヴラドと戦った時に感じたエナジードレインとは違う。エナジードレインのように、徐々に倦怠感が蓄積してのではなく、意識が肉体から剥がされそうになる感覚だ。




