37-3・海跳の合格と弁才天ユカリ
-数日経過-
麻由&ジャンヌ&良太が海跳の調査を担当して、紅葉&美穂&真奈&バルが校長を見張ったが、どちらも動きは無し。
放課後の定例ミーティングは毎日行われるが、どちらのチームも「進展無し」って報告しかなかった。
それもそのはずで、海跳が教習所に行くと、夕方には必ず麻由が“ジャンヌの付き添い”で訪れる(真の目的は海跳の監視)ので、「いつでも会える」って感情により、募っていた焦りが分散されていた。相変わらず互いに世間話は苦手だが、それでも会える希望があるだけマシなのだ。
一方、妖怪が紅葉と遭遇したら依り代の思念がバレる可能性があると警戒した麻由が、「冨久先輩とは何も無い」「3月中に必ずデートをする」と連絡をして、ボーイフレンド達の苛立ちに出口を提示して邪気を抑えていた。
意識的&無意識の両面で麻由が作戦の妨害をしてしまい、美穂の人員配置は完全に裏目に出てしまったのだ。
-数日後・海跳の家-
各国公立大学のHPで一斉に合格者が発表された。海跳はスマホで自分の受験番号が記載されているか確認をする。難関の帝央大学だけあって番号はいくつも歯抜けになっており、合格率の低さを再認識する。
見覚えのある番号があった。画面を止め、番号をジックリ確認したあとで、脇に置いた受験票を眺める。自分の受験番号だ。見間違えていないか、もう一度確認をする。
「・・・あった。合格だ」
自分の受験番号が歯抜けにされてなかった事を見て安堵をする。自信は有ったが、それでも「もしかして?」「とんでもない凡ミスがあったかも」と考えて不安だった。普段は感情をあまり表に出さない海跳だが、今ばかりは満面の笑みを浮かべる。
優麗高からこの国内トップレベルの大学に進んだ生徒は、数えるほどしかいない。海跳はそのレジェンドの中に名を連ねる事に成功をしたのだ。
先ずは親に報告をして、続けて石松に「無事に合格した」というメッセージと「Vサインのスタンプ」を送った。部活やクラスの友人達に片っ端から報告したい気分だが、不合格だった仲間への合格自慢は嫌がらせになってしまうので、皆の合否は解らない状況では大っぴらにはしない。程なくして、石松から「おめでとう」というメッセージと「豚がブヒブヒと笑っているスタンプ」が送られてきた。
海跳が「サンキュー」とメッセージを入れたら、直ぐに石松から返信が来た。午前中ならば「お祝いの昼飯」を奢ってくれるらしい。
「なるほど、夕方は平山と会うから昼飯限定って事か」
残り僅かな一緒に居られる時間を邪魔する気は無いし、海跳自身、昼過ぎ~夜は車学に居座る予定なので「本日の昼飯、ありがたく、ご馳走になる」とメッセージを返す。
後期試験の為の受験勉強は必要が無くなり、時間にかなりの余裕がある。石松との昼食経由で、教習所に行ってキャンセル待ちを狙う事にした。もし麻由と出会えたら合格を報告(自慢?)したい気持ちでいっぱいだ。
心とは裏腹に雨が降っている。ショッピングモールまでなら、さほど遠いわけではない。自転車を利用しなくても数分で到着できる。パーカーを着てウインドブレーカーを羽織り、傘を差して小走りで目的地に向かった。
「・・・ん!?」
海跳は、目の前で発生した事が理解出来なかった。急に妙な気配がして足を止める。いつの間にか、目の前に傘を差した女が立っていた。海跳はボケッとして歩くタイプではない。野球に打ち込んでいる時と勉強に集中している時ならともかく、日常生活では周囲に注意力をはらって行動するタイプだ。
だけど、女が目の前に立っている事を、全く気付かなかった。いや、居たのに気付かなかったのではなく、居なかったはずなのに、突然、その場所に居たようにしか思えない。海跳は「薄気味悪い」と感じながら、女の横を素通りしようとする。
「その仕草・・・私が貴方にぶつけている“理力”に気付いているわね」
「・・・な?」
女は素通りをさせるつもりは無いらしい。海跳は、女が発する何か(理力)を“妙な気配”として感じ取っている。何者だろう?
「貴方の周りで起こる出来事に戸惑っているんでしょ?」
確かに、突発的に記憶が飛んだり、変に生々しい夢を見たり、遠くで何かが発生した事に気付いたり、不思議な事が起きている自覚はある。あまり絡みたくないが、女の言葉に一定の興味があったので立ち止まる。
「・・・貴女は?」
目深に差していた傘をスッと上げた女の顔は、見取れてしまうほどに美しい。20代中盤~後半くらいだろうか?おかしな表現になるが、顔は葛城麻由とは全く似ていないのに、発する神聖な雰囲気は少し似ている。ただし、麻由のように透明ではなく、かなり濁っているように思える。
〈ふふふっ、珍しく浮かれているみたいね。
いつもなら、理性でガッチリと蓋をされている本能が、
今は、だいぶ無防備になっているわよ〉
「本能が無防備?な、何のことですか?」
〈本能が理性の厚い壁に阻まれて、貴方は真価を発揮できずにいる。
だから、貴方の正義感を満足させる為の“助けを求める心”にしか反応できない〉
「宗教か何かの勧誘ですか?僕には貴女の言っていることが理解出来ない」
〈ふふふふふっ・・・少し冷静になって、私を見てみたらどうなの?
