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3年生編①・葛城生徒会長誕生~背脂論争

-穂登華町・麻由のマンション-


 麻由がベランダの手摺りに凭れ掛かり、夜景を眺めながら溜息をつく。


 『葛城、オマエが、次期生徒会長になれ』


 海跳に名指しをされた時の光景が、何度も頭の中を駆け巡る。生徒会長どころか副会長に立候補する気も無かったので、かなり戸惑っている。




-回想-


「えっ?・・・えぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!?」


 生徒会室内に、麻由の驚嘆の大声が響き渡る。


「ちょっと、待ってください!なんで私が!?」

「適任だと思うからだ!」

「からかっているんですか?誰が考えても、冨久副会長の方が適して・・・」

「スマンな。来年は、僕にとっては高校最後の夏なんだ。野球に打ち込みたい。

 従って、副会長職なら可能だが、多忙な生徒会長となると、ちと厳しい。

 他に適任者がいなければ、諦めて、僕が会長職を引き受けるが、

 葛城がいるのなら、僕が引き受ける必要は無いと思ってな」

「わ、私には無理です!それなら、別の人を!」

「そうか?ならば、仕方ないな。 ・・・生徒会長!」

「ん?なんだ?」

「先ほどの、選挙改定案ですが、

 やはり、葛城の提案する推薦者5人による在野の擁立制度を希望します」

「今更、議決を引っ繰り返すのか?どういう事だ?」

「僕が推薦者となって、葛城を生徒会長に擁立します!」

「一部勢力による権力の掌握を防止する為、

 推薦者は生徒会役員には立候補できないんだぞ!

 それでは、オマエは副会長にもなれないじゃないか!」

「無論です。

 しかし、僕は、副会長職を擲ってでも、葛城を生徒会長に推したいんです」


 生徒会長や役員達は海跳の覚悟を秘めた弁舌に論破され、麻由は戸惑うだけ。誰にも覆す事はできない。しばらくの沈黙の後、生徒会長が溜息をついて口を開いた。


「葛城・・・オマエの負けだ」

「・・・え?そんなっ!」

「なぁ、海跳。葛城が生徒会長に適している事は、俺も認める。

 だが、それは、再来年、葛城が3年生になった時の話。今は時期尚早だ。

 オマエが熱意を持って推すならば、シッカリとサポートしてくれよ」

「もちろんです。葛城が、生徒会長に立候補をしてくれるなら、

 僕は、葛城の推薦をする理由が無くなり、副会長に立候補できます」


 その場にいる全員が「してやられた」と気付いた。麻由が生徒会長への立候補を拒むなら、海跳は推薦者として麻由を生徒会長に推すので、海跳は副会長には立候補できない。海跳を副会長にする為には、麻由が自らの意志で生徒会長に立候補するしかない。どう転んでも、麻由は生徒会長に担ぎ出される。それならば、海跳が副会長としてサポート可能な状況を選択するべきだ。

 有能だが立候補をしない在野(麻由)を登用する選挙改正案。その有効性は、提案をした麻由が一番理解している。麻由にしてみれば、自分の発議案に足下を掬われて逃げ道を失ったようなものだ。納得はできないが、理解して頷くしか無かった。




-回想終わり-


 中学の時は、友人の鈴奈が生徒会長で、麻由は執行部に所属してサポートをした。だから、生徒会の仕事には慣れている。だけど、まさか、次期3年生を差し置いて、生徒会長に推されるとは思っていなかった。

 麻由は、大きな溜息をついてから、両手の平で両頬を軽く叩いて気合いを入れる。覚悟を決めた。自信があるとは言えないが、何をやれば良いかは解っている。選択肢が無いのなら“やらされる”のではなく“やる”しかない。




-10月-


 選挙が公示された。会長・副会長に名乗りを上げた人物名を見て、優麗高の生徒全体が驚き、1年A組だけはテンションが上がる。生徒会長のド本命が副会長に立候補して、人気投票上位を獲得した1年生が生徒会長に立候補したのだ。

 誰もが、「どうせ、冨久が生徒会長に立候補する」「冨久に敵うわけ無い」と考えていた為、麻由以外は生徒会長には立候補していない。副会長には、冨久海跳と、内部事情を知る書記の間地芽江まじ めえ以外では、「副会長くらいなら自分にもできるかな?」的な、いい加減な考えの者2名が友達5人を推薦者として従えて立候補をしてしまった。相手が冨久海跳と、生徒会経験者の芽江では勝つ見込みは無い。


