32-1・遺品のサマナーホルダ
―麻由のマンション・夕食後―
麻由が温かい紅茶を2杯分淹れてリビングのテーブルに運び、ジャンヌを呼ぶ。2人でソファーに座って、紅茶を一口飲んで一息ついた。
これは、時間に余裕がある時の食後のルーティン。1人暮らしをしていた頃はコーヒーを飲んでいたが、最近は居候の好みに合わせて紅茶を飲んでいる。
ティータイムをしながら、麻由の「学校での出来事」や、ジャンヌの「文架市散策記」を話すのだが、今日はお互いに変わったことが無かった。ジャンヌは「これも1つの機会」と、棚に置かれた写真立てに視線を向ける。
「優しそうなお爺様ですね」
つられて麻由も棚に視線を向ける。2人の視線の先には、亡き祖父・葛城昭兵衛と幼い時の麻由が『葛城レーシング』のガレージで、並んで写った写真が飾られている。写真の祖父は穏やかな笑みを浮かべていた。
早くに両親を喪った麻由は、昭兵衛に引き取られた。両親を亡くした直後は寂しくて泣いてばかりだったが、昭兵衛に励まされ愛され幸せだった。
「はい、いつも優しく見守ってくださいました」
「どんなお爺様だったのですか?」
「・・・おやっさん」
「ん?」
「周りの方からは、そう呼ばれていたんです」
普通なら、麻由の祖父・昭兵衛は、従業員やお客さんに「社長」や「店長」と呼ばれる立場なのだが、皆には親しみを込めて「おやっさん」と呼ばれていた。
「おやっさん・・・ですか。
なるほど、極道の者が、血縁の無い目上の者を、
親父や叔父貴や兄貴と呼ぶのと同じですね」
「テ、テレビの知識ですか?
同じと言えば同じですが・・・あまり同一にして欲しくありません」
ジャンヌは写真立てに近付いて、手に取って眺める。
「お婆様の写真は無いのですか?」
「お爺ちゃんの遺品を探せば有ると思いますが、
お父さんを産んで直ぐに亡くなったらしくて、
私は、お目にかかった事が無いんです」
「そ、それは失礼した。マユユは、お爺様の男手1つで育てられたのですね」
「一度、『何でこの程度?』って事で凄く怒られたのを鮮明に覚えています」
麻由は、そう言って、当時のことを思い出す。
-回想-
客から預かったバイクを修理する作業場とは別に、人目を憚るように奥にもう一つの作業場があった。ある日、いつも厳重に施錠されているはずの作業場のシャッターが開いていた。幼い麻由は、1台だけポツンと置かれてたバイクを見付ける。バイクは全部同じに見える麻由だが、そのバイクだけは“特別”に見えた。バイクに「おいでおいで」と手招きされた気がして、近くに有った踏み台を持ってきて、足場にしてバイクに跨がってみる。
なんだろう?背中の大きな誰かにおんぶをしてもらってる気分。お爺ちゃんにおんぶをしてもらってるのとは少し違う。「バイクに乗る」っていうのはこんな気分になるのかな?
「コラァッッッ!!何やってるんだっっ!!!」
昭兵衛が入ってきて麻由を怒鳴りつける。
「よく解んないんだけど、バイクが私のことを呼んで・・・」
麻由の言葉を聞いた昭兵衛は、今まで見たことも無いような怖い表情になった。
「直ぐ降りなさいっ!!」
「ひぃぃっっ!!」
驚いた麻由は慌ててバイクから降りようとしたけど、上手く降りられなくて床に転落する。いつもの昭兵衛なら直ぐに麻由を気遣うが、その時だけは違った。バイクをシートで隠して、「2度と近付くな!」と麻由を作業場から遠ざける。麻由は、別人みたいな昭兵衛の迫力に気圧されて泣き出した。
「バイクに呼ばれた」なんて信じてもらえるわけがない。そんな下手な言い訳をしたのだから、怒られて当然。だけど、麻由は本当に、バイクに呼ばれたような気がしたのだ。
「麻由・・・さっきは、すまなかったな」
「・・・お爺ちゃん」
十数分後、昭兵衛は、部屋で1人で寂しそうに座っていた麻由の隣に座って謝罪をする。いつもの、優しいお爺ちゃんに戻っていた。
「あのバイクはな、お爺ちゃんの大切な友達のバイクなんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ワシにとって、この世で一番大切なのは麻由だ。
だけど、あのバイクも同じくらい大切でな」
