30-4・落花流水~怜香の接触と美穂の苛立ち
古くから建つ本陣アパート。今、このアパートに、美穂の思い出の人は住んでいない。
昨日、「切り捨てた記憶=嫌な記憶」と言われた美穂は、真っ先に此処を思い浮かべた。真次郎が住んでいた部屋に行けば、「お目当てのヴァルカン、もしくは、何らかのヒントがあるかもしれない」と考えた。だが、勘は外れたようだ。既に別の人が住んでいる部屋に、真次郎の私物が残っているはずは無い。もう一度、情報を分析する必要がありそうだ。
美穂達は、ボロアパートの前を通過して直ぐの交差点で進行方向を北に向け、鎮守の森公園を経由する。
「・・・あら?おはようございます」
公園内で、上下ウインドブレーカー姿でジョギング中の冨久海跳(3年生で前の生徒会副会長)とすれ違い、麻由と挨拶を交わす。
「おう、おはよう!早いな!」
さすがは、優麗高始まって以来の逸材と言われる御仁だ。3年生は受験勉強の真っ最中の時期だが、体力の維持にも抜かりは無いと言うべきか?ちゃんとしすぎと言うべきか?
高校3年生は2月になると、受験、及び、卒業後の準備で、ほとんど学校に来ない。自宅や予備校での受験勉強が中心になって、たまに登校日があって3月上旬に卒業する。今でも登校をしている3年生は、成績が芳しくなくて、補習が必要な生徒くらいだ。
海跳とすれ違ったあと、美穂が麻由&ジャンヌと足並みを揃えて、ボソリと呟く。
「アイツ、麻由しか見てなかったな。」
「本人は隠している素振りでしたが、瞳の奥に、執着が感じられた。
マユユに何らかの感情を抱いているようだな」
「私に文句でも言いたいのでしょうか?」
「さぁ・・・知らね。知りたきゃ本人に聞け」
「もう卒業される方ですから、聞いても意味がありませんよ」
少し後ろを走っていた紅葉がペースを上げて、美穂&麻由&ジャンヌと並ぶ。
「今日ゎDOCOSに寄らないの?おなか減っちゃったぁ」
「パトロン(山本)が居ないんだから寄らない。
麻由が金を出してくれるなら、行っても良いけど」
「おぉぉ!神のお恵みですか!?」 「ゴチになるばるっ!」
「麻由ちゃん、ありがとう!」 「よぉ~し!行こっ!」
「お断りしますっ!そもそも、財布を持ってきていません!」
スマホ決済も可能だが、麻由はキッパリと断った。
公園を抜けて、ショッピングモール前を通り、山頭野川を眺めながら文架大橋を渡り、川西堤防をアジト方面に向かって走る。先頭を走っていた美穂が、川の流れを眺めながらポツリと呟いた。
「落花流水・・・か」
「急にどうしたの、美穂さん?
その四文字熟語は春の景色だね。ちょっと季節外れだよ」
「・・・ん?ちょっとね」
真奈に質問をされた美穂は適当に誤魔化した。「落花流水」は、「過去の記憶を手繰り寄せろ」と共にバルドルが言った言葉だ。文字通り「散り落ちる花と流れる水」と言う意味。美穂は「時の流れ」=「思い出に変えた過去の出来事」と解釈をしている。
しかし、麻由と真奈は、ジョギングをしながら互いの眼を見て頷き合う。そして、今度は、2人で美穂に話しかけた。
「今の四文字熟語は、美穂さんの知識から発せられた言葉なの?」
「ん?なんで?そんなに変か、真奈?」
「粗野な美穂さんが、そのような知的で風流な言葉を発するのは不自然です。
到底、美穂さんから発せられた言葉とは思えません。
どなたかの受け売りの言葉でしょうか?」
「麻由・・・オマエ、あたしを、そんな目で見ているのか?
まぁ、当たりだけど・・・。
今の言葉は“ヴァルカン“のヒントをくれた奴が言った言葉だ。
『切り捨てた過去の記憶を手繰り寄せろ』と一緒にさ」
美穂の言葉を聞いた麻由は、今度は確信した表情で前に出て美穂と並走し、再び話しかける。
「美穂さんは、恋をした経験は?」
「・・・はぁ?何だ急に?」
「『落花流水』の意味を把握して使っているのですか?」
「落ちた花が水に従って流れる・・・時が過ぎ去るって例えだろ」
「確かにそうですが・・・片想いが、やがて両想いになる。
そんな男女の愛情を表現した言葉ですよ」
真意を知って驚いた美穂の走るペースが鈍る。麻由の発言が正解なら、「忘れようとしている過去の恋愛に“ヴァルカン“獲得のヒントがある」って事になる。忘れようとしている恋愛は1つしか無い。
(異獣サマナーと真次郎に何の関係があるんだ?)
