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48-3・熊谷の遺品

-回想終わり-


 雛子と怜香が、いくら熊谷邸を捜しても、熊谷教授の研究や死の真相に繋がる物証は無いだろう。何故なら、最も重要な「割井に超能力を発現させる実験」の記録は、真奈には渡されず、杉田邸の書斎の机の引出しに忍ばせてあるのだ。


「あら?これは、なにかしら?」

  「・・・ん?」


 キッチンを物色していた怜香が、「あけちゃダメ」とマジックで書かれたダンボールを開けたら、不自然に曲がった金属製のスプーンや食器が沢山入っていた。


「こっちにも、変な物がありますよ」

  「・・・・へ?」


 雛子が納戸から引っ張り出した紙袋には、裏返ったテニスボールや、500円玉が入ったジュースの瓶や、生きたまま動かない小動物などが詰め込まれていた。


「怪しいですね」

「えぇ!とても怪しいわ!」

(え~~~・・・ダメじゃん、処分しとけや義兄さん)


 熊谷教授の研究成果が山ほど残っていた。死期を悟った時点で他のデータは全部隠したのに、なんで、こんな解りやすい物が残ってる?


「家にあるってことは、家に住んでいた誰かが、これを?」

「可能性はありますね。教授本人か、場合によっては・・・」

「ちょっと待ってくれ!!」


 杉田には雛子達が言わんとしている事が直ぐに解った。不可思議な道具を作った張本人が、熊谷本人、もしくは、真奈だと予想しているのだ。立ち上がり、声を荒げる杉田を、雛子と怜香が見つめる。その表情は、興味津々と家宅捜索をしていた時とは違って、とても冷静だ。


「杉田教授、ここから先の話は、気を落ち着けて聞いて下さい。

 私達は、興味で過去の事件を調べているのではなく、

 今起きている事件を追及しています」


 杉田は、雛子に促されて再びソファーに座る。雛子と怜香は、並んで杉田と向かい合わせのソファーに座る。そして、雛子が、事前に印刷をした熊谷教授の遺体の写真と、数枚の女性の変死体の写真と、割井の写真を見せた。杉田は変死写真を直視できずに目を背ける。


「・・・これは一体?」

「私達は、この写真の女性達の変死事件を追っています。

 そして、この割井という男を疑っています」

「それが、何だと言うのだ?」

「調査の結果、私達は熊谷教授に辿り着きました」

「女性達と義兄さんに、何か関係があるのかね?」

「まだ、解りません」

「持って回った言い方だな!要点を言いたまえ!」

「はい、では、単刀直入に言います。

 熊谷真奈さんには、不思議な力がありますね?」

「なっ!?いい加減にしろ、君たち!

 私は、真奈には何も聞かない条件で、家宅捜索に協力をしているんだぞ!」


 いきり立つ杉田。しかし、雛子と怜香は、杉田の感情に煽られる事なく相変わらず冷静なままだ。


「真奈さんに危険が迫っているとしても、同じ事が言えますか?」

「・・・なにっ!?」

「割井が、真奈さんや、その友人と接触済みなのは、既に証言を取ってあります」

「そして、割井の周辺で発生する変死事件には、

 超能力を売りにした女性も含まれています。

 調査の結果、他の犠牲者も不思議な能力を自慢していたそうです」

「今、私達が捜しているのは、熊谷教授と割井の接点なんです」

「もう一度聞きます。これでも、真奈さんに何も知らせないつもりですか?

 私達の予想が正しければ、真奈さんも狙われる対象ですよ。

 しかし、割井の犯行の絶対的な証拠を掴めなければ、

 割井を逮捕できないんです!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 杉田は目を見開いて言葉を失う。熊谷伸幸が犠牲になった事件は、今もまだ続いているのか?写真の男(割井)には会った事が有る。熊谷が連れていた被検者だ。

 今まで、真奈の心を安定させる為に、熊谷教授の事件のことは意図的に真奈から遠ざけてきたのに、杉田が知らないところで真奈は“あの事件の続き”に巻き込まれていたのか?


「2人に見せたい物があるのだが、我が家に来てもらえないか?」

「あら?」 「一体何を?」

「見てもらえれば解る」

「熊谷教授、もしくは、真奈さんに関係のあることですか?」

「あぁ、両方に関係がある」


 杉田は「義兄の形見」を2人に見てもらう決意した。真奈の安全を優先する為には、「遠ざけたい」という私情を捨てて協力するべきだ。




―文架総合病院―


 麻由がLサイズのピザを貪り食っていた。ただいま5枚目を完食。だいぶ顔色が良くなってきた。意識を取り戻すまでは時間がかかったが、目覚めてからは大食で体力を回復させるのは早い。

 空腹が5割ほど満たされ、思考が回り始めた麻由がピザを持つ手を止める。


「申し訳ありませんでした。皆さんに迷惑を掛けてしまったんですね」


 仲間達は、麻由を非難するつもりはない。「甘ちゃん」と責めるのは簡単だが、それではアドバイスにならない。


「とりあえず食って、サッサと体力を回復させろ。話はその後だ」

「・・・はい」


 今回に限って言えば、「麻由達が発した魔力にアナザービーストが引き寄せられた」のは想定外だったとは言え、今の「何が起きているのか把握できない状況」で、麻由を焚き付けるだけで防衛をできなかった美穂にもミスはある。美穂は、ピザを食べ始めた麻由を眺めながら「今後の方針」を思案する。




