第93話 武器商人(割と悪徳)
同じ頃、ゼノアの王宮をパトリック殿は走っていた。
たった今、ガーゴ城砦から早馬が着いたのだ。
彼は、若くもないのに息せき切って王宮内を真剣に走っていた。目指すはラセル王の居室である。
「パトリック殿、どうしたのじゃ?」
「これ、王宮を走りまわるとはいかなることじゃ」
パトリック殿はラセル王の居室に自由に出入りできる身分ではあった。しかし、今日の彼は、たとえ入室が禁止されていたとしてもドアを蹴り破って入っていきそうだった。
「ラセル陛下!」
部屋の中にはラセル陛下とマスクをしたマノカイの王配殿下が居た。
パトリック殿はひるんだ。
「いま、いま、ガーゴ城砦から報せが届きました。フィンを壊滅させたと」
ラセル陛下がニコリと笑った。
「そうか」
「マノカイの王配殿下が、マノカイ軍を指揮してフィンの大軍を完膚なきまでに壊滅状態に追い込んだと」
そういいながら、パトリック殿はマノカイの王配殿下をちらりと盗み見た。この人物は誰なのだろう?
「そうか」
ラセル陛下がほほえんで、マノカイの王配殿下の方を振り向いた。
「申し訳ございません、パトリック様」
マスクをはずしながら、王配殿下らしい人物はあやまった。
「マノカイの王配殿下が、フィンを敗走させる作戦が成功したら、パトリック様によくあやまっておいてくれとおっしゃっていました」
パトリック殿はあっけに取られた。
「あ、あなたは?」
「はい。わたくしは、殿下の従者のガレでございます。殿下の影武者を務めておりました。ゼノアの皆様方をだましまして申し訳ございません」
一本気なパトリック殿はあんぐり口をあけていた。ガレは続けた。
「マノカイ軍が動かないと思えば、フィン軍は全戦力をガーゴ城砦に集結させるだろう。マノカイの軍備は強力だが、規模が小さいため展開作戦が出来ないので、戦力が集中したときを狙って、一気呵成に壊滅させたい、その方が戦が早く終わり、また、犠牲者も少なくて済むと殿下が作戦を立てられました」
「わたしも賛同した」
ラセル陛下が口を添えた。
「わ、わたしは……わたしは、そんな作戦のことなど全然知り申さず、さんざんマノカイ軍と殿下の悪口を言いまわってしまった」
「パトリック様に本当のことを申し上げなかったのは、大変申し訳ないながら、きっと、マノカイ軍が動かないことを、あちこちに触れ回ってくれるだろうからその役割をお願いしたかったからだと言っておりました。申し訳ございません。おつらい役割をふりまして」
「そちのおかげで、マノカイ軍の初動は、どこにもまったくばれなかった。おかげでフィン軍がガーゴ城砦に集中した。大成功だ」
「フィンに大変な損害を被らせたようで、大勝利と伝えてきております」
ガレもうれしそうに微笑んだ。
「わたくしどももこれで大手を振ってマノカイに戻れます」
数日後、戻ってきたゼノア軍とマノカイ軍は大歓迎を受けた。なにしろ救国の英雄だったから。
隣国エーデンの大使や、周辺の他国の大使達は、感謝パーティなどの合間を縫って、なんとか王配殿下に会おうと努力した。なにしろ、いやと言うほどその威力を見せ付けられた例の武器を手に入れないわけには行かなかったからだ。本国からは指令が飛んでくる。
「王配殿下はいずこ?」
「市中である」
「ええ? 何用で?」
「なんでも商人どもと話しをしているとかで」
「話? 商人どもなんかと何の話があると言うんだ?」
そのころ、ジェルナン殿は例のマスクをつけた格好で、商人どもから下にも置かぬもてなしを受けていた。
「一度、マノカイにきていただいて、演習を見た方が話は早かろうと思う。特別に招待しよう」
「それは是非」
「他国には出来るだけ値打ちなりの評価で売ってきてほしい」
出来るだけ高く売れという話なのだなと彼らはぴんと来た。それで値段をそれとなく聞き始めた。
「それは見てからお話しよう。エーデンはもちろん、周辺各国の大使から引き合いが来ておる。ところで、契約する場合、当然マージンがかかるわけだが……」
「ま、まーじん? とは?」
「はばかりながら……どういう意味でございますか?」
「うむ。説明しよう。」
マノカイの王配殿下は、にやりと笑った。
あとで商人達は相当悩まされることになった。
「マージンと独占契約の前金の交渉を始める王なんか初めてだ」