いつもの優しいお爺ちゃんで安心したけど、「麻由とバイクが同じくらい大切」なのは少し不満だった。麻由は知らないことだが、そのバイクは“スズキ・TS250ハスラーⅢ型”と言う。数日後、そのバイクは、葛城レーシングのガレージから無くなった。別の場所に移送されたのか、廃棄されてしまったのかは解らない。そのうち、勉強とか、流行りの遊びとか、他の事に興味が向いて忘れてしまった。
やがて昭兵衛が亡くなって葛城レーシングは解散。工場の跡地には、今は、麻由の住むマンションが建っている。
-回想終わり-
ジャンヌが写真立てを元の場所に戻して、麻由に視線を向ける。
「バイクに呼ばれた・・・ですか?そのバイクに“念’”でも隠っていたのだろうか?」
「さぁ、どうなんでしょう?幼い頃の記憶ですからね。私にもよく解りません」
「どんなバイクだったのですか?」
「それが・・・あんまり覚えてなくて。大きいバイクだったって事くらいしか。
ジャンヌは興味あるのですか?」
「はい。洗練された2輪のボディ。全身で風を受ける疾走感。
私自身がバイク乗りなので、興味があります」
「お爺ちゃんの遺品の中に、工場で写した写真が何枚か有ったので、
中に“そのバイク”の写真もあるかもしれません。探してみましょうか」
2人は和室に行って、押入れを空け、奥にあった古くて大きなダンボール箱を引っ張り出す。
中には、昭兵衛の腕時計や手帳等に混ざって、写真帳が入っている。早速、開いて確かめてみた。白黒写真の若き昭兵衛の時代は、後日ゆっくり見ることにして、確認作業はカラー写真の時代から始まる。
「ん?この美しい女性は?どことなくマユユの面影がありますね」
「この人は、美琴お婆ちゃんね」
「こちらの少年は?マユユと美琴殿に似ていますね」
「隼人お父様の子供時代ね」
「御母堂に似て眉目秀麗ですが、お爺様の要素が全くありませんね。
本当に、お爺様の血を引いているのですか?」
「ジ・・・ジャンヌ・・・。それは、お爺ちゃんに対して失礼です」
やがて、幼い日の麻由が写った写真も出てくる。・・・と言うか、写真に麻由が登場して以降は、麻由が中心の写真ばかりになり、小学生時代の麻由の誕生日会の写真が最後の一枚になって、アルバムは終わる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
いつの間にか、懐かしい写真を見ながら思い出話に浸って、「例の不思議なバイク探し」を忘れていた。ページを遡って探し始める。アルバムのあちこちに、昭兵衛や従業員達に囲まれたバイクは写っていたが、ジャンヌが「これか?」と聞く度に、麻由は「多分違う」と答える。「例もバイク」の形を覚えているわけではないが、どれもピンと来ない気がする。
麻由は、祖父が意図的に、アルバムの中から“スズキ・TS250ハスラーⅢ型”に繋がる要素を外していたことを知らない。
ただ、アルバムを見ながら「手掛かりになるかも?」と思えることはあった。昭兵衛と一緒に写っていた従業員の大半は今は何処で何をしているのか解らないが、ただ一人、田木一八だけは所在を知っている。昭兵衛の他界後、中学に入学するまで麻由の面倒を見て居候させてくれた人で、昭兵衛から学んだ技術を引き継いで、文架市内でバイク工場を営んでいた。高校受験合格後に挨拶に行ったきりだが、今も元気なのだろうか?
「休日になったら、久しぶりに訪ねてみようかしら」
「お供しても良いか?」
「構いませんが、手掛かりがあるかは解りませんよ」
「いえ・・・私は、バイクに興味があるので、
同行して、田木氏の扱うバイクを眺めているだけでも価値が有るのです」
「なら、土曜日になったら、田木さんのところに覗いましょう」
祖父のアルバムからは欲しい情報は得られないと判断した麻由は、アルバムを入れる為にダンボール箱を整理して目を見開いた。紙袋の破れた部分から、缶ケースのような物の一部が見える。移住する際に昭兵衛の遺品を纏めた時は、それが“祖父が大切に保管していた缶ケース”としか思わなかったが、今は、それが“ただの缶ケース”ではないと認識する。手に取った缶ケースは黒く焦げていて、所々に凹みがある。
「これは・・・ミポリンのサマナーホルダと同じ物?」
「まさか?お爺ちゃんが、異獣サマナーだった?
でも、美穂さんのホルダのように、紋章やカードは有りませんし、ただの偶然?
