46-4・狙われる真奈~蛇自決
-浜丹生町付近の住宅街-
堤防付近まで来ていた真奈は、麻由からの「討伐完了」のメッセージを見て安堵をする。「麻由が殺されるビジョンと嫌な予感」は、なんだったんだろう?真奈は麻由に「生きてますよね?」とメッセージを送ったら、「もちろんです」と返信が来た。続けて「攻撃されなかったか?」と質問を送ったら、「戦ったのは美穂さんとジャンヌなので、私は全く攻撃されていない」と返ってきた。
それを証明するように、真奈の体力は「全力で走った」以外の理由で消耗しているのが解る。ジャンヌへの体力供給が為されているのだ。
直ぐ近くのビルの屋上に天狗が立ち、眼下の風景を眺めていた。「ヘルの気配」を感じて此処まで来たが、直ぐに隠れてしまったようだ。
「チェッ・・・見失っちゃった。まだ、完全覚醒はしていないみたいだな」
スレイプニルとヨルムンガンドから借りた部下共を暴れさせればヘルが気付いて起きてくれるかと思ったが、駒が弱すぎて想定外の雑魚共に倒された。
「仕方ない。もう少しマシな奴を暴れさせてみるかな」
天狗は背中に隠していた翼を広げて上昇。適当な高層ビルの窓に猛スピードで突っ込んでいく。窓を睨み付けて念じると、乳白色に濁ってインバージョンワールドの入口が出現。天狗は高速の飛行音だけを残して、窓ガラスの向こう側の世界に飛び込んで消えた。
「羽の生えた地球人・・・ばるか?」
空から現地に向かっていたバルミィは、麻由からの「討伐完了」のメッセージに安心した直後に、天狗の姿を発見していた。通常時の天狗は妖怪態ではなく人間態をしているので、バルミィには翼の生えた人間にしか見えなかった。近付いて“羽人間”が消えた窓を確認するが、既にインバージョンワールドの入口は消えているので、ただの窓ガラスだ。
「ばるる?」
窓を眺めて首を傾げていたら、部屋の住人と眼が合ったので、愛想笑いをして会釈する。
―インバージョンワールド・住宅街―
窓ガラスから飛び出してきた天狗の眼に、逃走をするバジリスクが見える。だが、使えない駒には興味が無い。
背の翼を羽ばたかせて大空に上がって飛び去っていく。人間界で空を移動するのは人目について面倒臭い。だから、長距離の高速移動をする際は、誰も居ないインバージョンワールドを利用している。
一方、ジャンヌから逃れたバジリスクは、カーブミラーや窓ガラスから人間界を覗き見しながら“栄養価の高い餌”を探していた。車を運転するドライバーや、自転車の乗る学生や、元気よく駆けてて行く児童や、散歩中の老人、どれもバジリスクが求める餌には該当しない。腹を満たすだけなら餌は誰でも良いのだが、ジャンヌと渡り合う為の力を得るには特殊能力を持つ餌を吸収したい。
「シャシャ!?」
“栄養価の高い餌”を見付けた。カーブミラーの向こう側の世界、真奈が小走りで堤防に向かっている。
真奈は、バルカン人に拉致され、コボルトに襲われ、カマイタチに憑かれ、弁才天ユカリに見初められてジャンヌの召喚主になり、エリスのインバージョンワールドに引き込まれそうになり、危機に陥る率がダントツで高い。見方次第では、当事者の紅葉や美穂よりも超常事件に巻き込まれている。
それは決して偶然ではなく、超常事件が真奈の特殊性に引き寄せられていたからだ。
「シャァァッッッ!」
バジリスクは、ミラー越しにインバージョンワールド内で真奈を追い、距離を詰めたところで、唸り声を漏らしながら窓ガラスから飛び出した!
「・・・え?」
気配と嘶きに気付いて振り返る真奈!蛇の怪物が真奈に迫る!
「きゃぁぁっっっっっ!!!」
真奈は、掴みかかってきたバジリスクの手を辛うじて回避!素早く後退をして距離を空ける!以前の真奈なら、目の前に人外が出現したら、腰を抜かして無抵抗で搾取されただろう。だけど愉怪な仲間達に身を置いて、精神的に逞しくなった。今更、こんな下っ端相手に動揺なんてしない。
(あれ?・・・私、何で今、コイツ(バジリスク)を下っ端と思ったんだろう?
まぁ、いいや!とにかくジャンヌさんを呼ばなきゃ!)
