32-2・田木モータース~尊の写真
-優麗高・2A-
「関西弁の爺ちゃん・・・居たょぅな、居なかったょぅなっ・・・
あぁっっ!!そぅ言えばっ!」
「心当たりがあるのですか!?」
「ァタシが火車と戦ってケガした時に、治療してくれたぉ医者さん!
関西弁の爺ちゃんだった!」
(・・・・・・げっ、思い出しちゃった)
天井裏の有紀の表情が険しくなり、【忘却の金槌】を握る手に力が篭った。「今の一連のやり取りや粉木に関する記憶を吹っ飛ばそう」と思ったが、人間とは生体が異なるバルミィに通用しなかったら厄介だ。どう対処しようかと悩みつつ、気配を殺して成り行きを見守る。
「その病院は、何処にあるのだ?」
「陽快町だょ。粉木せーけー外科ってゆーの」
「そんなん、あったっけ?」
「ぁんま目立たなぃ、ちっちゃぃ病院・・・ってか、ぉ家みたいなとこだった」
「行ってみるばるか?」
問題は「仮に粉木という老人が異獣サマナーアデスだったとしても、どう追及して暴くか?」だろう。
「フツーに『じぃちゃんゎサマナーなの?』って聞けばイイんぢゃね?」
「そ、それはストレートすぎますよ!
このような場合は、先ずは信頼関係を・・・」
「麻由の作戦だと、毎日通ったとしても、聞けるのは数ヶ月後だな。
そんなに時間をかけるつもりなのか?
紅葉はストレートすぎ、麻由は悠長すぎ、真ん中の意見は無いのかよ?
世間話に交えて、最近の文架市で起きている事件の話題を振る。
火車事件に話題を集中させて、様子を見る。
戦闘参加者しか知らないはずの事実を口走ったら、そこを突く。
そんな感じだろな」
「おぉっ!ミポリンの得意な“鶏の足の唐揚げ”ですね!」
「んぁっ!?ミホの得意料理なの!?
男の人ぉ陥落するにゎ、まず胃袋からってこと?」
「やれば出来るだろうけど、得意料理にしたつもりは無いし、
そんなモンを持っていくなんて一言も言ってね~ぞ!」
「ジャンヌさん、それを言うなら『揚げ足を取る』だよ」
少々話が脱線したが、方針は決まった。
「ぢゃ、今週の土曜日、みんなで行ってみよ~!」
「えっ?今週の土曜ですか?」
「弓道部の練習があんのか?1日中って事は無いんだろ?
午前か午後か、空いてる方で行けばイイだろ」
「い、いえ・・・それも有りますが、
土曜日は、私とジャンヌは別の予定が・・・」
麻由は“スズキ・TS250ハスラーⅢ型”の行方を追う為に、祖父の友人を訪ねるつもりだった。
「なるほどな。それはそれで興味深いな。
なら、オマエ等はジイサンの友達のところに行け。
粉木整形は、あたし達で行く。
あたし以外の異獣サマナーが存在するってのは、
オマエ(麻由)だけじゃなくて、あたしも知りたいからな」
美穂は、話ながらポケットの中のサマナーホルダを握りしめる。粉木医師が異獣サマナーなら、麻由の祖父の遺品の意味を知りたい。そして、同時に、真次郎の遺品の意味を知りたかった。
「ところで、紅葉。『殿方を陥落するには胃袋から』とはどういう意味ですか?
手料理に毒薬を混ぜて男性を殺害するって意味でしょうか?」
「んへぇっ?」
「ま、麻由ちゃん、博識なのに『男の胃袋を掴む』って格言をを知らないの?」
「マユユが知らないなんて意外だな。
『男の胃袋を掴む』とは、磔にした男の腹を割いて、内臓を引き摺り・・・」
「ジャンヌ・・・それは、格言じゃなくて処刑方法ばる。
ボクが地球の食べ物に感激して、
地球人に興味を持ったのと同じ意味ばるよね?」
「なんで、宇宙人のバルミィの方が、日本語の恋愛の格言に詳しいんだよ?