「相当な高額だな。どうする? 払うか?」
結局、マノカイの王配殿下は相当な額の前金をせしめて帰ることになった。
「弾代を稼がにゃならんのでな。次の武器の開発費もかかるし。まあ、君達、これは一種の投機だと思いたまえ」
「とうき?」
「そう。君らは武器の開発は出来ないだろう? 私ならできる。そして武器ほど高値で売れるものはないぞ? 私に金を渡せば、新しい武器を開発してくれる。新しい武器が出れば、それを買わないと国家の存続にかかわるので、皆が血道をあげて買いに来る。無限ループだ。君達、大金持ちになれるぞ」
ジェルナン殿は歯を見せて笑い、商人達は半分しか話の内容がわからないながらおずおずと愛想笑いで応え、一部始終を聞いたキャンベル殿はもはや絶句した。
「なんと言ったらいいのか……」
ジェルナン殿はマスクの下からニヤリとした。そしてガレには、こっそりと言った。
「ゼノアの商人はマノカイの者が知らないことを聞きこんでくるだろう。」
「殿、早い話がスパイではありませんか?」
「人聞きの悪い。協力者だよ。今回の戦争はデモンストレーションとしては、この
上ない大成功だ。フィンの脅威がある限り、マノカイは財政難で悩む必要はなくなったよ」
「殿は、王国第一の高貴なお方にして豪胆無比な武人なのに、ゼノアの商売人をすっからかんにするのですか」
「何を言っているんだ。これからやつらは大もうけするんだ。俺に足を向けて寝られないほどにね。ゼノアの復興に寄与するのだ」
マスクをつけると、王配殿下はゼノアでの最後の晩餐に出かけていった。
晩餐はにぎやかで、おおぜいのゼノアの貴族や軍人、エーデンの大使を始めとした各国の大使が参加していた。
ゼノアは皆々それこそ言葉もないくらい感謝していたが、内心はきわめて複雑だった。
気がついたときにはもう遅く、マノカイはこれまでの歴史上、もっとも強大で圧倒的な軍事力を持つ国に変貌していた。
ゼノアがあれほどてこずったフィンは、わずかなマノカイ兵の前に、再起不能なまでに敗北せしめられた。
この数年間、ゼノアとマノカイの間には目立った争いはなかったので、マノカイの成長を知る機会はまったくなかったが、今、改めて考えてみると、この王配殿下がマノカイの軍を牛耳り始めてからこの方、ゼノアは勝ったことがなかった。
ゼノア人達は、マノカイの王配殿下にヒヤリとした底知れぬ恐れを抱かざるを得なかった。
隣国に超軍事大国をむかえることは恐ろしいことである。
明日、マノカイ軍は自国へ帰る。
マノカイ軍の早期の帰国は、ゼノアが望んだことでもあった。最初はあれほど早く来てくれないかと切望した軍隊だったが、いまや少しでも早く居なくなってほしかった。
マスクをしている点を別にすれば、殿下は王として十分な威厳と風格を感じさせる人物だった。
礼儀正しく静かな彼が、戦場では悪魔のようだったと聞くと、そのギャップゆえに、逆に恐怖を感じるのだった。
「あの容貌で、フィン族を皆殺しにしたそうだ」
「倒れた者も、おそろしくよく当たる銃で狙って殺したという」
「数キロ先の平原まで、フィン族の死体が続いた。地獄のようだった」
誰かが聞こえないように小さな声で言った。
「悪魔だ。死神が化けているんだ。昔、うわさを聞いたことがある……あの男は、実は……」
だが、ゼノア以外の国の評価はまったく異なった。
「よく考えられた作戦だった。非常に合理的だ」
「フィンの被害は甚大だったが、マノカイ兵の死者はなし。ゼノア兵の死者はほんの数名、マノカイが参戦する前の被害の方がずっと大きかったらしい」
「すばらしい。最小限の被害で、最大の成果。マノカイの王配殿下は稀に見る名将だ」
「自ら指揮し、さらに城砦から出撃したそうだ。もっとも狙われる立場なのに。勇敢な男だ」
「銃の射程が長いので絶対に安心という確信があったからだそうだ」
「そこよ、問題は。確かに知略の将で、わずかの期間にフィンを研究し、あっと驚かせるほど巧みな作戦でフィンを壊滅に追い込んだが、それもあの武器があったからこそ」
「欲しい」
「欲しい。確かに。あれさえあれば、わが国の国防は万全」
「他国に先駆けて手に入れないと」
「そう。隣国が先に手に入れたら、我々は危険だ」
彼らは、マスクをつけてラセル王と談笑するマノカイの王配殿下をもの欲しそうに眺めた。




