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2年生編⑤・麻由の涙~海跳vs黒井

-翌日の放課後・生徒会室-


 麻由が作成した『生徒会役員選挙・改変』を元に議論をする予定になっていた。だが、完成をさせて、昨日のうちに生徒会室に置いたはずの資料が紛失。麻由は動揺して、黒井が勝ち誇った表情でケチを付ける。


「そ・・・そんな・・・なんで無いの?」

「おいおい、正直に言えよ!無くなったんじゃなくて、作れなかったんだろ!?」

「ち、違います!間違いなく、昨日ここにっ!」

「はいはい、出たよ、できない奴の見え透いた言い訳な!

 付き合ってらんね!サッサと帰ろうぜ!」

「ま、待ってください!資料のソースなら、半分はスマホの中にっ!」

「はぁ?まさか、資料を配らずに、スマホを見ながら口で説明する気?

 俺達3年生は受験生なんだぞ!貴重な勉強の時間を妨害するつもりか!?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「終わり終わり!はい、解散っ!」


 資料が無いのでは話にならない。黒井が皆を追い立てるようにして生徒会室から退出させる。皆、引き攣った表情の麻由に掛ける言葉を見付けらず、麻由を尻目に見ながら生徒会室から出ていく。


「バカバカしすぎて相手にしてらんね!行こうぜ、生徒会長!行こうぜ、冨久!」

「あ・・・あぁ。」 「・・・はい」


 海跳と生徒会長も黒井に追い立てられて退出をする。2人とも、麻由が嘘をつく人間でない事は知っている。彼女は間違いなく作って生徒会室に持ち込んだ。そして、麻由を目の敵にしている黒井が「どうせ無い」と言っているなら探しても無駄。資料は何処かに紛れ込んだのではなく、悪意有る者の手で“意図的”に紛失したのだろう。

 だが、証拠は無く、あくまでも想像の範疇だ。麻由に助け船を出す事はできない。海跳は、昨日のうちに運び込まれた資料に目を通しておけば、「資料は間違いなくあった」と麻由を庇えたはずと申し訳なく感じながら生徒玄関を出てグラウンドに向かう。


「あ・・・しまった」


 生徒会室に数学の教科書を忘れてきた。メンバーが集まるまで問題集を広げて予習しており、資料の紛失騒動で動揺をして、その後、強制的に生徒会室から追い出されたので、置いてきてしまった。海跳は、階段を3階まで一気に駆け上がり、廊下をダッシュして、生徒会室に到着して扉に手をかける。


〈・・・うっ・・・うぅぅっ・・・ぐすん・・・ぐすん〉

「・・・!???」


 扉を開けようとした海跳の手が止まる。室内から嗚咽が聞こえる。息を潜め、隙間からコッソリと室内を覗き込む。


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・葛城?)


 初めて見た。常に気丈で、やり込められて閉息しても、決して弱音を吐かなかった麻由が泣いている。

 誰もいなくなった部屋の隅で蹲り、壁に凭れ掛かって顔を膝に埋め、肩を振るわせて涙を流している。

 以前から、なんとなく気付いていた。葛城麻由は、悪意ある行為に対して脆い。彼女は、間違いなく人並み以上の才能を持っているが、彼女がここまで成り上がったのは、才能ではなく努力を惜しまないからだ。しかし、今回は、努力を一見もされる事無く、悪意に踏みにじられ、気持ちが折れてしまったようだ。


 扉を開け、声を掛けて慰めてやるべきか?資料作りを手伝い、敵ばかりではないと勇気付けるべきか?


(・・・いや、違うな)


 彼女にはプライドがある。おそらく、海跳の申し出は拒むし、泣き顔は見られたくないだろう。もし、彼女の弱みを見てしまったら、彼女は2度と、気丈な葛城麻由を見せてくれないのではないか?そんな気がする。