お爺ちゃんが戦っていたなんて話は、一度も聞いた事が有りませんし、
サマナーホルダに似た、全く関係の無い物・・・かもしれません」
気になった麻由は、箱の中から数冊の手帳を取り出して捲ってみるが、書いてあるのは麻由の幼稚園や小学校での予定ばかり。麻由の知りたい情報は何も無い。
「・・・ん?」
ジャンヌは“視線”を感じて振り返る。だが、そこには黒焦げのサマナーホルダが置いてあるだけだった。
-翌日の放課後・2A-
本日のミーティングにはバルミィとジャンヌも呼び出されていた。麻由に差し出された缶ケースを美穂が見つめ、ポケットからネメシスのサマナーホルダを取り出して見比べる。形状は同じだ。質感も同じように思える。
「これが爺さんの遺品の中に?」
「ふぇ~・・・ミホんのと同じだねぇ」
「麻由ちゃんのお爺ちゃんて、異獣サマナーだったの?」
「お爺ちゃんから、そんな話は聞いた事が有りません」
「そりゃ、まぁ、たいていは黙ってるだろ。
幼い孫に、『自分は悪い奴と戦っていた』って自慢するジジイなんて、
ロクな奴じゃないわなぁ」
「お爺ちゃんは、葛城昭兵衛という名なのですが、
美穂さん、心当たりはありませんか?」
「ジジイが元気だったのって、もう10年も前なんだろ?
あたしが異獣サマナーになったのは2年前。さすがに知らないな」
黒焦げの缶ケースはサマナーホルダで間違いなさそうだ。もしかしたら、真次郎だったら何か知っていたのだろうか?聞いてみたいが、不可能なことを想像しても仕方が無い。
美穂は「葵さんなら、何か情報を持ってるかな?」と呟きながら、スマホを取り出して電話をする。
〈あら、桐藤さん?貴女からの電話なんて珍しいわね〉
「ども!チョット聞きたいんだけど、
あたし以外に、あたし達みたいな事をしているヤツの噂って聞いたこと無い?」
〈貴女みたいって・・・異獣サマナーってことかしら?〉
「そうそれ!さすが葵さん、話早いね!
10年以上前にそんなヤツが居たかどうか?
チョット、調べてみてもらえませんか?」
〈なるほど、調べてみる価値はありそうね。
だけど、少なくても、貴女達以外に、もう一人は見たことあるわよ〉
「え!?マジで!?いつ!?どこで!?」
〈3ヶ月くらい前、文架市の国道で〉
「・・・あっ!そっか!」
美穂は、怜香に礼を言って通話を切る。火車戦の時に「アデス」と名乗ったサマナーが居たが、火車を倒した途端に姿を消したので、何者なのか聞くことすら出来なかった。
「なあ、紅葉、狐妖怪と戦った時にいた、
あたしのバッタモンみたいな黒いヤツ、覚えてるか?」
「んっ!もちろん!!」
「確か、ジジイっぽい感じだったよな?」
「そうだっけ?」
「カンサイベン喋ってたばるっ!」
「もし、その方がお爺ちゃんと同世代なら、
お爺ちゃんのことを知っているかもしれませんね」
「関西弁のお爺ちゃん・・・探してみようか?」
「どうやって探すんですか?関西弁のご老人なんて、かなり居ると思いますが」
「妙に馴れ馴れしかった気がする」
「ぅん!フレンドリ~だったねぇ。
最初見た時、ミホの友達かと思っちゃったモン!」
(や・・・やばいわね)
天井裏に隠れて紅葉達の監視をしていた有紀が、やや動揺しながら【忘却】と彫られた金槌を握りしめる。とんだ飛び火だ。紅葉は異獣サマナーアデスの変身者と面識がある。忘れた頃に正体を詮索されるなんて想像していなかった。娘達を【忘却】金槌でブン殴るべきか?いつもは「勉強しろ」と厳しい母親だが、この時ばかりは「娘よバカであれ!」「思い出すな!」と念じる。
-陽快町・YOUKAIミュージアム-
「な・・・何わけの解ね事しゃべっちゅんだ。わっきゃただの医者だ。
変身やら出来るわけがあれへん・・・ちゃう。変身など出来るわげがあらね。
・・・あ、あかん、一朝一夕じゃ、できへん」
有紀から報告を受けた「馴れ馴れしい関西弁のジジイ」は、慌てて青森弁と余所余所しい態度のレッスンを開始する。




