49-1・美穂の鼻~囮作戦開始
―翌朝・サンハイツ広院・紅葉の部屋―
♪~♪~♪~
♪~♪~♪~
スマホ2台のアラームが同時に鳴り、美穂が目を覚ました。真横(1つのベッド)では、紅葉が美穂に抱きついて眠っている。
「ど~りで寝苦しいと思ったら、コイツの所為か。
あたしを抱き枕かヌイグルミとでも思ってんのか?
そ~ゆ~のは男にやってやれ。
まぁ、ベッドから蹴り落とされるより、抱きつかれる方がマシか?」
作戦を無駄なく実行する為に、美穂は紅葉の家に泊まった。紅葉の手足を退けて自分のスマホのアラームを止め、起き上がって大きく伸びをする。紅葉を眺めながら起きるのを待つが、起きる気配は全く無い。アラーム音は、紅葉がセットしたスマホの方があきらかに大きいのに、紅葉はウンともスンとも言わない。
「おいおい、この音量で起きないって、どんな神経してんだ?
コイツ、耳が無いのか?ど~りで、毎日遅刻寸前なワケだ」
仕方が無いので、紅葉の頬を軽くペチペチと叩いて起こしてやる。
「ふにゃぁ~~~~・・・ローストビーフのカタマリだぁ~~」
夢の中の紅葉の眼前には、美味しそうなご馳走が並んでいるのだが、箸とかフォークとかスプーンは無い。それならば手で食えば良い!
「・・・・へ?ろーすとびーふ?」
睡眠中の紅葉が、美穂の頭をムンズと掴んだ!そして、力任せに引き寄せて口を大きく開ける!
「へっ!?えっ!?えっ!?ちょっと待て紅葉っ!!?」
-キッチン-
「いってぇぇっっっっ!!!何すんじゃ、このアホンダラがぁぁっっっっ!!!」
「ふんげぇぇぇっっっ!!!」
優雅に朝食中のパパとママの耳に、美穂の怒鳴り声、打音、紅葉の悲鳴が立て続けに聞こえる。
「今日のアラームは、いつも(ママ)以上にバイオレンスだなぁ~」
「これで起きたかしらね?
毎日、美穂ちゃんが泊まってくれたら、紅葉は寝坊をせずにすむわね」
パパとママは、紅葉の部屋の大惨事などお構い無しに、朝食とモーニングコーヒーを楽しんでいた。
-紅葉の部屋-
美穂のバックドロップが炸裂!紅葉の頭が床に叩き付けられていた!「イテテ」と言いながら、歯形が付いた鼻を手で押さえる美穂。まさか、朝一で鼻を食い千切られそうになるとは思わなかった。一方の紅葉は、しばらくは逆さまになったまま痙攣していたが、やがて目を開いて起き上がった。
「ふぇ~~~~ん・・・ひど~い・・・。なにすんだよぉ~~?」
「それはこっちの話だ!いい加減、起きたか!?」
「ん~~~~・・・起きたぁ~~」
「起きたなら、早速、作戦決行だ!忙しくなるぞ!」
「ん~~~~わかったぁ~」
紅葉は、枕元に置いてあったスマホのアラームを止めて弄り始めた。打合せと準備は昨日のうちに終わっている。あとは、予定通りにX(旧Twitter)を更新をするだけだ。
-ヘブンズパレス穂登華・麻由の部屋-
「えぇぇぇっっっっっ~~~~!!なんですってぇぇぇっっっっ~~~!!!?」
昨日は遅くまで自学を頑張って就寝時間が遅かった麻由は、寝ぼけ眼で洗面所に行き、そこで会ったジャンヌと相互挨拶をして、その次の言葉を聞いた瞬間に驚いて一瞬で目が覚めた。
「ど、どういうことなの、ジャンヌ!?」
「今言った通りだ。
クーチャンとミポリンが、起床と同時に、えっくすとやらで、
クーチャンのマユユの住処が特定できる情報を更新する。
おそらく、そろそろ、頃合いだろう」
「SNSでそんな軽率なことをするのが、
どれだけ危険か解っているのですか!?」
「私は聞いただけだ。私に言われても困ります」
「私の住んでいる場所を特定できる情報って!?