私は喋っていない。心で思っているだけ。
だけど、貴方は私と会話をしている〉
「・・・なにっ!?」
指摘を受け、目を見開く海跳。確かに、女は口を開いていない。だけど、海跳には女の声が聞こえる。腹話術でも使っている?いや、此処で腹話術を使って海跳を動揺させる意味が解らない。女は間違いなく喋っていないのに、海跳は女と会話をしているのだ。
〈貴方の持つ“心を読む”能力は、貴方の“人間の理性”によって封じられているの。
その、面白味の無いクソ真面目の殻を破って、本性を発揮しなさい〉
「意味が解らない!貴女は一体何者なんだ!?」
〈弁才天ユカリ。
さぁ、堅苦しい坊や、次に私が何を考えているか当てられるかしら?
当てたら、ご褒美を上げるわよ〉
「・・・くっ!」
ユカリと名乗った女から海跳の脳に流れ込んできたビジョンは、「女に支配される自分の姿」だった。「何かがヤバい」と感じた海跳は、慌てて数歩ほど後退をする!しかし、ユカリはいつの間にか海跳の懐に飛び込んでいて、海跳の腰に手を廻して抱き寄せた!海跳の手から傘が落ちる。
「正解!約束のご褒美・・・」
「んんんっっ!!!?」
ユカリの唇が海跳の唇に重なる。堕天使の接吻発動。
突然の出来事に対応できず、目を見開いて驚く海跳。こんな見知らぬ女と、こんな形での口吻など望んでいない。だけど、口吻ってのは、こんな感情になるのか?心臓に楔が打ち込まれ、理性が陶酔に浸りながら深遠に落ちていくような錯覚。このまま唇を重ねられ続けるのは、危険な気がする。
理性の殻に亀裂が入って一部が砕け、奥で眠っていた本能が目を見開く!
「や、やめるんだぁっっっ!!」
海跳は、力任せにユカリを振り解く!人間とは思えない力、そして人間では発揮できない波動が、ユカリを突き飛ばした!
-優麗高・2年B組-
「んぁぁっ!!!!!!!!!出たっ!!!!!!!」
古文の小難しい朗読を子守歌代わりにして半寝気味だった紅葉が立ち上がる!この妖気はサトリだ!亜弥賀神社付近で出現をしたようだ!
「センセーッ、スミマセン!トイレ行きま~す!」
「え?・・・ああ・・・・ど、どうぞ」
クラスメイト達はクスクス笑い、亜美は赤面をして肩をすぼめている。紅葉が一礼をして教室から飛び出したら、麻由が赤面をしながら隣のクラスから飛び出してきた。紅葉を見付けて合流をする。麻由も、サトリの妖気を感じ取ったのだ。
美穂を呼び出す余裕は無さそうだ。2人はアイコンタクトで頷き合い、並んで廊下を走り、階段を駆け下りる。だが途中で足を止めた。ビンビンに逆立っていた紅葉のアホ毛が、ダランと垂れ下がる。
「んぁっ!気配が消えた!?」
「そ、その様ですね」
「ど~しよぅ?」
「消えたのならば、行っても意味がありませんね」
サトリが一瞬だけ出現して直ぐに消えるのは、いつもと同じ。だけど、今のサトリは、いつもと比べて、あきらかに攻撃的な妖気を発していた。現地に行って状況確認をしたいが、「行っても何も無い可能性」と「授業をボイコットするリスク」を天秤にかけると「行くべきではない」って判断になる。2人は「索敵力を上げて、もうしばらく様子を見る」と決めて、トイレに行ったフリだけして、それぞれの教室に戻った。
-下鎮守町・海跳の家の付近-
弾き飛ばされたユカリは、冷静に対処して空中で体勢を整え、雨で濡れた地面に着地をした。一瞬驚いたが、表情を“余裕”に戻して海跳を見つめる。
「くっ!なんなんだ、貴女はっ!?」
海跳はユカリから目を逸らして手の甲で唇を拭うと、傘も拾わずに逃げるようにして立ち去っていく。言うまでもなく、いきなり口吻をされるなんて初めてのことで、どう対処をすれば良いのか解らない。
一方のユカリは、海跳を追う素振りは無い。去って行く海跳の後ろ姿を眺めながら、仕事をやり終えた表情で満足そうに微笑む。
やはり思った通り、怪物は“面白味の無いクソ真面目”の中に隠れていた。ハナから海跳を支配して、打倒・天の巫女の尖兵にするつもりなど無い。彼の魂に手を突っ込んで、理性の殻を剥がして真価を見たかっただけだ。素早い抵抗をされた為、理性の一部しか破壊することは出来なかった。しかし、それで充分だ。
「ふふふっ、無意識の中でしか動けない不便さは排除してあげたわよ。
これからは、貴方の意思で“真価”を動かせるようになる。
“真価”が体験をしたことは、ダイレクトに貴方の経験になる。
