3年生編③・高校野球の地方大会
-夏の全国高校野球・地方大会(全国高等学校野球選手権地方大会) 開幕-
一回戦は、選手数がギリギリの、名ばかりの野球部に7回コールド勝ち。二回戦はシード校・渡帝辺工業を相手に接戦を繰り広げて2点差で勝利。その後も、三回戦、四回戦、五回戦を、逆転勝ちや辛勝で進み、7月の下旬、優麗高校野球部は準々決勝にまで駒を進めた。
試合会場は、地元・文架市民球場。対戦相手は優勝候補の最有力、古豪・大谷学園。
優麗高は夏休み期間に入っており、応援団やチアリーダー、吹奏楽部が所定の位置に配置され、観戦に来た優麗高生徒達がスタンド席の一角を埋める。純粋に友人の応援をしたい英邦、憧れの先輩を応援したい平山亜美、お祭り騒ぎが好きな源川紅葉、そして生徒会として優麗高ナインの活躍を期待する麻由の姿もある。
「優高 ファイッ オー!!」
後攻の優麗高ナインが、円陣を組んでから、駆け足で各ポジジョンに散っていく。捕手の檄に、投手・内野手・外野手が一斉に気勢を上げる。あと3つ勝てば甲子園。高校球児ならば、誰もが夢に見る舞台まで、あと3つ。
しかし、優勝候補は評判通りに強かった。打者が1巡をする3イニング目までは、どうにか相手打線を1失点で抑えることができたが、4回表から大谷打線が火を噴く。毎イニング出塁をされて失点を重ねていく。優麗高応援席で生徒達が声を張り上げて懸命に応援をするが、圧倒的な実力差はどうにもならず、7回表が終わった時点で7-0と大きく引き離されていた。
7回裏の攻撃が終わった時点で7点差に開いていればコールドゲームとなる。ここまで、優麗高はノーヒットノーランどころか、フォアボールによる出塁すらなく、見事なパーフェクトゲームに抑えられていた。
もう、どうにも成らない。現状を覆す手段など無い。上位打線すら相手投手に手も足も出ず、完封コールド負けをする。優麗高側ベンチには覇気が無く、優麗高応援スタンドは諦めムードに包まれる。
1番打者の一河が三振に倒れ、2番打者の二宮がバッターボックスに立ち、3番打者の海跳がネクストバッターズサークルで待機をする。二宮が打ち損じた打球が内野フライとなりツーアウト。3番打者の海跳の打席が廻ってくる。
小~中学時代、海跳は投手をしていた。しかし、高校に入り、2~3年生で投手のポジションが渋滞しており、同期に他の中学の投手がいた。海跳は、監督から打者としての能力と、野手としての器用さを認められ、1年時からレギュラーとして経験を積む為にサードにコンバートされた。今は、エースの座をチームメイトに託し、ショート、兼、控え投手の立場に就いている。
〈3番 ショート 冨久君〉
「やれやれ・・・派手に三振をしてくるか」
場内アナウンスが流れ、海跳がバッターボックスに向かう。その背中は自信無さげに見える。いつも学校で見る冨久海跳とは、まるで別人のようだ。
「冨久センパイ・・・負けちゃうのかな?」
「うん・・・相手が強すぎるよ」
スタンド席の紅葉がポツリと呟き、隣に座っている亜美が応じる。
「ホームラン打たなぃかな?」
「ちょっと厳しそうだよね。
それに、もしホームラン打っても、1点だけじゃどうにもならないよ」
「・・・ん、そだね。」
海跳を含む球場の誰もが「これで終わり」と思っていた。麻由も、どうにも成らないと悟り、無言で、海跳を眺めている。・・・だが、1人だけ諦めていない者が居た。
「のう、応援団長。
真面目に応援する気が無いのなら、そこを退いてくれんかね?」
応援団長を押し退け、その座に居座ったのは石松英邦。周辺がざわつく。しかし、英邦は周りの雰囲気など意に返さず、大きく息を吸ってバッターボックスに向かう海跳を怒鳴りつけた!
「コラァァッッッ!!!海跳ぉぉっっっっ!!!
諦めるなら全部終わってから諦めろぉぉっっっ!!!