 麻由は生徒会長に信任され、副会長は海跳が圧勝し、芽江も充当に当選した。




-数日後-


 旧生徒会長が海跳を屋上に呼び出し、2人は並んでグラウンドを眺めながら会話をする。


「蓋を開けてみれば、優麗高全体がオマエの策に踊らされたわけか」

「ん?何のことですか?」

「しらばっくれるな。

 皆、オマエが生徒会長に立候補すると思っていたから対抗馬はゼロ。

 その空白地に葛城を強制的に立候補させて押し込んだ。

 オマエが副会長に立候補すれば圧勝は目に見えている。

 葛城を生徒会の役職を与えるのには、最も有効な手段だったわけだ」

「僕をかいかぶりすぎですよ。

 僕は野球に専念したいから生徒会長を拒否しただけです」

「さぁ・・・どうだかな?

 ・・・まぁ、オマエがそう言うなら、それでも良いさ。・・・だがな、海跳」

「はい。」

「葛城は優秀で熱意もあるが、

 些か自己主張に陶酔しやすく、他人の意見に耳を傾けない時がある。

 オマエが、若輩な生徒会長を、キチンと導いてやるんだぞ」

「はい、そのつもりです。

 だから、副会長の座は、誰にも譲るつもりはありませんでした」

「オマエのその自信ならば、問題は無さそうだな。来年の生徒会を頼んだぞっ!」


 エールを込めて、海跳の肩を力強く叩く旧生徒会長。海跳は軽く頭を下げてエールを受け取る。海跳の表情を見た旧生徒会長は、安心をして踵を返して立ち去ろうとするが、2歩ほど進んだところで立ち止まり、背中越しに海跳に語りかけた。


「何でも卒無くこなすオマエに、もう一つアドバイスだ。

 大局を先見的に見通すのは見事だが、たまには“個”への執着を優先させろよ」

「・・・はぁ?」

「裏で“イイヒト”を演じていても好きになった女は落とせない。

 一緒にいたいなら、学校全体を欺く策など労せず、素直に意思表示をしろ。

 時には、自分が男であるアピールも必要だ。

 特に、相手が“自分の才能磨きが優先の堅物”の場合は・・・な」

「・・・・・・・な、なんのことでしょう?」

「さぁな?」


 立ち去っていく旧生徒会長。海跳はグラウンドを見下ろしながら呟いた。


「そんな下心で、生徒会長を押し付けたわけじゃありませんよ。

 僕は、一生懸命な子を応援したい・・・守ってやりたい・・・

 ただ、それだけです」


 もし、海跳の呟きが聞こえていたら、旧生徒会長はアドバイスの追加をしただろう。「その感情は恋だ」と。

 しかし、海跳にとって最も不足したアドバイスは海跳に受け入れられないまま、上級生達は3月の始めに卒業をして、新しい年度が訪れた。




-春-


 海跳にとっては高校生活最後の一年。少年野球を楽しんだ者の大半が夢にしてきた“甲子園出場”のチャンスはあと1回。夏の高校野球・地方大会の開幕までは3ヶ月を切っていた。地方大会の優勝候補には程遠い優麗高野球部だが、3年生最後の夏を後悔しない為に気合いが入る。

 朝練の為に始業より1時間半ほど早く学校に来た海跳は、生徒玄関に向かう麻由に声を掛けて並んで歩く。


「早いな、生徒会長。弓道部も朝練か?」

「おはようございます、副会長。

 いえ、弓道部の先輩方は野球部ほどの熱意は無いので、朝練はありません。

 私は、昨日、校内で起きたことを把握したいので、

 各クラスの学級日誌に目を通すつもりです」

「熱心だな。頑張れよ!」

「はい、ありがとうございます。副会長も、野球、頑張ってください」

「おう、サンキュー!

 来週の生徒総会のレジュメは明日までに纏まりそうか?」

「はい、本日中には纏まる予定です」

「押し付けてばかりですまない。では、明後日、生徒会室で」


 海跳はグラウンドに向かい、麻由は立ち止まって、海跳の背を見送ってから生徒玄関に入る。麻由は、内心では焦っていた。「学級日誌に目を通す」のは事実だが、それだけが目的ならば、こんなに早く学校に来る必要はない。早く学校に来た真の目的は、校長室で交際相手と会う為だ。


 野球部の朝練は、ランニング、ストレッチ、キャッチボール、筋トレ、素振り等々で球感と体を作り、朝はオーバーワークで肉体を追い込むことはしない。市内2番目の進学校では、部活動の結果よりも学業が優先。朝練で体力が消耗して授業に集中できなくなったら本末転倒だ。朝練から肉体を追い込んでも、キチンと授業に参加できる生徒が数人程度はいるが、それは、あくまでも“トップクラスの選ばれし者”だけ。朝のメニューは一般生徒の合わせて作られている。