紅葉は紅葉で、男心掴む知識はあるけど、それ恋愛に生かすスキルは皆無だし」
「出来るもんっ!!素敵なカレシ、そのぅち出来るもんっ!!」
美穂のツッコミを紅葉がムキになって反論したのがキッカケで話が脱線して、恋バナでガールズトークが盛り上がる。
-土曜日-
午前中に弓道部の活動をした麻由は、正門前にジャンヌに迎え来てもらって、ユニコーンバイクで小学校を卒業するまで居候させてもらった家に向かった。目的地には『田木モータース』という看板が掲げられている。自宅も兼ねた小さい店だ。
「ここが、マユユが“穀潰し”をした場所ですか?」
「ジャンヌ・・・それは、自分の立場を理解して喋っているのでしょうか?」
近寄ったら、狭い作業場に3台のバイクが並んでいる。奥に目を向けると、パソコンが置かれた事務机と椅子。様々な工具が棚に置かれ、素人には用途不明な工作機械が幾つか見える。
そして、店の中央で、整備士が入口に背を向けて作業をしている。
「たのもー!」
「ジャ、ジャンヌ・・・そんな挨拶を一体何処で覚えたのですか?
ごめんください、お久しぶりです」
「ん!?」
白髪頭で精悍な顔と引き締まった体躯の男性が振り返り、麻由を見て少し驚き、まるで孫でも眺めるように目を細めて満面の笑みを浮かべた。
「麻由嬢ちゃんか!?」
「はい、お久しぶりです、田木さん」
「前に来たのは何年前だったかな?随分と大人っぽくなったな」
「2年前に高校合格のご挨拶に覗った以来ですね。
ご無沙汰してしまって申し訳ありません」
「いやいや、まだ、こんなオッサンのことを気に止めていてくれたんだな。
遊びに来てくれて嬉しいよ。
悪いが、今の作業にもう10分くらいかかるから、奥で待っていてくれ」
麻由は少し恥ずかしそうに苦笑する。田木は「気に止めていてくれた」と喜んでくれた。しかし、麻由は、この家には3年くらいお世話になったにも係わらず、祖父の思い出に浸らなければ、このタイミングで会いに来るつもりは無かった。だから、田木の喜ぶ声を聞いて、「自分は少し薄情」と感じてしまう。
「麻由嬢ちゃんの知った家だ。適当に茶や菓子を引っ張り出してて構わね~よ」
「はい、ありがとうございます」
田木が言った通り、この家は麻由が使い勝手を知った家。小学生時代に「ただいま帰りました」と言って入ったように、工場を通過して奥の座敷に上がろうとして、何気なく見た事務机上の写真立てに視線を奪われた。
「こ、このバイクって?」
バイクの形なんて覚えてなかったが、直感的に解った。写真に写ったバイクが、麻由がイメージしていたバイクだ。まだ黒髪な昭兵衛と若い時の田木が両サイドに並び、見知らぬ精悍な顔の男が真ん中でバイクに跨がっている。まさか、いきなり目的のバイクの手掛かりに辿り着くとは思ってなかった。
「はははっ、覚えてんのかい?