オマエの『甲子園に行く』って夢は、
まだ終わっていないうちから諦める程度の夢だったのかぁっっ!!
ド素人のおいに、ここまで言われて悔しかったら、
オマエなりの意地ってモンを見せてみんしゃいっっ!!」
「・・・英邦?」
振り返り、応援スタンドを見つめる海跳。応援団の真ん中に立ち、息を荒げて睨み付ける英邦が見える。周囲がざわつき、何人かの応援団が英邦をその場から立ち退かせようとするが、英邦は全く動じない。気にも止めず、見様見真似で応援歌を怒鳴り始めた!
「フレー!フレー!優高!! フレー!フレー!海跳っ!」
優麗高応援席は、しばらくは、この珍事を呆然と眺めているだけだったが、先ずは、源川紅葉が立ち上がり、英邦の怒鳴り声に呼応して優麗ナインへのエールを叫び始めた!徐々に、その士気が優麗高応援席に蔓延していく!「チビッコ女子には負けてられない」「俺達だって頑張らなきゃ」と、1人、また1人と立ち上がり、英邦の怒鳴り声に息を合わせ、やがて、応援スタンドが一丸となって息を吹き返した!
そして、ツインテールのチビッコの隣に座っていたボブカットの少女は、単身で“憧れの冨久先輩”を元気付けようとした英邦を、「少し格好良い」と感じながら見つめていた。
「フレー!フレー!優高!! フレー!フレー!海跳っ!」×たくさん
「やれやれ、この状況で、凡打や三振なんてしたら、
アイツ(英邦)に一生文句を言われるな。」
バットを握りしめて気合いを入れ直し、再び、応援席を見つめる海跳。「彼女」が座っている場所は一打席目の時に確認済みだ。ただ、4イニング目以降は、自分が情けなくて、応援してくれる「彼女」を見ることが出来なかった。今も「彼女」は、海跳の名を叫んで応援してくれている。
「解ったよ、やるだけの事はやってやる!」
バッターボックスで構えた海跳は、相手投手が勝ち急いで投げた甘い球を見逃さなかった。打球が外野に飛び、海跳は出塁して、ノーヒットノーランが崩れ去る。そして、打順が4番の四谷に廻った一投目。
「どうせ、たまたま当たった宝くじだ!それなりの使い方をさせてもらう!」
海跳は、独断で2塁に走ってセーフになる。2アウトからの盗塁なんて定石無視。誰も考えていなかった。「あと1人で試合終了」を覆され、走者を背負って焦った相手投手から、優麗高の4番バッターがツーベースヒットを放つ。更に5番の五井、6番の六川が出塁して2点を返す。これで、7回コールドが消滅をした。優麗高ベンチは覇気を取り戻し、優麗高応援席が湧く。
大谷学園の選手達は「8回表の攻撃は無い」と考えて集中力が切れていた為、打線を繋げられず8回の攻撃を無失点で終わり、9回の攻撃で1点を得るのみ。一方、勢いに乗る優麗高打線は、8回裏の攻撃で更に得点を重ねて、相手投手をマウンドから引きずり下ろした。
9回の裏。大谷学園は「この流れは拙い」と考え、格下(優高)相手に温存をしていたエースが登板。海跳が、ネクストサークルからバッターボックスに向かう。
スタンド席では、英邦が応援団長と並んで大声で優麗高生徒達を鼓舞している。その中には、麻由の姿もある。
『甲子園に行けたら、生徒会長さんに告白するなんてのはどうとね?』
英邦の無茶ぶりが、バッターボックスで構えた海跳の脳内を巡る。
「うるせ~よ、たわけっ!だけど、葛城麻由の前では負けたくない!」
集中力が極限まで高まっていた海跳には、相手エースが投げた瞬間に「どのコースに来るか」が見えた気がした。そして、失投ではなく最高のはずの投球が、まるで止まっているように見えた。
海跳のバットが白球を真芯で捕らえ、球場内に高い打音が鳴り響く。打球はファウルポール内側のスタンド席に消えた。大谷学園のエースが肩を落としてスコアボードを眺め、満面の笑みを浮かべてガッツポーズをした海跳が駆け足で塁を廻る。普段は冷静沈着で感情を表に出さない彼には珍しい光景だ。
