36-2・崇の回想~卒業式と放課後
-3月の第一週-
「ぉはょ~~!」
珍しく紅葉が余裕のある時間帯に起床した。いつもよりも30分ほど早く起きて、いつも以上にキチンと身支度を調え、ツインテールをビシッと決めて、崇と食卓を囲んで朝食を食べる。
本日は卒業式。同じ学舎で過ごした先輩達の門出をお祝いする日だ。もちろん、授業の教材は準備する必要無し。こんな重要な日くらいは、ちゃんと学校に行く。
一足早く朝食を済ませた崇が、歯磨きをして、既にセット済みの髪型を再チェックして、スーツの上着とコートを着て玄関に行く。
「じゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
「パパ、いってらっしゃ~~~いっ!」
娘に見送られて出勤するのは何ヶ月ぶりだろうか?いつもの今頃は、紅葉は慌てて身支度をしているか、場合によっては、まだ起きていない。
紅葉が慌てずに学校に行くのは、年に何回あるだろう?体育祭に文化祭、終業式、遠足、授業の無い日ばかりだ。たまに、授業がある日でも時間に余裕を持って家を出るが、自転車を何処かに置いてきたのを忘れてて走って登校したり、亜美と合流後に昨日の教材を持ってきたのに気付いて慌てて戻ってきたり、同じく亜美と合流後に弁当しか持ってきてない事を指摘されてカバンを取りに戻ってきたり・・・酷い有様だ。
「もう卒業式か、早いもんだね」
愛妻と愛娘に見送られながら玄関を出た崇が、文架市の風景を眺めながらポツリと呟く。もちろん、今日が紅葉の卒業式ではない事は知っている。今日は、紅葉の先輩である“彼”の卒業式だ。
-10年前-
崇が“彼”に“再会”をしたのは、紅葉の運動会を見る為に鎮守小学校を訪れた時だった。驚いた事に少年の形をして紅葉の1歳年上の先輩(当時小2)をやっていたが、崇には“彼”だと直ぐに解った。
興味を持ったので意図的に彼の前に立つが、崇の人間化が完璧らしく彼は酒呑童子の存在に気付かない。崇は、すれ違い際に、僅かに妖気を発して彼を威嚇してみた。彼は立ち止まって崇を見つめる。その目は少年の眼差しではなく、獣の眼光を放っていた。ようやく酒呑童子に気付いたようだ。
「やぁ、久しぶり。しばらく見なかったから心配してたんだ」
〈僕ヲ半殺シニシテオイテ ヨク言エタモノダナ〉
「潰されるよりは何倍もマシだろ?
それに、君クラスの妖怪なら、あの程度の傷は数週間で回復したはずだ」
〈・・・チッ〉
「どうして、人間なんてやっているんだい?」
〈フンッ!〉
確かに、泣く子も黙る“鬼の頭領”に半殺しにされただけで済んだのは、彼自身、意外だった。だが、半殺しにされた相手に対して、「あの時は、半殺しで済ませてくれて、ありがとうございます」等と低姿勢に接するつもりは無い。彼は崇の問いには答えず、少年の人格に戻って走り去っていった。
「さすがは上級クラスの妖怪だ」
崇は彼から回答は聞き出せなかったが、ある程度の予測はつけている。妖怪が人の姿で活動をするのは、「依り代の人格を乗っ取っている」か「妖怪その物が人間の姿をしているか」のどちらか。崇の場合は後者、そして恐らく彼も後者。「妖怪その物が人間の姿」の場合、「妖力で化けている」か「妖怪が人間の姿を持って生まれた」のどちらか。崇は前者で、娘の紅葉は後者、恐らく彼も後者だろう。