天の巫女と妖怪の娘が彼をどう処理するか・・・見物ね」
雨が降る住宅街、傘を差したユカリが、何事もなかったかのように立ち去る。
-優麗高-
屋上で紅葉を監視中の有紀と、木の上で麻由を見守っていた剛太郎が、同時に舌打ちをした。サトリが覚醒をしてしまったようだ。
有紀は知っている。いつも何も考えない娘が、仲間にしたかった敵を倒すのに苦悩したことを。
剛太郎は知っている。今回の敵は、お嬢様を導き、お嬢様の知らないところでフォローを続けた者だと言うことを。
2人はそれぞれ、苦々しい表情で、サトリの発生した地域を見つめる。
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サトリ
上級妖怪。能力発現時は、人の心を読める。心を読んで動揺させ、無防備にした魂を捕食する“魂の狩人”。
ただし、読めるのはオープンにした心のみで、気持ちを閉ざした者の心は読めない。戦闘時の昂揚や、相手を動揺させた時などは、心を読みやすくなるが、一方的な殺意や純粋な破壊衝動などの漠然とした心は、読めても対応できない。
-リバサイ鎮守・フードコート-
メガマッスルセット(マスドナルドのメニュー)の乗ったトレイを持った石松と海跳が、空いている席に座る。
「合格おめでとう」
「サンキュー」
石松が改めて祝いの言葉を贈り、ジュースで乾杯。海跳は軽く微笑むが表情は浮かない。石松は、合流をした直後から海跳が思い詰めていることに気付いていた。海跳は元々喜怒哀楽をオープンにするタイプではないが、今は表情を留めているのではなく、あきらかに暗い。話を振っても、心此処にあらずの受け答え。第一志望の帝央大学に合格した直後なのに何故?石松は堪えきれずに尋ねてみた。
「のう、海跳?なんか有ったとね?」
「ん?・・・あぁ・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
海跳は空返事をするのみで会話が続かない。2人はしばらく黙ったままチビチビとハンバーガーを食べていたが、やがて海跳が呟いた。
「なぁ、英邦」
「ぶひぃ?」
「オマエ、平山とは、もうキスはしたのか?」
「ぶひひぃぃぃ~~~~~~~~~~~!!!!?」
「異性と唇を重ねると、心臓が締め付けられ、陶酔に落ちるのか!?・・・ん?」
石松は、海跳の想定外過ぎる質問に衝撃を受けて、椅子に座ったまま後ろに倒れていた。テーブルに手を付いて起き上がるが、あからさまに動揺している。今の短い質問で爆弾発言が2つ。1つは「亜美とキスをしたか?」で、もう1つは「海跳はキスをしたかもしれない」。1つ目の質問の回答は「ノー」。まだ亜美とは、楽しく会話をするだけで、キスはしていない。もう1つの質問については、何処かで見た情報なのか海跳の体験談なのか、実に興味深い。実体験だとしたら相手は誰だ?
「ぶひぃぃぃっっっ!!!海跳、生徒会長さんとキスしたとね!?」
「た、たわけっ!何で僕と葛城が!?」
「だったら、タムラちゃんに乗り換えたと!?」
「それは無い!!僕が田村とキスをするメリットがどこにある!?」
「だったら、誰とキスしたとね!?キスすると陶酔に落ちるとね!?怖っ!!」
「ち、ち、違う!僕がしたんじゃない!
テレビで、そんな描写があったから疑問に思ったんだ!
えぇい!僕の話はどうでも良い!僕はオマエに聞いているんだっ!」
「ぶぅぅぅひぃぃぃ~~~~~~~~~!!」
石松は小さな声で「まだ」と答え、海跳は「そうか」と言って少し冷静さを取り戻す。間が保たず、さっきまではチビチビと進まなかったバーガーを、2人揃ってロクに味わいもせずに大口を開けて食べ進める。海跳は声を荒げたおかげで幾分かは気持ちが落ち着いたものの、今度は石松がヤバい。亜美を想像して、彼女の唇が気になってしまう。
合格祝いの食事会なんてあったもんじゃない。2人は、黙々と目の前のバーガーセットを食べて、当たり障りの無い話をして、車学行きのシャトルバスが来る時間になったので「また連絡する」と言葉を交わして解散。立ち去る海跳を石松が見送る。
「ぶひぃ・・・キス・・・とね」
海跳と別れた石松は、亜美の唇ばかりをイメージしてしまう。亜美とはストイックな関係のまま上京をするつもりだったが、亜美の唇に触れてみたい。こんな感情、亜美が知ったら幻滅されるのだろうか?