 海跳は、生徒会室の扉を開ける事ができず、しばらく壁に凭れ掛かって彼女の泣き声を聞いたあと、その場から立ち去っていった。




-相撲部の練習場(武道場)-


 顔を出した海跳が、練習中の英邦を手招きする。


「どぎゃんしたんや?野球部は休みか?」

「いや、活動している。・・・だが、サボろうと思っている」

「・・・ん?」

「なぁ、英邦?」

「ぶひぃ?」

「この埋め合わせは必ずする。今から用心棒を頼まれてくれないか?」


 海跳が野球部をサボるなんて、英邦の知る限りでは初めてだ。そして、英邦に「相撲部を休んでくれ」と頼むのも初めてだ。


「なんかあったんか?」

「あぁ・・・ちょっとな」


 海跳のいつになく真剣な表情を見た英邦は、余計なことは聞かずに了承をしてくれた。


「すまん。至急、文架大橋の下(河川敷)に行って、しばらく待機してくれ」

「カツ丼大盛り、ラーメン全乗せ、次ん試験の攻略法伝授で手ば打ってやる」

「お安い御用だ!」


 海跳は、英邦に礼を言い、駐輪場に向かう。

 “奴”はバカではない。だが、小心者だ。生徒会内での険悪さは、被害者の麻由を除く全員が把握している。奴自身も承知しているだろう。だから奴は、自分が下校したあと、他の役員達が「アイツが犯人じゃね?」と噂を立てないように注意を払うはずだ。直ぐには下校せずに、自分が疑われていないか確認をして、会話の中に白々しく昨日のアリバイを挟む。つまり、まだ校内にいる。


 やがて、海跳の予想通り、奴が生徒会長と一緒に駐輪場に出現をした。おそらく、白々しいアリバイ説明をしているのだろう。聞き役の生徒会長は「はいはい」と半分上の空だ。


「黒井先輩!」


 海跳は「可愛い後輩」の表情を作って駆け寄る。


「おう、どうした、冨久?部活は?」

「サボります。ちょっと相談があるんですが」

「俺に?それとも俺達(生徒会長も一緒)に?」

「スミマセン!黒井さんだけに・・・です」

「あぁ、そっか?オマエから相談なんて珍しいな」


 生徒会長は、海跳の表情から一定の決意を読み取った。「じゃ、俺はこれで」と挨拶をして自転車に跨がり、ペダルを漕いで海跳と黒井から離れ、軽く振り返って遠目に眺めながら呟いた。


(怖い怖い。誰とでも仲良く付き合う海跳の堪忍袋が切れたか?)


 一方、生徒会長を見送った後、海跳と黒井は自転車を並走させて下校をする。


「忙しい時期なのにスミマセンね」

「何の相談だ?」

「優高生に聞かれたくないので、もう少し学校を離れてから・・・」

「・・・・・・・・・・・」


 黒井は「資料紛失の犯人扱い」を警戒する。海跳は警戒されている空気を感じる。重苦しい雰囲気だが、英邦を待機させた場所に誘い出すまでは、当たり障りの無い会話で間を埋める。やがて、2人は文架大橋に差し掛かった。海跳は深呼吸をして笑顔を作る。


「実は、相談もありますが、黒井さんと飯を食って乾杯をしたい気分なんです!」


 黒井を見て微笑む海跳。一方の黒井は、海跳が上機嫌な理由が解らずに首を傾げたが、「資料紛失の犯人扱い」をされているワケではなさそうなので少し警戒心を解く。


「ん?何があった?」

「座って話しませんか?」

「ああ・・・おう」


 2人は、橋から堤防上に降りて自転車を停め、身近なベンチに腰を降ろす。


「・・・で?なんで乾杯なんだ?」

「葛城ですよ!僕、アイツの事が大嫌いなんです!

 だから、資料が無いとか言い出した時の、泣きそうな顔見て気分良くて!」

「・・・ん?オマエ、Sっ気あるのか?」

「いやいや、そう言うんじゃなくて、マジで葛城にムカついているんです。

 一年のクセに偉そうで、余計な議案ばかり発議して面倒臭いです」

「あぁ・・・そ、そう・・・かもな」

「球技大会でも姑息な作戦で優勝して・・・僕、あんな勝ち方、認めませんよ。

 黒井さんだって、アイツの組に負けたんですよね?」

「確かに・・・俺も、葛城の事は、少し生意気と思っていたが、

 まさか冨久が、そんなに嫌っていたとは思いもしなかったな」

「大嫌いですよ!

 さっきの、資料が無くなったってのだって、実際はどうなんだか?

 作ってないのに嘘をついてるのか?本当に作ったのに無くなったのか?