「妖怪が人間の姿を持って生まれた」場合は、妖力を使いすぎても実体を失う事は無く、また、人間社会に溶け込む能力には優れている。だが、急激に妖怪の能力が発揮されると、人格を忘れて忘我状態に陥る危険がある。崇は、娘がそうならないように管理して育てている。
「しばらくは、静観かな」
どんな経緯で人間の姿を得たのかは解らないが、今のところは暴れるつもりはなさそうだ。崇は、「周りに迷惑をかけなければ黙認しても良い」と彼を見守る事にした。
-1年半前-
何の因果か、紅葉と彼は小中高と同じ学校の先輩後輩の関係を続けた。彼は、彼の意思ではなく彼の中に眠る本能で、酒呑童子の娘を避け、意図的に接点を作らなかった。
だが、紅葉が高校1年の文化祭で、崇と有紀が優麗高を訪れた時、意外にも彼の方から崇に接触をしてきた。廊下ですれ違いざまに、彼の方から崇に妖気を当てて軽く威嚇をしてきた。崇は彼の誘いに応じて、ひとけの無い野球部の部室に赴く。
「やぁ、小中はともかく、高校まで同じなんて、奇縁だね。
これまでも何度か会っても無視を決め込んでたってのに、
君から誘ってくるなんて、どうしたんだ?」
〈オマエ 以前 言ッタナ。『愛は下らぬものではない』ト・・・〉
「・・・ん?」
〈愛トハ何ダ? ソレガアレバ 僕モ 強クナレルノカ?〉
意外な質問だった。彼は冨久海跳という名と人格を持ち、近所(鎮守地区)では、すこぶる評判の良い少年だ。高校に入ってからも、恵まれた容姿と才能で人気者になっており、紅葉からは「親友(亜美)の憧れの人」と聞いている。
〈人間ノ雌ヲ 守リタイト言ウ 不思議ナ衝動ニ 駆ラレタ。
初メテノ感情ダ。 調ベタラ 『愛』ト言ウ感情ラシイ。
ダガ 僕ニハ 理解ガ出来ナイ。
雌トハ 子孫ヲ産ム為ニ必要ナダケノ 生物デハナイノカ?〉
崇は返答に困ってしまう。妖怪から恋愛相談をされるとは思っていなかった。「愛」という感情は、妖怪の常識では考えられない。妖怪は「愛」が拗れた嫉妬や憎悪には憑けるが、「愛」という尊い感情には憑いたことが無い。崇自身、「愛の力が奇跡を起こす」ことは実体験で理解しているが、上手く説明する事は出来ない。
だけど、サトリが崇と同じ、妖怪らしくない感情を芽生えさせている事は把握した。おそらく、17年間の人間としての生活を続ける中で、酒呑童子を恨むよりも、もっと大事な感情を獲得したのだろう。
「手にすれば無限なのに、手に入れるのが怖くて何も出来ない。
僕だって、妻と出会った当初は、自分でも理解出来ない感情に困惑した。
言葉で簡単に説明できる事ではないよ。
今は、ありのまま、その感情に惑わされながら学ぶべきかな?」
〈ソウ・・・ナノカ?〉
「言っておくが、欲望任せはダメだぞ。その時は、僕がまた、君を破壊する。
相手にだって、感情がある事を、キチンと理解するんだ」
〈ヨク解ラナイ・・・ダガ 心掛ケヨウ〉
冨久海跳が学業もスポーツも優秀で、人望と決断力にも恵まれているのは、サトリの能力の影響だろうか?それとも、人間としての海跳が優秀だからだろうか?紅葉が、学業はイマイチで、感情任せに行動するのを考えると、海跳が優秀なのは人間の人格が優秀だからかな?
