3年生編②・夏の大会直前~石松と平山亜美
-7月-
3年生にとっては、最後の大会となる高校総体地方予選。
相撲部の英邦は、今季こそは「全国大会で打倒・東北の雄・大関力」を目標に、地方レベルでは無双状態で勝ち進んだ。今は、8月の上旬に開催される全国大会に向けて、最後の追い込みの稽古をしている。
麻由は成長著しく、2年生でありながら部内でのエースの座に登り、地区大会では準優勝を納めたが、弓の道は険しく、県大会で私立・渡帝辺工業高校の矢崎ゆみの美しい行射に心を乱されて的中を逃し、あと一歩のところで全国の切符を手にすることはできなかった。
地区と県大会の優勝者は矢崎ゆみだった。大会関係者達は「3年生の矢崎が引退をする秋以降は、優麗高の葛城の時代が来る」と、麻由の更なる成長に期待をする。
放課後になり、部活動に向かうべくA組の教室から出た海跳の元に、英邦が寄ってきた。2人は並んで階段を下りる。
「調子はどうだ?」
「絶好調たい!
今度こそは、優勝をするけんね!
海跳はどうとね?甲子園には行けそうとね?」
「うちの地区は、甲子園上位の常連になる強豪校が多いから、どうだろうな?
まぁ、中途半端はせずに、最後まで悔いの無いように戦い抜くつもりだ」
「ぶひぃ?・・・弱気とね?」
「推薦で有力選手を集められる私立とは、選手層が比較にならないからな」
優麗高部員で、他の強豪校と渡り合える選手は、3番打者でショート(兼、控え投手)の海跳と、4番打者の四谷のみ。あとは、ピッチャーの九堂と、5番打者の五井が、県内では中堅以上の実力は備えているくらいだ。
現在の高校野球では、選手の体調や将来性を考慮して球数制限が導入されている。つまり、過去の野球漫画のように「弱小野球部に1人の天才選手(エースで4番)が入部をして快進撃を続け、ライバルの強打者を倒し、甲子園に行く」なんてドラマは発生をしにくくなった。
「でも、甲子園に行くのは、強豪の私立ばかりじゃあるまいて」
「まぁな。こちらも高校生、相手も高校生。
練習の質はともかく、メンタルの強さはそれほど変わらない。
時として勢いが実力を上回るのが、高校野球の面白いところだからな」
海跳自身、中学3年生の時に、県内のいくつかの強豪校から推薦の誘いが来たが、「小学校時代からの仲間と一緒に野球をやりたい」「一生、野球で食っていく気は無い」という理由で、学業と好きな野球を両立できる優麗高を志望したのだ。
「結果はどうであれ、僕は全試合を勝つつもりで戦う」
「その意気とねっ!ぶっひっひ!」
「なんだ、その気色の悪い笑いは?」
「甲子園に行けたら、めんこい生徒会長さんに告白するなんてのはどうとね?」
「・・・なっ!!?」
英邦の突飛な発言に、海跳は露骨に動揺をしつつ、裏拳で英邦の頭を軽く叩いた。
「たわけっ!なんでそうなるっ!?」
「ぶひぃ!・・・そ~ゆ~目標があった方が盛り上がるとね!」
「この愚か者っ!神聖な甲子園と、汚らわしい不純異性交遊を一緒にするな!」
「ぶひぃ~・・・相変わらず、固いとね~。
沢山の応援より、たった一つの笑顔の為に頑張る!
それだって、おい等にとっちゃ大切なこととね!」
「生憎だが、僕が野球をやっているのは僕自身の為だ。
沢山の応援の為でも、ましてや一つの笑顔なんて下らない物の為でもない」
「・・・ぶぅ~~~~~~~~~」
2人が生徒玄関まで降りたら、チビっこいツインテールの女子が下駄箱に身を隠して(いるつもりなんだろうけど全然隠れていない)、海跳を覗いていた。同じ中学出身の一学年下で、春の生徒総会で「学食に背脂ラーメン」を要望して、麻由とやり合った源川紅葉だ。
彼女は、海跳を見付けると笑顔になって、下駄箱の更に奥に隠れていた同級生の腕を強引に引っ張って、海跳の前に飛び出してくる。チビっこいツインテールに引っ張られて、背が高いボブカットの女子が姿を見せた。
「ク、クレハ、いいってばっ!引っ張らないでっ!」
「冨久先輩っ!ァミがぉ話があるですっ!」
「・・・ん?」
「・・・ぶひぃ?」
1人じゃ不安だから友達を連れてきた。もしくは、友達の強引な後押しで引っ張ってこられた。
この手のパターンは何度か経験をしている。この場で、または、ひとけの無いところに呼び出されて、告白されたり、プレゼントを差し出してくるパターンだ。正直言って煩わしい。時間が勿体ないので、サッサと用件を済ませてもらいたい。
「ほらっ!ァミっ!ここまで来たんだから言っちゃいなよっ!」
「もうっ!私、そんなつもり無いのにっ!なんでこうなっちゃうのっ!」
「い~から、い~から!んっへっへっへっへ!」
ボブカットの女子は、海跳への対応で精一杯すぎて、隣にいる英邦の存在を気に掛けている余裕は無い。顔を真っ赤にして目を泳がせながら、しどろもどろと小声で呟いた。
「じゅ・・・準々決勝からは、全校応援になるんですよね?