周りを見廻す真奈。様々な経験を積んだ事で、アナザービーストへの対処も出来るようになった。出来る限り“映る物”の傍に行かない。住宅街なら道路の真ん中に立つ。そうすれば、アナザービーストの不意打ちは受けずに済む。
一方のバジリスクは真奈の対応を見て、「高カロリーで美味そうだが、御しがたい餌」と感じていた。
「ひぃぃっっっっ!!怪物だぁぁっっっ!!!」
「えっ!?」 「シュルルルルッ!?」
何も知らない一般人が、原付に乗って現場に飛び込んできた!慌ててブレーキを掛けて原付を反転させて逃げようとするが、全身が震えて腰が抜け、上手く原付の進行方向を変えられない!
バジリスクは視界に入った一般人を睨み付ける!やや不満だが、「とりあえず腹を満たせそうな一般人」を標的に変更して襲いかかった!
「シャァァッッッ!」
「あぶないっ!逃げてっ!!」
青ざめた真奈は、無我夢中で一般人を助けようとして、バジリスクと一般人の間に割って入った!
愉怪な仲間達の一員なんだから、犠牲者の発生を傍観することなんて出来ない。そんな気持ちでいっぱいだった。・・・が、真奈の行動は、バジリスクにしてみれば「棚からぼた餅」だ。
「シャァァッッッ!」
「きゃぁぁぁっっっ!!」
バジリスクは、割り込んできた真奈を掴み、原付のミラーを睨み付けて乳白色の出入口を発生させ、インバージョンワールドに飛び込む!
喧騒が収まり、その場には状況を全く飲み込めない一般人だけ残された。
「ばるるるっっ!!」
直後に、異変を察知したバルミィが急降下して着地する!ハッキリとは確認できなかったが、怪物が「真奈らしき人」をミラーの中に引き摺り込んだように見えた。
「マズいばるっ!まだ終わってないばるっ!」
単独でインバージョンワールドに入れる紅葉や美穂は何処に居る?複数人をインバージョンワールド内に送り込める麻由は何処に居る?バルミィは、焦りながらグループLINEで「まだモンスターはいる」「人が鏡の中に連れて行かれた」「真奈かもしれない」「現在地は浜丹生町」と立て続けにメッセージを入れた。
-文架大橋東側の橋下-
ジャンヌが、真奈との繋がりが急に途切れた事に違和感を感じた。直後に、バルミィのメッセージを受け取って美穂&麻由と共に焦る。バルミィの目撃談と、ジャンヌの違和感のタイミングが合う。
一刻を争う事態だ。麻由が雲外鏡を再レンタルするには、タイムロスが発生してしまう。紅葉が直ぐに駆け付けられる状況なのか解らない。美穂が変身をしてインバージョンワールドに入る選択肢しか残されていないのだ。
「くそっ!間に合えっ!
麻由は紅葉と連絡を取って、紅葉にインバージョンワールドに入ってもらうか、
ジャンヌをインバージョンワールドに入れるか、相談してくれ!」
美穂はネメシスに変身をして、川面からインバージョンワールドに飛び込み、麻由は急いで紅葉に電話をかける。
紅葉も焦っていた。だが、目の前に母親がいるので変身をして駆け付ける事が出来ない。再び、麻由に雲外鏡をレンタルする手段しか思い浮かばない。
有紀も言葉には出さないが、「まさか、自分の紅葉を思う行動が、紅葉の足を引っ張るなんて」と動揺をしていた。
-インバージョンワールド・堤防付近の住宅街-
ネメシスがキグナスバイクを駆る。こんな時、紅葉なら「生命が存在しないはずの世界」に「存在する生命」を感知できるのだが、今回はアテに出来ない。ネメシスは、堤防から真奈の自宅(杉田邸)までの道のりで、真奈が通りそうな道を予想して探す。
「居たっ!!」
比較的広い路地で真奈を発見。2mほど距離を空けて、蛇の怪物睨み合っている。
「良かった。無事でいてくれたか」
ネメシスはマスクの下で安堵の表情を浮かべた。蛇は苦手だが、そんな悠長な事は言ってられない。「接近戦をせずに決着を付けたい」と考えて、キグナスバイクの進路をバジリスクに向けて、アクセルを精一杯ひねった。
「このまま問答無用で弾き飛ばす!!」
バジリスクに向けてキグナスバイクが急加速をする。しかし、真奈とバジリスクの様子がおかしい。真奈は険しい表情でバジリスクを睨みつけており、バジリスクは怯えているように見える。