だがそれでも、彼が妖怪って事に変わりはない。本来、妖怪には「愛」と言う感情はない。妖怪が雌を抱くのは欲望と子孫繁栄の為だから、雌が必要なら略奪をする。雌に好意を持たれても、必要と感じなければ相手にはしない。
サトリは理解出来ない感情を芽生えさせた為、本能の赴くままには動けない。冨久海跳という少年は、全てが優秀でありながら、「愛」が理解出来ない為、恋愛のスキルのみが大きく欠落をしている。
話を終えて部室を出て生徒玄関に戻る頃には、海跳から妖気は消えていた。穏やかな優等生に戻っている。
人間・冨久海跳と、妖怪・サトリの、2つの人格を持っているのか?いや、違う。海跳が主人格で、妖怪の自覚が無い為に、サトリの人格を上手く扱えてないのだろう。
海跳の感情の成長は、崇にとっては楽しみであると同時に、いつ爆発するか解らない不安定な物と思える。崇は、サトリが妖怪として暴走をしないように、これまで以上に彼を注視する事にした。
-今に至る-
「僕にだって、よく解らないんだ。君も悩むしかないんだろうな」
崇自身、未だに「愛とはなんだ?」への上手い回答は見付からない。有紀に対する「理解者でいて欲しい」「他人には譲りたくない」感情と、紅葉に対する「間違わずに幸せに育って欲しい」「見守り続けたい」感情、少なくても2種類の別の形の「愛」がある事くらいしか理解出来ていない。
-優麗高の体育館-
卒業証書授与のあたりから、涙ぐむ生徒がチラホラと出て来た。D組の長澤尚実やE組の田村環奈は既に涙ぐんでいる。
送る側の在校生は、まだケロッとした表情の生徒が多いが、亜美は3Dの石松が卒業証書を授与する辺りから目に涙を浮かべ始めた。
校長の式辞、来賓の祝辞と続き、麻由による送辞、海跳による答辞が読み上げられ、式歌~卒業生退場となる。
-数十分後-
3年生にとっては最後のホームルームの後、卒業生同士で集まって写真撮影をしたり、卒業生が先生のところにお礼の挨拶に行ったり、後輩が先輩の労を労ったり、校内全体が様々な社交の場になる。
尾名新斗は秋頃に接してくれた先輩が気になって、「お礼くらい言わなきゃかな?」と偶然の遭遇を装いつつ3年生のフロアに行って周囲を眺めている。後ろから卒業証書に筒でポコンと軽く頭を叩かれて振り向いたら、お目当ての先輩が立っていた。新斗は少し恥ずかしそうにお辞儀をする。
「よっ!ニートくんっ!」
「ど、ど~も、犬鰤字先輩」
「最近は走ってるの?」
「いえ、ちょっと寒くなったもんで、最近はあんまり・・・
先輩は?彼氏さんと一緒じゃなくて良いんですか?」
「あぁ、いいのいいの。アイツなら、私の事ほったらかしでダチと連んでる。
春になったら、また走りなよ。
私は、文架市から離れるから、もう一緒に走れないけど、約束だよ!」
「は・・・はい、がんばります」
犬鰤字明日花(第2話登場)・3年B組
陸上部の短距離ブロックに所属した。最終成績は、地区予選100m走の準決勝で敗退。しかし陸上が好きなので、進学後も陸上関係に携わりたいと思っている。彼氏(陸上部 短距離)と、友人(陸上部 長距離)が、推薦入学で関西の大学に進学を決めている為、一般入試で同じ大学を受験した。
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紅葉&美希&優花が、亜美に付き合って石松に会う為に3Eに行くと、教室内は卒業生や在校生で溢れかえっていた。
3Cの長澤尚実が田村環奈と合流したところに、1人の男子が「一緒に写真撮らせて」と依頼をしたのがキッカケになって、次から次へと3年ツートップと一緒の写真を希望する男子の列が出来たのだ。環奈と長澤は困惑しつつ撮影会に応じている。
3年ツートップとの撮影会を終えた男共は、今度は2年ツートップの一角の紅葉を見付けて撮影を依頼してきた。ついでに亜美&美希&優花にも「一緒に入れ」と言う。紅葉&美希は深く考える事無く撮影に応じるが、優花はキッパリと断った。
亜美は「イヤだけど、断ったら申し訳ないのかな?」と困惑した表情で石松を見る。中には、「メアド教えて」とか「LINEしよう」などと言ってくる者もいる。