美穂がネメシスになったのは、2年以上前。姉を亡くした直後の美穂の前に、突然、バルドルが現れ、「アナザービーストを倒せ」と言って、ネメシスのサマナーホルダを渡した。
(そもそも、なんで、アイツ(バルドル)は、あたしをサマナーに選んだんだ?)
姉を失って可哀想だったから?いや、肉親を失った人なんて美穂以外にも何人も居るだろう。
今でこそ、戦いに慣れて、仲間もできて、気持ちに余裕があるが、戦い始めたばかりの頃は苦労に連続だった。命がけで戦って疲れ果て、アナザービーストの気配が怖くて「なんで私だけがこんな苦労を?」と何度も思った。周りに居る普通の連中が恨めしくなり、やさぐれて肩肘を張らなければ、平常心を保てなかった。
肩肘を張る必要が無くなったのは、紅葉と出会い、「なんで私だけがこんな苦労を?」が「立場は違うけど、苦労を背負っているのは私だけではなかった」と感じられるようになってからだ。苦労を苦労と認識していない紅葉を見ていると、やさぐれていた自分が小者に思えた。
(あれ?・・・あたし、矛盾しているじゃん)
真次郎は死んだ。だから、美穂が遺品の受取人になった。受け取った封筒は、部屋の何処かに仕舞ってある。勝手に開けたら、戻ってきた真次郎に「勝手に開けるな」と怒られるような気がして、封は閉じられたままにしてある。
(あたし・・・アイツが死んだって知っているのに、認めていない?
もしかして、ヴァルカンは、遺品の封筒の中?
忘れたい過去の恋愛・・・既に所持してるけど認識が無い・・・
条件がクリアされてる?)
スローダウンした美穂を、追い越して振り返った紅葉達が呼ぶ。美穂は、心の中のモヤモヤを吹き飛ばしたくて、前を走る紅葉達を抜き去り、そのままハイペースで突っ走って、紅葉達を置き去りにする。
「ワリぃっ!アパートに忘れ物をしたっ!
原チャで取りに行くから、先にアジトに戻る!」
美穂は手短に説明して足早で麻由のマンションに駆けていく。紅葉が「一緒に行く」と言うが、遺品の持ち主の事を聞かれても説明できないので、「1人で行く」「付いて来なくて良い」と追い払い、マンションの駐輪場に到着するなり、原チャを飛ばして自宅アパートを目指した。
-文架警察署-
Nジョルナーレ(ニュースのネット配信会社)の葵怜香は、文架警察署前の路上に駐めた車の中で一夜を過ごした。破壊された出入口がブルーシートで覆われ、周りには規制線が張られている。
一昨日の夜に発生した文架署の爆発事件を調べる為に訪れたのだが、雛子を含め、関係者の誰に取材を申し込んでも「詳細は説明できない」「後日、会見をする」ばかりで、何も教えてもらえない。
ネット検索をしても、どのマスコミからも文架署の情報が出ないので、情報統制が成されているようだ。此処まで来て、前回(第9話~第10話)と同様に「誰でも知っていること」しか記事に出来ないのはプライドが許さない。
怜香は、ネットで地域の掲示板をいくつか確認してみる。どの掲示板でも「文架署爆破」は話題になっているが、原因については憶測話ばかりで怜香の勘を刺激してくれる情報は無い。爆破事件の前に文架大橋で事故があったようだが、「死者無し」「通行止め」「解除」程度の情報しか無い。世間的には、文架大橋の事故と文架署の爆発は、無関係と認識されている。
だが、怜香は、一般人が事故状況を撮影した画像の中に、勘を刺激してくれる物を発見した。
「この子・・・確か?」
4ヶ月前、怜香は、文架市に宇宙人の取材に来たが、バルカン人は秘匿されるどころか公の扱いになり、「謎の鎧戦士や白い騎士」の事は曖昧なまま何の情報も得られずに撤退をした。「桐藤美穂と源川紅葉」には何か秘密がある。怜香の勘はそう言っていた。
事故と何か関係があるのか、ただの目撃者なのか?どちらにしても、事故について、警察に何らかの証言を聴取されるはずだ。
怜香は、通勤してきた署員を見ると、飛び跳ねるようにして車から降りて声を掛けた。
「おはようございます。先日、この娘が来ていますよね?」