 石松英邦は、毎朝、武道場にある土俵(土俵マット)に挨拶をして、四股を踏んで心身に気合いを入れる為に、始業より30分程度早く登校をしてくる。ネット裏から何気なく野球部の練習を眺めながら歩いていたら、キャッチボール中の海跳が見えた。海跳の投げたボールが、ペアを組んでいるチームメイトのグローブに小気味の良い音を立てて収まる。

 英邦と海跳が交流を持って1年が経過をした。野球は、小学生時代に近所の公園に同世代で集まって、好みのプロ野球チームのキャップを被って、ビニールバッドとゴムボールと素手(グローブ無し)でプレイした経験しか無い英邦だが、海跳の野球への情熱と上手さは知っている。もし彼が学業は度外視の県内有数の野球名門校に進学していたならば、キャプテン・3番・ショートと言う花形ポジションは無理でも、今よりも知名度は上がっていただろう。


「・・・頑張れよ、海跳!」


 試合に“絶対”は無い。注目されていないチームが強豪を破って金星を得る事など、高校野球では頻繁にある。秋の新人戦で優勝候補と目されながら、調子を崩して3位に甘んじた英邦だからこそ、それがよく解る。互いに高校生活最後の夏。英邦は、海跳へのエールを呟き、稽古場へと向かった。




-翌週・生徒総会-


 今年度の優麗高生徒会の活動内容、活動目的、スローガンの説明が終わり、質疑の時間となる。いくつかの質問が発せられたが、各委員長が説明をすると、直ぐに納得をして引き下がった。ただ一人、ちょっと変わった娘がいた。


「2年B組のミナガワですっ!

 学食にコッテリ背脂ラーメンと、

 ごはんの超大盛りをリクエストしてるんですが、

 なんで、ちっとも叶えてもらえないんですかっ?

 あと、購買部のパンの販売ゎ、お昼休みだけぢゃなくて、

 普通の休み時間と放課後もやってほしいですっ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×生徒会役員

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×全校

「くすくすくすっ」×生徒の一部


 ごはんの超大盛りと放課後に余ったパンの販売はともかく、学食でコッテリ背脂と昼休み前のパンの販売は有り得ない。なによりも、購買部と学食は、生徒会、及び、各委員会の範疇ではない。しかし、質疑には答えなければならないので、仕方が無く、生徒会長の麻由が代表で回答をする。


「その質疑は、生徒総会とは関係が無いので、回答をできません」

「んぁっ!なら、セートカイからもお願いしてくださいっ!」

「それは、私達の職務を逸脱しています」

「でもでも、生徒のお願いをセンセー達に伝えるのも、

 生徒会の仕事ぢゃないんですか?」

「た、確かにそうですが、

 私達が『必要無い』と判断する意見まで伝える必要はありません!」

「えぇっ?なんで、まだ会議もしていないのに必要無いんですか?」


「あ、あのねぇ!あなた、解らないのですか!?

 学食には健康面を考えた栄養バランスに優れたメニューが用意されています!

 背脂タップリなんて、そんな不健康なメニューを用意するなんてっ!」

「うへぇ?なんでなんで?

 背脂のラーメン屋さんゎフケンコーなラーメンをお客さんに食べさせてるの?」

「そ、そうは言いませんが・・・」

「んぁぁっ!

 セートカイチョーさんて、コッテリ背脂ラーメン食べたことなぃのっ!?

 食べたこと無いのにダメって言ってるのぉ??

 美味しぃんだょぉ!今度、食べてみてょっ!」

「ぬぐぐっ!た、食べなくても解りますっ!

 購買部に至っては論外ですっ!

 お昼休み前にパンを販売するなんて有り得ませんっ!」


 ステージ脇の役員席で海跳が苦笑をしながら眺める。麻由が、理詰めで論破されてるってワケではなく、勢いで押されている。昨年度の生徒会内での露骨な麻由潰しとは違うが、麻由が怯んでいる。麻由が感情的に怒鳴っているのは珍しい光景だ。


 結局、議論は“意地の張り合い”に近い状態のまま平行線となり、冨久副会長の提案により、購買部に持ち越されることになった。そして後日、昼休み前のパンの販売と、学食での背脂ラーメンは却下されたが、「ごはんの超大盛り」は受け入れられる。

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