麻由嬢ちゃん、そのバイクに跨がって、
おやっさんに怒鳴りつけられた事が有ったっけな。
あの時は、おやっさんを宥めに行った俺まで怒鳴られて大変だったぞ」
「あ、あの時は、申し訳ありませんでした」
「そんなつもりで言ったんじゃない。気にすんな」
恥ずかしそうに肩をすくめる麻由。一方のジャンヌは、真ん中に写った男と麻由の顔を、不思議そうに何度も交互に見ている。
「マユユ?あの写真の真ん中に写った人物が、御尊父の隼人殿でしょうか?」
「私も一瞬、そう思ってしまいましたが別人ね。
お父さんだとすれば、お爺ちゃんや田木さんが若すぎます。
どなたなんでしょうね?お爺ちゃんかお婆ちゃんの兄弟かしら?」
「な、なるほど・・・兄弟・・・ですか」
麻由は、居間に上がって卓袱台の上の新聞を読み、ジャンヌは居間の上がり口に腰を降ろして工場を眺める。
「ん?連れの白人さんは、バイクに興味があるのかい?」
「はい。バイクには美しさを感じます」
「おぉっ!解ってるじゃん、良い事言うね!」
田木の質問にジャンヌが答える。やがて作業に一区切りをつけた田木が、麻由とジャンヌが待つ居間に上がってきた。
「急にどうした?何か困ったことでもあるのかい?」
「い、いえ、困ったことは無いのですが、あの写真のバイクのことで・・・」
「ん?『あのバイク』って“スズキ・TS250ハスラー”の事かい?」
田木が、工場のデスクから写真立てを持ってきて、卓袱台の上に置く。
「急に、お爺ちゃんに怒られたことを思い出してしまって、
なんであんなに怒ったのか、不思議に感じてましてね。
確かに、他人のバイクに無断で乗った私が悪いんでしょうけど、
他にも理由があるのでは?と思いまして、田木さんなら何かご存じかと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
田木は、しばらく黙り込んで考え、「お茶も出さないで悪かった」とポットの湯を急須に入れて湯飲み茶碗に注いで差し出し、自身も茶を飲みながら言葉を選らんで話し始めた。
「おやっさんの、亡くなった親友のバイクなんだ。
可愛い麻由嬢ちゃんにも触れて欲しくない、特別なバイクだったんだろうな」
「亡くなった?」
「写真に写った殿方か?」
「あぁ、そうだ。50年も前にな。
名前は本条尊。
“スズキ・TS250ハスラーⅢ”の持ち主だ。
おやっさんの秘蔵っ子でな、レーサーとしての資質が俺等とは桁違いだった。
鍛え上げりゃ、世界チャンピオンも狙える器だったろうな。
しかも、一流大学の大学院きっての秀才な上に、武道の達人でスポーツ万能。
ツラの造りも見ての通り、おまけに性格も良くて非の打ち所がない奴だ」
「凄い方なんですね。もし生きておられたら、70代くらいでしょうか?
お会いしてみたかったですね」
「学業優秀で、スポーツ万能で、容姿が良くて、人望有り・・・ですか。
それでいて、何処か天然とか、度胸が無いとか、直ぐに動揺する等の悪癖は?」
「ん?そんな短所は無かったと思うが、急にどうしたんだ?」
「本条さんが、田木さんの仰るような有能な人物なら、
そんな変な短所は無いと思いますよ」
(目の前に、全般的に非の打ち所が無いクセに、
変な短所だらけのマユユが居るから聞いているのだがな)
ジャンヌは、何度も麻由と写真の“本条尊”を比べて眺める。田木はジャンヌが疑問を持っている事に気付いたが、あえて気付かないフリをする。
「だがな、そんなにスゲー奴でも死んじまったらどうにもならね~よな」
「病気かなにかで?」
「おやっさんからは、事故と聞いてる・・・
通夜に駆け付けたら、もう荼毘に付されてた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
しばしの沈黙。麻由とジャンヌは無言で茶を啜り、田木は物思いに耽りながらタバコを取り出して咥えたが、2人を見て「あ、いけね」と箱に戻した。
「写真のバイク(スズキ・TS250ハスラーⅢ)はどうなったのでしょうか?」
私がお爺ちゃんに怒られて以来、無くなってしまいましたよね?」
「さぁな。処分したのか売ったのか・・・俺も聞いてない。
おやっさんは、尊が亡くなって以降は、尊のことは話したがらなかったからな」
「そ、そうですか」
麻由は「亡くなった親友のバイクに勝手に乗ったから、昭兵衛に激怒された」と何となく納得できた。
田木は、「麻由の父・隼人と、隼人の母の美琴について、50年前の葛城モータース内で、ある噂が有った」事を知っているが、麻由が動揺する可能性が高い噂を説明するつもりは無い。そして、「尊が葛城モータースに出入りしていた時期に、同じように顔を出していた関西人が今も生存していること」は、生前の昭兵衛に口止めされている。
その後3人は、麻由がこの家に居候をしていた頃の思い出話に花を咲かせた。