以前、優麗祭のライブで撮影した画像を見せて、あえて断定型で聞いてみる。ダメ元の質問だ。「来ていない」と言われたら、また別のアプローチを考えれば良い。
「あぁ、その娘達なら、一昨日の夜、ロビーに居たっけな。
可愛い子ばかりだったから目立っていたな。
何でも、その娘等のうちの1人が、文架大橋の事故の目撃者らしい。
でも、30分か1時間くらいで帰ったよ。
帰るのが遅かったら、爆発に巻き込まれていた可能性があるから危なかったね」
「彼女の住所や連絡先はご存じですか?」
「調書を調べれば解るだろうけど、
いくら記者さんが美人でも、個人情報はちょっと教えられないな」
「そ、そうですよね。ありがとうございます」
情報統制がされているのは署の爆発事件だけ。署内に居る大半は「爆発事故とロビーに居た女子高生達を無関係」と認識しているから、簡単に情報が漏れた。
だが、女子高生達と爆発事件が無関係とは思えない。爆発の直前まで、例の女子高生達がこの場に居た。何かを知っているかもしれない。警察が情報を漏らさないなら、此処で張り込みを続けるよりも、彼女達に接触をした方が何かの情報を得られそうだ。
怜香は、署員に会釈をすると車に飛び乗って発車をさせ、とりあえず優麗高校を目指す。今日は土曜日で授業は休みだが、部活動や補習等で学校に来ている生徒はいるかもしれない。多少強引でも取材を重ね、どうにか桐藤美穂に辿り着きたい。
しばらく走り、文架大橋西詰めの交差点手前で優麗高に向かう為に左折レーンに入って車を停車。赤信号を待ちながら、何気なくバックミラーを見つめたら、後ろから原付スクーターが近付いてきて、怜香の車の脇を通過した。
「今の子」
怜香は、スクーターの運転手を知ってる。青信号と同時に先行した美穂のスクーターが、文架大橋方向に直進していく。怜香は左折レーンから直進レーンに割り込んで美穂のスクーターを追う。土曜日の朝早い時間帯で行き交う車は少ないので、直ぐに美穂の後ろ姿を発見できた。しかし、よほど急いでいるのか、美穂は原チャの制限速度を無視して突っ走っており、なかなか追い付く事ができない。美穂が橋の東詰の信号機で左折をしたので、怜香も車を左折させて後を追う。ファミレス前を通過して、しばらく走って、また左折をして道幅が狭い住宅街へ。
「だいぶ急いでいるみたいね。尾行されている事に全然気付いていないなんて」
住宅街で見失ってしまったが、怜香は慌てない。広い公道から住宅街に入ったのは目的地が近いから。注意深く探せば、必ず、美穂のスクーターを発見できるはずだ。
-美穂のアパート-
部屋に入り、簡易タンスの前に立つ美穂。深呼吸で気持ちを落ち着かせてから、一番下の引き出しを開ける。中には、2年前と変わらずに、B4封筒のエアメールがある。
「この中に・・・ヴァルカンが?」
封を切る為に手を掛ける。・・・が、途端に手が震えて、封を切る事ができない。
送られてきた真次郎の遺品は、受け取ったきり今まで見向きもしなかった。いや、開封するのが怖かった。「無関係だから開ける資格が無い」とか「実は生きていて、開けたあとで怒られるかもしれない」なんて全て言い訳だ。開けて中を確認してしまったら、真次郎の死を受け入れなければならない気がして、開ける事ができなかった。心の何処かで「まだ生きている」「そのうちヒョッコリ帰ってくる」と都合の良い妄想をしていた。
「ダ・・・ダメだ。できない」
ヴァルカンとは何の関係も無い、真次郎の遺品が入っていたらどうしよう?真次郎と異獣サマナーが繋がらない。パワーアップは見当外れで、血塗られた所持品で、真次郎の死という冷たい事実を突きつけられるのは辛い。生唾と一緒に迷いを飲み込んで、もう一度、封を切ろうとするが、心が拒否をして指が動かない。今は今で楽しいが、ウブで無垢だった頃の思い出が無くなるのもイヤだ。過去の楽しかった思い出を全部失いそうで、開ける事ができない。
「・・・く、くそっ!土壇場に来てこれかよっ!