た、楽しみにしています」
「僕等が勝ち残って、試合が文架市内で行われる場合は・・・な」
「あ・・・あのっ・・・頑張ってください」
「あぁ・・・サンキュー」
「そ、それじゃ、私はこれでっ!」
恥ずかしそうに俯いて足早に立ち去っていくボブカットの女子と、拍子抜けした表情で「んぁぁっ?お話すんのそれだけっ?」と声を掛けながら追っ掛けていく源川。エールをくれるなら、普通に声を掛ければ良いだけなのに、なんであんなに畏まったのだろうか?海跳は彼女達が何をしたかったのか解らず、首を傾げながら見送る。
「・・・なんだ、ありゃ?何かの罰ゲームでもしてんのか?
まぁいいや。行こうぜ、英邦」
「・・・・・・・ぶぅぅひぃぃ~~~・・・麗しいのう」
「・・・ん?」
「海跳、うらやましかね~~~~」
英邦の反応がオカシイので横目で眺めたら、英邦は頬を赤らめ、目尻を垂らして、女子達が立ち去っていった方向を眺めていた。「恋愛は後回し」の海跳でも、さすがに英邦の心境は理解をできる。
「どっちだ?小っちゃい方か?髪が短い方か?」
「平山さん・・・ばい」
「平山・・・髪が短い“普通”の方か。
目立つ子じゃないからあまり覚えが無いのだが、確か彼女も東中だったな。
まぁ、良いんじゃないか?
もし、チビっこい方だったら、友人として全力で反対をしていたが」
「ぶぅぅぅ!!?海跳、もしかして源川さんのことが好・・・!!?」
「チゲーよ!僕にも選ぶ権利はある。
源川の容姿の良さは認めるが、他は全て落第点だ。
中学時代から『騒ぎの中心の源川あり』と言われたほどのジャジャ馬の問題児。
てっきり、渡帝辺行きかと思っていたら、優麗高に来たんで驚いたよ。
彼女と交際できる男なんて、この世には存在しないんじゃないのか?」
「学年美少女トップ2の一角と言われる源川さんなのに、
海跳にかかるとエラい言われようばい」
「へぇ~?彼女がトップ2・・・ね。
まぁ、確かに、見た目だけは・・・トップクラスだからな」
「ちなみに、もう一角は、生徒会長さんばい!」
「あ~・・・そう言えばそうだったかな。風の噂で聞いたことくらいはある。
・・・で、英邦、どうなんだ?全国で優勝したら、平山に告白でもするのか?」
海跳の突飛な発言に、英邦は目を見開いて動揺をしつつ、裏拳で海跳の頭を軽く叩こうとしたが回避をされてしまう。
「ぶひぃぃっっっ!なんでそうなるとねっ!?」
「そ~ゆ~目標があった方が盛り上がるんだろ?」
「神聖な土俵と、神聖な平山さんを一緒にしたら、いかんばい!」
「両方神聖なら一緒にしても良かろう?
沢山の応援より、たった一つの笑顔の為に頑張る!
それだって、オマエにとっちゃ大切なことだろ?」
「ぶぅぅぅっっっっっ!!!
あ、あ、生憎じゃけんど、おいが相撲をやっとるんは、おい自身の為ばい」
「今の台詞、さっきオマエに言われたのを、
まんま返しただけなんだけど、気付いているか?」
「ぶひぃぶひぃぃぃっっっっっっっ!!!?」
大げさに反応する英邦をからかって楽しげに笑う海跳。年頃なので当然と言えば当然だが、「英邦にも好きな女の子がいたんだな」と感じ、友人の恋愛を応援したいと思った。
英邦と分かれてグラウンドに向かい、校舎側に振り返って生徒会室のある窓を眺める海跳。最近は、麻由が生徒会長が職務に慣れてきたので任せっぱなしになっている。弓道部の3年生は、既に引退済みの為、麻由が新部長に就任したことも知っている。申し訳ない気持ちもあるが、あと少しだけで良いからワガママを通して野球に専念をしたい。
『甲子園に行けたら、生徒会長さんに告白するなんてのはどうとね?』
何度も英邦の言葉が脳内で廻る。余計なお世話だ。今は野球に専念したい。なによりも、麻由を“甲子園の副賞”と考えるのは彼女に失礼。夏が終わったあとは、受験勉強に集中しなければならない。色恋沙汰はそのあとで考えれば良い。卒業後の進路が内々定をしている英邦とは立場が違う。
「ふんっ、たわけ者が」
海跳は、既に見えなくなった英邦にポツリと文句を言ってから、野球部の部室に向かって歩き出す。