―杉田邸―


 杉田に案内された雛子と怜香が杉田邸に入ると、長男の昇一が出迎えてくれた。真奈が出掛けていることは事前に確認済みだ。杉田は昇一に、「真奈が戻っても書斎には近付けるな」と言ってから、雛子達を書斎に通した。デスクの上のパソコンの電源を入れ、引き出しに手を伸ばして、一瞬躊躇った後に開けて、真奈の父の託されたメモリカードを取り出し、パソコンに読み込ませる。


「このデータは?」

「熊谷が『真奈に渡せ』と言って私に託した物だ」

「真奈さんに伝えたい何かが込められているってことですね」


 雛子と怜香は、興味津々で頭を寄せて覗き込む。杉田はパソコンの真正面を2人に譲って、一歩引いたところで再視聴をする。映し出された熊谷の説明は、改めて聴いても何が何だか解らない。


「ん~・・・・・何を話してるのかしら?」

「私には理解できん。

 だが理解出来ないなりに説明するなら、

 しばらくは、専門用語だらけの講義のみだ」

「専門用語だらけの講義の後は?」

「パスワードが設定されていて見られない」

「そっちが本命って事かしら?とりあえず講義は飛ばしましょう」

「でも夏沢さん、パスワードどうするんですか?」

「熊谷教授は、これを真奈さんに渡そうとしてたそうですね?

 だったらパスワードなんて、娘の名前+生年月日が一般的だわ」

「そんな単純なパスワード?」

「名前と生年月日を並べ替えるんですよ。

 見て欲しい相手が想像できないパスワードでは意味がありませんからね」

「な、なるほど。確か真奈の誕生日は、3月の・・・・・」


 雛子は、とりあえずダメ元で『mana』と押した後、杉田の言った数字を入力してエンターを押してみた。途端に続きが再生され、実験室に仕掛けた固定カメラで撮影した映像が流れだした。


「何の捻りも無く“名前+生年月日”でしたね。

 杉田教授は、この発想すら無かったんですか?」

「・・・う、うむ」

「セキュリティー甘すぎませんか?

 普通は“生年ma月日na”みたく並べ替えるんですけど」


 狭い部屋の真ん中で、椅子に座っている男。その頭や身体に繋げられてるコード、脳波や心電図や血圧の計測機器、使用目的が不明の機械。男の正面には、不自然に姿見鏡が立ててある。そして、機械を操作してるのは熊谷教授。


「あっ、この男は!?」

「割井ですね!」

「何の実験でしょう?」


 雛子&怜香&杉田は固唾を呑んで映像を観る。熊谷が画面からフレームアウトをして、謎の機械が唸る音が聞こえる。同時に、姿見鏡が白く濁り、割井が痙攣して数分ほど経過。


≪ぐっ・・・・・おおっ・・・うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!≫


 割井が急に大声を上げて悶絶する。椅子から崩れ落ちて床を転がり、時には頭を抱えて蹲り、時には仰け反る。その丹田が眩しく輝き、全身が狼のような怪物に変化。直ぐに割井に戻るが、再び狼に変化。何度か“人間と狼”を繰り返し、やがて狼のような怪物の姿で安定をして、自分の身体や手足を眺める。


「人間を・・・人工的に怪物に変えた?」

「何と言う事だ・・・

 『とんでもない事に手を貸してしまった』とは、この事だったのか?」


 3人は食い入るようにしてパソコンの画面を見つめるが、画面にロックがかかり、再びパスワードを要求してきた。雛子は先程と同様に“真奈+生年月日”や“文字と数字の並べ替え”を数パターン打ち込むが、今度は拒絶されてしまう。熊谷教授の生年月日や電話番号を試してもパスワードは開かず、遺品の確認は頓挫をした。

 1つ目の単純なパスワードで知り得た情報は、「驚くべき内容」だが、変身する女子高生や妖怪や宇宙人の存在を認知している雛子達からすれば、愕然とするほどではなかった。


「パスワード無しで見られた映像が“起と承”で、基礎を説明して、

 割井の怪物化が視聴者の注意を引く“転“に該当して、

 次のパスワードの先に“結“となる熊谷教授なりの答えがあるって事かしらね」

「さぁ・・・私にもよく解らん」

「最初のパスワードは、興味があれば、比較的、誰にでも開けるパスワード。

 そして、最も重要なパスワードは、

 これを受け取った真奈さんにしか開けないパスワードってことね」

「まさか、真奈に状況を説明して、思い当たるフシを聞くつもりかかね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」×2


 雛子と怜香は、互いの眼を見て無言で頷き合う。パスワードの先には興味がある。何らかの手段で、いつかは続きが見たい。だか、2人ともプロであり、分別の付く成人だ。今やるべき事はパスワードの先を見ることではない。