誰か、腰抜けのあたしを怒鳴りつけてくれってんだ!」
迷っているのが麻由だったら、美穂は間違いなく怒鳴りつけて活を入れてやる。だけど、自分がその立場になったら、ただ迷うだけで、自分に活を入れる事ができない。ウジウジした奴は嫌いだ。だから、今の自分は大嫌いだ。
「情け無っ。あたしって・・・ヘタレだな」
しばらく項垂れたあと、封筒を抱えて立ち上がる美穂。封を開けるのは、いつでもできる。仲間達と一緒の時ならば強気に戻って、真次郎の事を小バカにしながら封筒を開ける事ができるのだろうか? ヴァルカンではなく血塗られた所持品が出てきても、「くだらね」と鼻で笑う事ができるんだろうか?
「試験、明後日からなんだっけ?勉強しなきゃ。・・・アジトに帰ろう」
意気消沈したまま部屋を出て施錠をして、力無い足取りで階段を降りる。駐めておいた原チャの収納スペースにB4封筒を突っ込んで跨がろうとしたら、見覚えのある女が駆け寄ってきた。
「お久しぶりね、桐藤美穂さん。ちょっと良いかしら?」
「え?・・・ア、アンタ、確か?」
「私の事、覚えていてくれたのかしらね?ちょっと、お話を聞きたいんだけど」
忘れたくても忘れられない、妙に勘の良い、美穂が大嫌いな部類の女記者だ。4ヶ月前、バルミィ&火車騒動で「白い騎士」について細々と聞かれた。最終的には「バルミィ公認」や「警察による情報統制」などで、一連の事件が話題性を失って曖昧にできたが、あのまま追求をされていたら、「ネメシス=美穂」とバレていた可能性は高い。
「あ、葵さん・・・な、何で、アンタがここに?」
「貴女を見かけて、追ってきたの」
「尾けられてたってか・・・くそっ!
・・・で、何の用!?あたし、忙しいんだけど!」
「なら、単刀直入に聞くわね。
文架警察署の爆破事件について知りたいの。
貴女たち直前まで、警察署に居たわよね?」
「はぁ?ふざけんなっ!あたし達が爆破したって言いのかよ!?」
「落ち着いて話を聞いてもらえない?そんな事、一言も言っていないでしょ。
源川さん達も一緒に居たのよね?
貴女たちが居た時、何か不審な事はなかった?」
女記者は、誰が同席をしていたのかも知っている。これは、美穂がこの場で適当に誤魔化しても、バカ正直な紅葉や、嘘が下手な麻由からボロが出る可能性がある事を意味していた。いい加減な事は喋れない。だけど、美穂自身がいっぱいいっぱいの状況で、気の利いた辻褄合わせて切り抜ける自信が無い。
「うるせえっ!なんも知らね~よ!
忙しいって言ってんだから、話しかけないでくれ!!」
「ちょ・・・待って!」
一方的に話を打ち切って、葵怜香を押し退けるようにして、原チャを発車させる美穂。バックミラーで怜香を確認するが、追ってくる様子は無い。「忙しい」と言ったから気を遣って取材を諦めてくれた?いや、あの女記者は、そんな甘い奴ではない。美穂のアパートがバレてしまったのだから、慌てて追う必要が無いのだろう。
あの対応は、さすがにマズかったと反省する。何かを知っているから、焦って神経を逆撫でされて、ブチ切れたと解釈されてもおかしくない。テレビで見る記者会見のダメなパターンと同レベルだ。
「くそっ!目障りな女記者めっ!よりによって、こんな時にっ!」
原チャのスピードを上げる美穂。通過する住宅の窓に、自分の姿が映っていない事に気付けない。
一方の怜香は、「彼女は何か知っている」と確信をする。「これは、彼女を追えば、他のマスコミを出し抜ける」と自信に満ちた表情で、去って行く美穂を見送る。
そして、
「さすがは、あたし・・・気が合うじゃん。
あたしも、目障りだと思う。あの女記者、要らないよね」
美穂のアパートの窓ガラスの中で、鏡像の美穂が葵怜香を睨み付けていた。




