48-4・美穂と雛子と怜香~別件逮捕作戦
-十数分後・文架警察署-
雛子だけでなく、怜香も一緒に待っていた。美穂は「やはり“割井絡み”だ」と予想をする。割井が危険人物ってことは知っているが、正直言って今は別件でいっぱいいっぱいで、それどころでは無い。
「あたし等の近辺で発生していることの報告と、
夏沢さん達の情報、どっちを先にします?」
「お互いに話したいことが山積しているみたいね。
先ずは、桐藤さんが冷静でいられるうちに、そちらの報告を聞こうかしら」
「あたしが冷静で?」
美穂は雛子の意味深な言葉に疑問を感じつつ、「麻由と馬のアナザービーストの交戦」と「麻由が人語を話す狼人間に敗北したこと」を説明した。雛子と怜香は「狼人間」と聞いて互いの視線を合わせる。
「話が繋がったわね。これを見てもらえるかしら?」
雛子は杉田から借りてきた熊谷教授のメモリカードをパソコンに繋いで美穂に提示する。映像を見た美穂は目を大きく見開いた。
「・・・こ、こいつ?」
それは、割井が狼に変貌する映像。映像の狼人間は、バルミィやジャンヌから特徴を聞いた「麻由を追い詰めたワーウルフ」と同じ姿をしている。
「狼人間と一緒に映っている男性は熊谷教授。
熊谷真奈さんの亡くなったお父さんよ」
「・・・真奈の?」
「桐藤さんは、これを見て何なのか想像できる?」
映像が終わるなり、今度は怜香が机の上に並べたのは、不自然に曲がった金属製のスプーンや500円玉が入ったジュースの瓶、十字型に繋がった2本のフォークだった。
「これは?」
美穂は十字型に繋がった2本のフォークを手に取って眺める。溶接の跡は無いから、この型で作られた食器なのだろうか?
「どうやって使うんだ?こんなの売れないだろ?オブジェですか?」
「私達もそのセンで調べてみたわ。
でも、曲がった食器や硬化入りの瓶も含めて、
こんな妙な商品なんて存在しないの」
「どういうことですか?」
「湯内優葉さん、聞いたことくらいあるわよね?」
「変死したユーチューバーですよね?それが何か?」
「此処にある幾つかは、割井の周りで変死をした女性の部屋から見付かったの。
湯内さんも含めてね」
「・・・へぇ?」
「湯内さんは“超能力ユーチューバー”として売り込んできたみたいよ。
他の犠牲者達も、特別な力があったらしいわ」
「それからね、此処にある幾つかは、熊谷さんの実家で発見した物なの」
「・・・・・・・・・・・・・え?それって?」
美穂の脳内で、今日の出来事が駆け巡る。
真奈をインバージョンワールドに引き摺り込んだ蛇のアナザービースト。病院の屋上で馬のアナザービーストを見た真奈は過剰なプレッシャーを感じたらしい。バルミィの報告では、ワーウルフは真奈を知っている素振りだった。そして、真奈には得体の知れない力が眠っている。
「熊谷さんの家から見付かった不思議な道具は、
熊谷教授が超能力の研究の為に集めた物かもしれない。
だけど、これが熊谷真奈さんのやったことと仮定して、
割井は何らかの理由で超能力者を殺害しているなら、話の辻褄が合ってくる」
「割井は真奈を狙っている?」
雛子の仮説を聞いた美穂は、怒髪天をつくかの如く神経を逆撫でされた。正義を気取るつもりは無い。割井の犠牲になった見ず知らずに人達など、どうでも良い。だが、麻由を騙して敗北に追い込み、且つ、真奈を狙う奴を許せるわけが無い。
「怒りたい気持ちは解るけど、本題はこれからよ。落ち着いて」
美穂は雛子に諭されて、出来る限り荒ぶる感情を押さえようとするが、怒りで吊り上がった目を穏やかに戻すことができそうにない。
「・・・で、あたしを呼んだ理由は?」
「単刀直入に言えば、事前に釘を刺して、貴女達を逮捕しない為・・・かしらね」
「・・・はぁ!?」
「もし、割井が貴女達の前に現れたて狼怪人に変身したらどうするつもり?」
「もちろん、フルボッコにします」
「やっぱりね。呼びつけて正解だったわ。
どんな奴だろうと『中身が人間』じゃ、迂闊に戦っちゃ拙いのよ」
「相手は悪人だ!正当防衛です!」
「フルボッコの時点で過剰防衛よ」
「麻由がボコられたんだってば!真奈は命を狙われてるんだぞ!」
「仲間の仇討ち・・・何処の組の者の言い分かしらね。
それでも中身が人間だと、大ケガさせたら『刑法』に引っ掛かってしまうの。
『集団暴行による傷害罪』で、桐藤さん達も裁かれる身になってしまうわ」
「そんなん納得いかねぇっ!やられたらやり返す!