 まぁ、僕としては『作ったのに無くなった』の方が嬉しいんですけどね」

「おいおい、その発言はマズくないか?」

「マズくないですよ!無くなったって事は誰か犯人がいるって事ですよね?

 つまり、僕以外にも、アイツを嫌ってる人いるってことです!」

「まぁ・・・そうなるか」


 海跳は、敢えて「黒井が引く」くらい「葛城麻由が嫌い」な演技をする。


「他の役員だって、アイツの事を嫌っている人の方が多いみたいですよ。

 現に、たびたび黒井さんが葛城を論破するのを見て、

『さすがは黒井さん』とか『清々した』って意見、多いですからね」

「へぇ~・・・そうだったのか?そりゃ、まぁ・・・俺なりには反論するさ。

 アイツの暴走で生徒会を引っ繰り返されちゃ、たまらんからな」

「僕や生徒会長を含めて、他の誰も、アイツのヘラズ口を封じる事ができない。

 ちゃんと実行して、皆の期待に応えてくれるのは黒井さんだけです。」

「おいおい・・・言い過ぎだ」

「いやいや、みんな、黒井様々って思ってますよ!

 だからこそ、今日の相談です!」

「・・・ん?」


 言葉では窘めているが、引き気味だった黒井の表情が、だらしなく解れていく。


「僕、あんな不協和音、生徒会から追い出したいと思っています!

 来年も黒井さんがいてくれれば問題無いんですが、もうすぐ引退してしまう」

「まぁ、卒業するんだから、そうなるよな」

「だから、その前に、葛城を追い出さなきゃなんです!」

「生徒会長には相談してみたのか?」

「いえ、日和見な生徒会長に相談しても、期待する答えは得られません。

 やはり、黒井さんです。どうやれば、黒井さんみたいに上手くできますか?」

「なるほど・・・そういう事な」


 黒井は必死な海跳を見て、満足そうに微笑む。自分のやってきた事は、皆から評価をされていたようだ。何よりも、校内での人望トップクラスの冨久海跳から支持をされていたのは嬉しい。


「葛城は、口が達者だが隙が多い。言い分を良く聞いて隙を見つけ出せ。

 その隙を突くだけで、アイツは簡単にフリーズする」

「え?どういう事ですか?」

「アイツは、自分の意見を正しいと思い込みすぎている。

 だから、少しの矛盾を突いて勢いを封じて、

 あとは、論点をズラしてしまえば、アイツの意見は破綻する」

「む、難しいですね・・・

 多分、そんな高度なスキル、黒井さんしか持っていませんよ」


 海跳は、黒井が説明する麻由の弱点には気付いており、春に同じ手段で麻由を沈黙させた。だが、あえて「知らなかった」「自分には出来ない」フリをする。


「う~ん・・・そうかもな。だったら葛城が一生懸命にやった事を潰せ」

「頑張ったことを評価されなければ、誰でもテンションが下がるのでは?」

「まぁ、そうなんだけど、他の連中と比べて、葛城は極端に脆いんだ」

「も、もう少し具体的に・・・」


 黒井は、スッカリと海跳を信じ込み、立ち上がって遠い目で山頭野川の下流方向を眺めた。


「今頃は・・・海まで流れているかな?」

「・・・は?何が?ですか?」

「葛城が作った資料。」

「・・・は?(来た来たっ!待ってました!)」

「オマエにだけは教えてやるよ。

 葛城が作って生徒会室に持ち込んだ資料、持ち出して処分したの俺なんだ。

 昨日、橋の上から川に捨てた」

「そ、そうだったんですか?(おいおい、ここが犯行現場かよ?)」

「アイツにデカい面をさせない為に・・・な」

「・・・・・・へぇ~~」


 立ち上がり、体の正面を黒井側に向けて頭を下げる海跳。


「ありがとうございます!」

「おうっ!」


 黒井は、海跳が「黒井の行動に対して礼を言った」と勘違いをして、誇らしげな表情で「来年は頼んだぞ、後輩」と言わんばかりに、海跳の肩をポンポンと叩いた・・・が、頭を上げた海跳は、前髪を整えてメガネを上げ、先ほどまでの穏やかな表情とは違い、挑戦的な眼で黒井を睨み付けている。


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