紅葉と美穂さんは、なんで勝手にそんなことを!?」
「昨日、連絡があったぞ」
「私は聞いていません!」
「私が聞いた」
「なんで教えてくれないんですか!?聞かされていたら、断固反対をしました!」
「何を今更。伝えようとしたら『後にしろ』と言ったではないか」
「・・・へ?」
そう言えば、自学に集中してたのでうろ覚えなんだけど、自分のスマホがコールしてジャンヌに対応してもらった気がする。あの時のアレがコレだったのか?麻由は情報漏洩を止める為に、慌てて美穂に電話をするが「もう遅い」「今更なに言ってんだ?」って冷めた返答が返ってきた。
―文架駅前―
駅に隣接してるビジネスホテルのレストランで、割井が朝食バイキングを楽しんでいた。これはこれで美味いが、もっと美味い物(生命力)を食いたい。昨日(麻由)の生命力は芳醇で絶品だった。食った直後から全身に活力が漲り、今でも余韻が残っている。
コーヒーを飲みながら、「面白い情報は無いか?」とスマホを弄る。湯内優葉の件は“人気ユーチューバー不審死”と記事になっており、割井の名は何処にも出てこない。不可能殺人であり、疑われる証拠は一切残していないのだから当然だろう。もし何かを聞かれても「実は、別れ話をしました。その後の事は知りませんが、まさか亡くなるとは思いませんでした。」で済む。
ネット上に、特に興味を引くニュースは無かった。続けて『超食クイーンGP』参加者や、参加候補者のXやブログのチェックをする。その中の1つで手を止めて、舐め回すように見て笑みを浮かべた。
「くくくっ!あるじゃないか、面白い情報が」
途端に気持ちが躍動して、ビュッフェやコーヒーが下らない物に思えてきた。残ったコーヒーをガブ飲みして、足早に宿泊した部屋に戻る。
自前のノートパソコンを起動して、文架市のマップを開き、地図の種類を航空写真にする。続けて、スマホで源川紅葉が投稿した画像を再確認。「自宅で友達と」とコメントされた記事には、紅葉&気の強い友人のツーショットのバックに、窓の外の住宅街&鬱蒼と茂る木々が写る画像が貼ってある。高さ的には4~6階くらいだろうか?「友達の家でパーティー」とコメントされた記事では、紅葉&麻由&熊谷教授の娘がベランダに並んでおり、背景は発展した町並みと遠くに河川敷が見える。文架市内では珍しい、かなり高層の建物のベランダだ。
Xの画像と文架市のマップ(航空写真)を交互に眺める。町中で高い木々が茂っている場所は、鎮守の森公園が該当する。「自宅で友達と」の撮影場所は、この公園の近くだろう。「友達の家でパーティー」に至っては、背後に写る河川敷など、山頭野川以外には考えられない。三点法(三角測量)で割り出せば、何処にある建物の、どの高さから撮影したのか、特定は容易だ。
「さ~て、どの娘からいただこうか?・・・・・んんっ!?」
突然、割井の脳内に「経験をした事の無いビジョン」が浮かぶ。桃色の鎧武者、黄色い鎧武者、白い騎士、青銀の騎士、4人の異形が割井を囲んでいる。そして、桃色の鎧武者が、光る大鳥に変化して飛び掛かってきた。割井は、断末魔の悲鳴を上げ、為す術も無く大鳥に飲み込まれる。
「何だ、今のイメージは?」
昨日は、同じようなビジョンを見て警戒をした結果、刑事との遭遇を回避できた。
「小娘共に接触したら倒されるとでもいうのか?」
改めて考えれば、黄色い鎧武者はかなり強かった。甘い判断に付け込んで勝っただけだ。鎧武者の危機に、青銀の騎士とバルカン人が駆け付けた。遭遇したことは無いが、予知には桃色の鎧武者と白い騎士の姿もあった。
芳醇な生命力(麻由)や真奈を諦めたワケではない。だが、搾取に手間取って仲間達が集まってきたら、今のビジョンが事実になる。予知はそれを伝えているのだ。「今は勝てない」と判断して、東京で“普通の味”を狩り、もっと力を高めてから出直すべきか?
「いや、待てよ」
どう立ち回れば各個で撃破できるかを考えるべき。一対一ならどうにかなる。つまり、必要なのは戦力の補充。昨日、優葉を搾取した直後に出現した少年は「文架市で暴れるなら部下を貸す」と言っていた。
「文架市に来てやったぞ。奴は何処に居る?」
割井が天狗の存在を意識したら、辺りがブラックアウトをする。360度どの方向を見ても真っ黒だ。いつの間にか、目の前に少年=天狗が浮かんで、薄ら笑いを浮かべて割井を見つめている。
「嬉しいよ。僕の事、ちゃんと覚えていたんだね」
天狗が、直で精神に干渉してきた。割井は彼の突然の出現に驚いたが、初遭遇の時ほどは動揺せずに済む。
「いつの間に?」
「君が僕を必要としてくれたから、君の念に呼ばれたんだよ」
「俺の念?」
「解りやすく言えば、僕の特殊能力って事。僕に何の用?」
「オマエの希望通り暴れてやる。だから、約束通り力を貸せ!」
「その気になってくれたんだ?良いよ、喜んで力を貸そう」
嬉しそうな笑みを浮かべた天狗のフィンガースナップが響き渡る。すると、闇の中から、馬の怪物が2匹と蛇の怪物が2匹出現をして、天狗の横に並んだ。
「僕が友人から借りた魔獣達。全部、君に貸してあげるよ。
(尤も、全6匹のうち2匹は、既に倒されちゃったけど)」
「ん?馬の怪物とは前にも会ってるな?