大歓声に包まれる優麗高応援席。即席応援団の英邦が海跳の名を叫び続ける。ツインテールのチビッコの隣では、ボブカットの友人が涙ぐんでいた。中学時代から憧れ続けた冨久海跳先輩が格好良すぎる。そして、皆が諦める中で、海跳を鼓舞して奮い立たせた石松英邦先輩の熱さも格好良すぎる。
出塁をしていたランナーが次々と返り、最後に海跳がホームベースを踏んで、待ち構えていたチームメイトにもみくちゃにされる。仲間達に囲まれながら、応援席に視線を向ける海跳。小声で英邦に礼を言う。そして、拍手をしてくれている麻由を眺める。
8-9、ゲームセット。番狂わせの大金星。優勝候補のまさかの敗退。7回コールド寸前からの逆転劇。そのキーパーソンとなった冨久海跳の名は、県内で一躍有名になった。
だが、その過熱ぶりは、2日後には沈静化をする。大谷学園戦で力を使い果たして、且つ、投手を使い切ってしまった優麗高野球部は、2日後の準決勝で、京総学園を相手に2-6で中堅チームらしい敗退をする。
7月下旬、冨久海跳の高校生活最後の夏は終わった。
翌日、引退をした海跳が、誰もいない優麗高グラウンドをバックネット裏から眺める。精一杯やった。実力以上の力を発揮したと思う。負けたけど悔いは無い。
ただ、もし、甲子園に行けたら、英邦の無茶ぶり通りに、麻由への告白をしていたのだろうか?もし、告白をしたら受け入れてもらえたのだろうか?終わってしまった今となっては、そんなifは有り得ないが、少し気になる。
「海跳?引退しとらんやったんか?」
背後から声を掛けられる。応援で大声を出しすぎて枯れ気味の声の主が誰なのか、確認しなくても解る。
「今日が引退式だった。明日からは、2年生が中心になった新体制だよ」
「名残惜しか?」
「まぁ~な。小学校時代から続けてきた野球に一区切りついたんだ。
名残惜しくないと言えば嘘になるな。
オマエは?全国大会は8月だっけ?これから練習か?」
「いや、練習が終わって、今、帰宅するところばい」
「そっか」
海跳は、足元にあるボストンバッグから使い慣れたグローブと予備のグローブを出して、片方を英邦に渡す。
「・・ぶひぃ?」
「キャッチボール・・・付き合え」
グラウンドに入って距離を空け、キャッチボールを開始する海跳と英邦。海跳の投げたボールはコントロール良く英邦のグローブに収まり、英邦が投げた荒れ球は海跳が上手くキャッチをする。2人はキャッチボールをしながら、会話のキャッチボールもする。
「どうなんだ?優勝できそうか?」
「そのつもりばい」
「優勝したら、平山にコクるのか?」
「そのつもりは無かとね」
「なんだ、言わないのか?」
「『可愛いな』って思うだけで、まだ好きかどうかも、ハッキリしとらんし、
卒業したら相撲部屋に入門するつもりじゃけん、遊んでる暇はなくなるとね」
「そっか・・・なら、優勝できなかったら告白な!」
「ぶひぃぃっっ!!!?罰ゲームとね!?」
「冗談だ!だけど、それくらい相撲に賭けてるなら、必ず優勝をしろ!」
「了解たいっ!」
2人の間でキャッチボールが続く。海跳は、進学先で野球を続けるかは決めていない。だが、キャッチボールをしていると、勝ち負けに関係なく純粋に野球が好きなんだと改めて実感する。これからは受験勉強中心の生活になり、しばらくは野球を楽しむ時間は無くなるだろうけど、友人とキャッチボールをしたり、ストレス発散の為にバッティングセンターに行くくらいはしたい。
数日後、相撲の全国大会では、1年生で期待の新星・四国の城星善将が優勝をして、東北の雄・大関力は準優勝、優麗高の石松英邦は去年の秋と同じ3位で終わった。
英邦の帰宅後、海跳は、カラ元気を振りまく英邦のヤケ食いに、何も文句を言わずに付き合ってやった。共に、敗戦のショックに立ち止まってはいられない。少しだけ感傷に浸って、その後は次の目標に邁進しなければならない。