「マンションの防犯カメラと今の映像を総合すると・・・

 割井が事件に関わっていると考えて間違いなさそうね」

「そして割井は、この文架市で、また何かをしようとしている」

「映像の続きは次の機会ね。

 四の五の言ってらんない。奴を野放しには出来ないわ。

 ・・・でも、どうしよう?」

「私が持ってきた映像データと、今の怪物に変身した映像じゃ、

 逮捕できないのですか?」

「これだけじゃ無理ね。

 『知らない』と言い張って、拘留期限までに変身を証明できなかったら終了。

 仮に変身を証明できても、殺害方法を証明できなかったら終了。

 それに、アイツは人気番組のプロデューサーで人脈がある・・・

 『妙な言いがかりで殺人犯として誤認逮捕された』なんて

 大々的に報道されたら警察の信用はガタ落ちよ」

「だからって・・・」

「解ってる!あんな危ない奴、放っておけない!

 でも私達は法に則って動かなきゃならないの!」

「・・・・・・・・・・・・・・」


 皮肉にも、刑法が割井を守っている。割井は慎重らしく、どの変死事件でも“疑われる手掛かり”を残していない。奴は、その程度には頭が切れるのだ。どう追い込む?雛子は眉間にシワ寄せて腕組みして考え込む。


「今すぐ思い付く手段は別件逮捕しか無いわ。

 その為にも、先ずは割井の所在を把握して、監視をして、

 どんな理由でも良いから、拘束できる隙を見付けなきゃね」


 雛子が次にやるべき事は決まった。怜香は「ここまで首を突っ込んだんだから」と付き合う気が満々である。


「このデータ、お借りしても良いですか?」

「ん?外部には、あまり持ち出したくないのだが・・・」

「何かの手掛かりがあるかもしれないので、

 念の為に“長々と続く講義”にも目を通しておきたいんです。

 明日にはお返しをしますので・・・」

「解った。だけど、間違っても、真奈には見せないでくれよ」


 熊谷教授の遺品データを受け取ると、2人は「また連絡します」と一礼をして杉田邸を後にする。


 杉田は、2人を見送った後、疲れ切った表情でリビングのソファーに腰を降ろした。

 雛子達には黙っていたが、もう一つのパスワードには一定の心当たりがある。義兄が「先立った妻が愛娘の為に力を与えた記念日」と決めた日。それは、真奈と父親、そして、真奈の母の葬儀に参列して、熊谷の説明を聞いた杉田しか知らない数字だ。だが、1つ目のパスワードの奥に入っていた情報すらショックだった杉田には、その先の情報を見る勇気が無い。

 義兄が殺害された事件は、まだ終わっていない。そして、今度は真奈が巻き込まれる可能性がある。義兄の愛娘を預かった立場として、親代わりとして、真奈に何をしてやれば良いのか?真相を隠し続け、何も知らせない事が、真奈の為になるのか?2つの目パスワードの先にある情報を見て、真奈に黙ったまま、今までと同じように接することが出来るのか?全てを打ち明けたら、真奈が壊れてしまわないか?進むも地獄、退くも地獄。杉田には結論を出せない。




-夕方-


 まだ、何が起きているのか把握できない状況では、真奈の護衛は必要だろう。打合せの結果、バルミィが真奈の護衛をすることに決まった。

 解散をして、それぞれの方角に帰宅をする。美穂は真奈と共にバルミィの背に乗って、アパートまで送ってもらった。


「なんか有ったら直ぐに連絡をくれよな」

「了解ばるっ!」 「今日はお疲れ様でしたっ!」


 バルミィ&真奈を見送り、部屋に戻って流し台で顔を洗い、大の字になって寝転がった。密度の濃い1日だったが、まだ何も解決をしていない。美穂は天井を見つめながら今日の出来事を振り返りつつ、今後の方針を思案する。


「あ~~~・・・コンビニに寄ってもらえば良かった」


 部屋に夕食に使えそうな食材は何も無い。脳内がいっぱいになっていたので、買い出しの為にバルミィに寄り道をしてもらう発想が無かった。


「しゃ~ない」


 起き上がって買い出しに出ようとしたら、スマホがコールをする。発信者はバルミィだ。


「おいおい・・・マジかよ?」


 別れてから5分くらいしか経過していない。「なんか有ったら連絡をくれ」と言っておいたが、もう何かがあったのだろうか?


「どうした?」

〈雛子のところに行って欲しいばるっ!〉

「はぁ?夏沢さんのところって、警察署の事か?」

〈そうばるっ。

 雛子から連絡が来て、『話があるから美穂と一緒に来い』と言われたばる。

 だけど、真奈の護衛があるからボクは戻れないばる。

 美穂、お願いできるばるか?〉

「・・・今日はハードだなぁ」

〈じゃ、頼むばる〉

「・・・はいはい」


 通話を切った美穂は、大きく溜息をついた。緊急で「話がある」なんて“割井絡み”だろうと、だいたいの察しは付いた。今日は色々あって疲れ気味だが「行かない」という選択肢は無い。美穂の密度の濃い一日は、まだ続くようだ。

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