集団暴行がダメってなら、他の連中には手出しはさせない!
あたし1人で割井をぶっ潰す!
それが違法ってなら、割井を締め上げたあとで、
あたしを補導でも逮捕でもすればいいだろっ!」
「やれやれ、機転が利く切れ者だけど・・・精神的には、まだまだお子様ね」
「ガキで結構だっ!
クソ野郎を目の前にして、
落ち着いて対処できる大人になんてなりたくないっ!」
美穂は、決意を秘めた眼で雛子を睨み付ける。対照的に雛子は、美穂の決意を感じ取って小さく笑みを浮かべた。
「仕方ないわね。だったら、合法的に暴れさせてあげる」
「・・・え?どうやって??」
「適当な難癖を付けて、割井を別件逮捕するわ。
だけど、割井はただの人間とは違う。
温和しく逮捕されてくれれば良いけど、抵抗するかもしれない。
だから、割井の捕り物には、ザック部隊を待機させる事になるわ。
貴女達は、ザックトルーパーの協力者として参加するの。
割井が刃向かえば公務執行妨害。暴れれば取り押さえなきゃならない。
一定の合法は保たれるわ。・・・これで、どうかしらね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ん?」
雛子からの「怒りの落とし処」になりそうな「破格の好条件」を聞いた美穂が、急激に冷静さを取り戻す。
「割井をフルボッコにしても良いけど、警察の手柄って事?」
「貴女達の存在と暴力を秘匿する為には、当然そうなるわね」
「もしかして、今、あたし、夏沢さんの手の平で転がされた?」
美穂が怜香を見たら、怜香は苦笑いをしている。表情を引き攣らせつつ雛子に視線を戻す美穂。やはり、雛子は苦手だ。この人には勝てない。全部、搾取される。
「問題は割井の所在ね。文架市内にいるのは間違いないんでしょうけど」
「そうね、別件逮捕をするにしても、居所が解らないとね」
現時点で“割井の別件逮捕”作戦が穴だらけなのは、3人とも理解している。割井=狼怪人って決定的証拠は無い。過去の変身した映像だけでは、「加工だ」と言われる可能性がある。割井が「変身なんて出来るわけがない」と秘匿すれば、そこで詰む。それに、変身をしたとしても「変身できるだけで、犯行には関わっていない」と言い張れば、拘留を維持できないだろう。今までの不審死で手掛かりを残さなかった割井が、そんな簡単にボロを出すとは思えない。
「湯内優葉・・・かぁ」
「どうしたの、桐藤さん?その名前がどうしたの?」
「何か思い当たる?名案でも思い付いた?」
「いや、特には無いです」
美穂は口では否定をしたが、情報が揃い、且つ、冷静に立ち戻ったおかげで、脳内で歯車が噛み合い始める。湯内優葉の名は、狼の怪人と対戦した麻由からも聞いた。狼の怪人は、麻由を追い詰めて気が大きくなったのだろう。エナジードレインの後、「優葉や他の女達も、抗えた者は誰も居ない」と口走ったらしい。バルミィも同じ証言を聞いている。秘密の暴露(被疑者が真犯人でしか知るはずのない事項を自白すること)だ。狼の怪物が、この事件の犯人で間違いは無さそうだ。あとは、それをどう割井と結びつけて暴くか?
「なぁ、夏沢さん、葵さん。
割井を引き摺り出す手段は、あたしに任せてもらっても良い?」
「何をする気?」
「念の為に言っておくけど、囮捜査は認められないわよ」
「ありゃ?一発でバレちゃった?囮作戦と言えば囮作戦。
だけど、囮にしなくても、放っておけば、どのみち割井に狙われる。
どうせ狙われるなら、ハナっから奴が食いつきやすい餌にする。
警察は『よく解らないけど狙われるかもしれない』では動いてくれないだろ。
でも、囮にして『狙われる可能性がかなり高い』状況なら守ってくれますよね。
警察としても、そっちの方が動きやすいんじゃないですか?」
「警察に対して駆け引きを提案するなんて良い度胸ね。
でもそれなら、迷惑防止条例やストーカー規制法で別件逮捕が可能だわ」
「なら、OKってことで良いですね」
「ただし、桐藤さんの作戦や状況の詳細を、常に私に教える事。
市民を守るのは警察の義務よ。
囮への危険が及ぶ前に警察が動く為に、私には情報は筒抜けにしなさい」
「了解です」
作戦の方向性は決まった。何を“割井が食いつきやすい餌”にするか、美穂の中ではイメージが出来ている。早急に“餌”と連絡を取って、食い付きやすい餌を演じてもらえるように依頼(命令)するつもりだ。
「・・・でも、この作戦、真奈を参加させるべきなんだろうか?」
それまで強気な表情だった美穂が、ふと、目を伏せて俯く。1つだけ迷っている事があった。
「急にどうしたの?」
「割井は、真奈の父親の研究に関係してるんだろ?