そうか、ソイツ等がオマエの部下だったんだな」
「顔見知りなら話が早い。
呼べば出現するように指示しておくからさ、
好きなように使って、皆で暴れてよ」
割井の脳内に新たなビジョンが発生する。馬と蛇に魔物達によって、連携が出来ずに苦戦する鎧武者達。そして、各個で美味い生命力を搾取する割井の変身体。
「くっくっく・・・良いぞ、これが、見たかったビジョン。理想の未来だ。
良いだろう。派手に暴れてやるさ」
次の瞬間には、割井1人だけがホテルの部屋の中に立っていた。辺りを見回すが、馬と蛇の怪物どころか少年の姿も無い。数十秒ばかり意識が飛んでいた気がする。
予知は、単身で挑めば敗北する事を暗示していた。危険回避の為の予知だ。こちらに下僕がいれば、予知で見たビジョンは別の物になる。今から楽しみで仕方が無い。
―ヘブンズパレス穂登華・麻由の部屋―
美穂から「割井が動くまで待機」と命令されてしまったので、麻由は部屋で温和しく勉強をしていた。美穂の予定(?)では、「割井は、紅葉がXに上げた情報に引っ掛かって、紅葉か麻由の自宅に来る」らしい。
ちなみに、情報漏洩は期間限定。半日で情報は消す約束になっている(麻由がヒステリックに頼んだ)。
「マユユ・・・震えているぞ。ノートに書いている文字がガタガタだ。
貴殿は、そんなに無様な筆記ではなかろう。寒いのか?」
「そ、それはボケですか?それとも天然?
ジャンヌは、良くこんな状況で平然としていられますね。
怖くはないのですか?」
「私は、戦う為に現世に召還をされた身。戦の心構えは、いつでも出来ている」
「そ、それは頼もしいです」
麻由は、美穂から「ワーウルフ=割井の可能性がある」と聞かされた。いつ割井の襲来して来るか解らない状況では、緊張して勉強に集中できない。
マスク越しとは言え、あんな軽薄そうな男に唇を奪われたと思うと、全身に怖気が走る。奴の下品な口調を思い出しただけでも気分が悪くなる。ワーウルフに接触をされただけで、体力を急激に奪われてしまう。また命乞いをされたらトドメを刺す自信が無い。出来ることなら戦いたくない。来ないで欲しい。
初戦で苦手意識を持ってしまった麻由は、体の震えが止まらなかった。
―ヘブンズパレス穂登華周辺―
向かいのマンションの屋上では、2人組の刑事が張り込みをしている。同じマンションの空き部屋では、ザックトルーパー冬條隊が待機をして、「被疑者出現」「出動」の指示を待っていた。そして、斜向かいの喫茶店では、雛子と刑事が客のフリをしてマンションの様子を覗っている。
「変に緊張しないで。不審に思われますよ」
雛子が、落ち着かないベテラン刑事に声を掛けた。怪事件が多発する文架市を守る刑事達でも、怪物を張り込む経験など初めてだ。雛子自身、平静を装っているが内心は相応の緊張をしている。「美穂達は、常にこんな緊張感にさらされているのか?」と考えると、その度胸と対応力に脱帽してしまう。
割井は怪物だが半分は人間で、日本国籍があり基本的人権で守られている。女子高生達に“人間の殺害”をやらせるわけにはいかない。割井は自分達で裁かなければならない。抵抗をする場合は「射殺やむなし」の許可が上層部から出ている。
刑事&ザック部隊は、ヘブンズパレス穂登華付近とサンハイツ広院付近の、2箇所に分かれて配置されていた。さすがに「女子高生達が囮を買って出た」とは言えないので、住民から「犯人らしき者が潜伏」とタレ込みがあったと報告してある。雛子はスマホを取り出して、紅葉がXに投稿した画像を再確認する。
「SNSにアップされた画像は、何気なく見れば背後に風景が写っているだけ、
所在地を知りたい者が見れば情報の宝庫、
これだけで、被疑者を誘き出すなんて上手く考えたわね。
度胸があって機転が利いて、ホントに部下に欲しいわ。
直ぐにでも、ザック隊1部隊を預けたいくらい」
サンハイツ広院(紅葉のマンション)には、ザックトルーパー秋川隊が待機をしている。サンハイツ広院では美穂が待機をしているので、雛子はヘブンズパレス穂登華に赴いた。広院町に割井が出現した場合は、判断力の高い美穂と、愉快な仲間達に協力的で任務に忠実な秋川が共闘をしてくれるだろう。彼等から「割井発見」の情報を得てから現場に急行したとしても、間に合う可能性が高いと考えた。
バルミィは真奈の護衛を担当している。割井捕獲作戦に参加できないのは痛いが、「想定外に真奈が狙われる可能性」を考えれば、戦力が最も安定したバルミィが就くのは理に適っている。