「あっ!そう言えば、平山さんて、石松と付き合ってたんだっけ?羨ましいな~」
「なぁ、石松、写真くらい一緒にいいだろ?」
「メアド聞いても良いよね?」
「・・・ぶひぃ」
石松が意見する立場ではない。もし迷惑なら、亜美が自分で断るだろう。でも断る様子が無いし、愛想笑いをしているって事は撮影OKって事か。石松は不満に思いつつも黙認しようとした・・・が、美希が怖い顔で睨み付けてるのを見て考えを改める。
「スマンけど、あまり良い気分がしないんで止めてくれんかいね」
石松は勇気を持ってNGを出した。美希は満足そうに頷き、優花が「こっちに来い」「彼氏が呼んでいる」と亜美を呼び寄せる。それまで困惑していた亜美の表情が明るく晴れた。いくら逆らいにくい先輩方の頼みでも、彼氏に「撮影NG」を出されたので、堂々と断る大義名分が出来る。「ごめんなさい」をして、紅葉の手を取って、石松のところに寄って行く。紅葉は「なんで?」と不思議そうな表情をしたが、亜美の活き活きと嬉しそうな表情を見て「メンドイからアタシもNG」と撮影を断った。
-2階(2年生のフロア)-
美穂と真奈が一緒に居たら、3年生の男子が寄ってきて真奈に「写真を撮ろう」と依頼をする。真奈は笑顔で応じ、美穂から少し離れた。美穂は蚊帳の外に置かれて少し不満な反面、「一緒に撮ろう」と言われても受け入れる気は無い。「迷惑なイベントだ」と思いながら、ツーショット自撮り中の2人を眺める。
「もう1アングル!」
ツーショットの獲得に成功した3年男子は、真奈の肩に手を廻して寄り添うようにして、次の自撮りをしようとする。真奈は笑顔を維持したまま、少し困惑して3年男子から離れようとする。
「やれやれ・・・ここはキャバクラか?」
イラッとした美穂のローキックが3年男子の尻に炸裂。
「・・・美穂さん?」
蹴られて前のめりに倒れた男子が、起き上がって美穂を睨み付ける。
「な、なにすんだよ?」
「今からは1回の撮影ごとに5千円。ツーショット、ワンショットどちらでも可。
お触りは肩や腰が1万、胸と尻は3万。
さぁ、小遣いが続く限り、好きなよ~にどうぞ」
「ふ、ふざけるなっ!暴力だ!恐喝だ!」
「こっちは金を払えばセクハラを黙認してやるって言ってんだよ。
5千円で写真撮れて、数万で触れるんだから安いもんだろ。
何がなんでも真奈との思い出が欲しいならできるはずだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
美穂に睨み付けられ、3年男子はスゴスゴと引き上げていった。
「あ、ありがとうございます。
私が困ってるの・・・気付いていたんですか?」
「ん?何だオマエ、困ってたのか?だったら自分で断れよ。
あたしは、オマエで儲けられそうだったから商売をしただけだ」
真奈は、美穂の言葉が本心ではないと知っているので、もう一度嬉しそうに礼を言う。
「ところでアイツ、誰?オマエの彼氏か?」
「ダーリンのお尻を蹴ったら、いくら美穂さんでも怒りますよ。
・・・てゆ~か、彼氏なら肩を抱かれても嫌がりません。
前に、推理研究会に依頼に来た先輩です」
「へぇ~・・・顔が広いのも大変だなぁ」
真奈は、学年の人気ツートップの紅葉&麻由ほどの知名度は無いが、それなりに顔は広いのだ。
「なぁ、真奈。大きい紙とマジックあるか?」
「ん?なにするんですか?」
「撮影1回5千円。お触りは肩や腰が1万、胸と尻は3万。
紙に書いて掲げながら、3年のフロアに行こう。
数万は稼げるんじゃないか?」
「え゛っ!?マジで!?」
「お触りの値段はもう少し安くして数で稼ぐか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「3年のフロアより教務室に行った方が稼げるかな?」
「・・・学校内でお触りの商売なんてしたら大問題になります」
先程の3年男子とのヤリトリは、真奈を助ける為の詭弁ではなく、美穂は本気で商売をするつもりだったらしい。真奈はもちろんお断りしました。