〈ヨルムンガンドの兵隊ごときが・・・
この娘に眠るのが私と気付いての狼藉か?それとも、気付かぬほどの小者か?〉
「しゅるるる・・・・・・・へ・・・ル?」
〈死ね・・・・・・自らの手で〉
「シャ!?・・・しゃ・・・・・シャアアアアッ!?」
バジリスクの全身が痙攣をして、手が意思に反した動きをして自ら腹を抉る。苦悶の絶叫を上げるが、手は背中に貫通して、バジリスクは仰向けに倒れた。
「なにっ?」
異変を感じたネメシスはキグナスバイクに急ブレーキを掛けて急停車をさせる。その視線の先でバジリスクが爆発四散。真奈は何かに憑かれたような表情で爆炎を眺めていたが、やがて“いつもの真奈の表情”に戻り、同時に虚脱して両膝を地について俯せに倒れた。
「真奈っ!」
ネメシスは、バイクから降りて真奈に駆け寄る。意識を失っているだけだが安心はできない。真奈の全身から、粒子の蒸発化現象が発生している。
ネメシスが到着するまで、真奈が蛇の怪物から、どうやって身を守ったのか?何故、蛇の怪物は自決をしたのか?解らない事だらけだが、状況確認をしている余裕は無い。
「直ぐに戻ってくいるから待っていてくれ」
ネメシスは一度単独でリアルワールドに戻り、直ぐに麻由に電話を掛けた。
「真奈は無事だが、インバージョンワールドに閉じ込められている。
そっちは、どうなった?」
《紅葉から雲外鏡のデータを受け取って、入口を作るところです》
「大至急頼む!場所は、○○町だ!」
ネメシスは再びインバージョンワールドに入り、気絶中の真奈を背負って河川敷に向かって駆ける。十数秒ほど走ったら、バルミィと、ユニコーンに乗ったジャンヌが、空から迎えに来てくれたので、大きく手を振って呼び寄せた。
この一連の動きを影から観察している2匹の異形がいた。馬型アナザービースト・ケルピーの上位種=ラムポスと、蛇型アナザービースト・バジリスクの上位種=ケツァルコアトル。ネメシスやジャンヌには目もくれず、バルミィに運ばれていく真奈を興味深そうに眺める。
-西側堤防-
紅葉がYスマホを握り締めながら走っている。グループLINEで、その後の状況を質問したが返信が来ない。既読数が参加メンバー数と合わないので「メッセージを見ていないメンバーがいる」と想像できる。きっと、メッセージを入れている余裕が無いのだろう。現地に行きたいけど、後ろから自転車で付いてくる母親の目が厳しくて動くに動けない。
「ん~~・・・どうしよ」
態度には示さないが、内心で焦っているのは有紀も同様だった。「春休み中は、キッチリと紅葉の管理をする」と決めたことは判断ミスだった。紅葉をフリーにしてやりたいのだが、意図的に目を離す手段が思い付かない。
(やれやれ、困ったわね)
文架市で、妖怪絡み以外の何かが、間違いなく発生している。しかし、妖怪に特化した有紀の感知力では、何が起きているのか把握できない。
「んぁっ!来たっ!」
紅葉のスマホがLINEメッセージの通知音を鳴らした。即座に画面を開いて確認をすると、美穂から「真奈は無事」ってメッセージが来たので安堵の表情を浮かべる。たが、数秒後に「ただし意識を失っていて文架病院に運んだ」と立て続けにメッセージが入った。
「んぇぇっっっっ!!?」
「あら、急にどうしたの?」
有紀は、素っ気ない対応をするが、内心では詳細を知りたくて仕方が無い。
「友達がニューインしちゃったっ!ゴメン、ママ!お参りに行ってもイイ?」
「お参りじゃなくて、お見舞いでしょ。
お友達が大変なら仕方ないわね。行ってあげなさい」
「んっ!アリガト、ママ!」
ようやく紅葉をフリーにしてやる大義名分が出来ので、渡りに船とばかりに許可を出す。紅葉は進行方向を変えて、有紀に見送られながら慌ただしく駆けていった。余程慌てているらしく「母から自転車を受け取る交渉」をする余裕すら無いようだ。
「さて、私も・・・」
紅葉がフリーになる=有紀もフリーになる。紅葉を送り出して終わりではない。今からは紅葉のストーキングをしつつ、「今、自分の知らないところで何が起きかけているのか?」を調査しなければならない。