真奈がそんな事を知ったら、ショックを受ける」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」×2
「それは、私達ではアドバイスできないわね」
「難しい問題だわ。
真実を知るのはショックでしょうけど、隠す事が正解とは言い切れないわよね」
「・・・うん」
美穂が内心で「雛子や怜香を優れた頼れる大人」と感じているからだろうか。珍しく悩みを口にした。だが、美穂の友人関係に責任を持てない雛子や怜香では、美穂の悩みに答えを出すことが出来なかった。
-サンハイツ広院・源川家-
文架署での打合せを終えた美穂は、その足で紅葉の自宅を訪ねていた。紅葉はちょうど夕食を終えたところで、「ミホが来たから後片付けゎお願いねっ」と言って食器洗いを放棄して、美穂を出迎え自室に籠もってしまう。ママはちょっぴりイラッとしたが、パパが「こんな状況だから仕方が無い」と宥め、自ら食器洗いの為にキッチンに立った。
「大物の魔族に憑かれている・・・か」
崇は、食器を洗いながら、弁才天ユカリの言葉を思い出していた。戦闘力はともかく、感知力に限定すれば、まだ麻由よりユカリの方が正確だろう。そのユカリが「どんな魔族に憑かれているのか解らない」と言っていた。
「つまり、下っ端のアナザービーストではない。
魔王か、直属の親衛隊や幹部クラスって事か」
もし出張ってくるのが幹部以上のクラスだと、今の愉快な仲間達では勝負にならない。顕在能力が最も高いバルミィ以外は生き残れないかもしれない。ハーゲン(有紀)やアデス(粉木)が加勢しても戦力差を覆すのは困難だろう。
「最悪の場合、僕が出るしか無いな」
純粋な妖怪の酒呑童子では、隠れた魔族の気配を的確に感知できない。地獄界の宿敵が所在不明の今、あまり派手に存在感をアピールしたくないが、「状況次第では動くしかない」と決意を固める。
-紅葉の部屋-
美穂は、まだ、「真奈に何処まで伝えるべきか?」を悩んでいた。
「んへぇ?ど~したの、ミホ?おなか痛いの?」
「ん?・・・あぁ、ゴメン。チョット考え事してた」
紅葉に声を掛けられて、美穂は我に返る。「真奈に何処まで伝えるべきか?」の答えは出ていないが、紅葉では相談相手に適さないことくらいは把握してるので、打ち明けるつもりは無い。気持ちを切り替える。
「オマエさ、X(旧Twitter)やってるよな?もう消したか?」
「んへぇっ!」
数日前、紅葉はXで無防備なコメントや画像を載せていた為に、割井達に身元を突き止められてスカウトを受けた。その件で、美穂から「顔は隠せ」「自宅付近の風景はNG」「ヤバいのは消せ、それが面倒なら、丸ごと落とせ」と叱られたが、アカウント削除は勿体ないし、「ヤバいのを消すのは、そのうちやろう」なんて考えていて、結局、後回しにして手を付けていなかった。「ヤベー、また怒られる」なんて思いながら恐る恐る美穂の方を見たら、「にっひっひ」と悪魔的な笑みを浮かべている。怖すぎてドン引きをする紅葉。
-ヘブンズパレス穂登華・麻由の部屋-
本日は想定外に忙しすぎて、やるべきルーティンを何もできていないので、夕食後の麻由は一声も発さずに黙々と自学に励んでいた。
ジャンヌはお笑い番組を見たいのだが、麻由が鬼のような表情で勉強をしているので、「テレビを点けて良いか?」とは言い出せず、仕方なく読書をしている。
♪~♪~♪~
「マユユ、スマホが鳴っているぞ。」
「申し訳ありませんが、代わりに出ていただけますか」
「承知した。・・・もしもし」
〈ジャンヌか?あれ?発信先を間違えたかな?〉
「いや、マユユのスマホなのだが、ゆえあって手が離せないので、
私が代理で対応しています」
〈風呂か?〉
「いえ、修羅のような形相で、勉学に励んでいる」
〈そっか、麻由らしいな。
だったら、伝えて欲しいんだけど・・・ゴニョゴニョゴニョ〉
「承知した。責任を持って伝えておこう。それでは失礼します」
通話を終えたジャンヌは、猛勉強中の麻由に話しかけるが、しかめっ面で「緊急でなければ後にして下さい」と言われたので、今伝えられた美穂の用件は、あとで伝える事にした。
―杉田邸・真奈の部屋―
バルミィが美穂から受け取ったメールのメッセージは、「真奈の護衛を頼む」だけだった。ワザワザ源川家まで行って紅葉に伝えたことや、電話で麻由(ジャンヌが代理)に伝えたことは、バルミィと真奈には伝わっていない。
美穂は、まだ、「真奈に事実を伝えるべきか?」の結論を出せずにいた。




