第92話 死体だらけの荒野は地獄絵図っぽい
あいかわらず轟音ががんがん響いていた。ただ、動き出したフィン軍は急には止まれないらしく次々と流れてきては、迫撃砲の犠牲になっていた。
「適当でいいぞ、もう。ここの広場さえきれいになったら、あとは適当に脅かしておけばいい」
マノカイの兵達は続々と下の広場に集結し始めていた。
フィンはようやく後退を始めていた。迫撃砲で届く範囲の軍はもはや壊滅状態で、後ろから行軍してきた連中はこの有様に仰天して後退しようとしているようすだったが、うしろがつかえているのでうまくいかず、もたもたしているうちに射程範囲に入ってしまい犠牲者が増えていっていた。ただ、行軍のスピードは急激に衰えてきていた。
マノカイのライフル部隊は集団で固まって、迫撃砲部隊とが協力して、フィン軍がもたもたしているを幸い距離を詰めていった。こちらの方が射程が長いので、断然有利である。きっちり距離を読んでいけば危険はほとんどなかった。
騎馬が本気で逃げ始めれば、歩兵ではまったく追いつけないので、敗走し始めるまでがチャンスだった。もう、城砦からでは弾が届かないので、打って出たのだ。
「行くぞー」
ジェルナン殿は先頭に立った。
「殿下が出ていくのは止めて。危ないから、本当に止めて……」
インディーは半泣きだった。
「こんな王配殿下、聞いたこともないわ……」
インディーが愚痴った。
「殿下、深追いは止めてください。危険なんですから。これだけ殺したらもう十分ですよ」
「脅しまくれ。もう二度とマノカイに歯向かわないように」
「殿下、やつら、マノカイに歯向かってるつもりはないと思いますよ? マノカイ、来てないことになってたじゃないですか」
「見ろ」
ジェルナン殿は、うしろを指差した。
彼らの背中には騎馬兵が何騎か付き従っており、いずれにもマノカイとジェルナン隊の大きな旗がひらめいていた。
「フィンだけじゃない。ゼノアの連中にも見せてるんだ」
よく見ると、この隊だけではなかった。どこにもかなりの数の旗部隊がしたがっていた。
「マノカイだ……」
「マノカイの旗だ……。あれはジェルナン殿の旗印だ。来ていたのか。来ないといっていたのに……」
ゼノア軍の兵士たちも呆然とその旗を見つめていた。
あやうく全滅を覚悟していたが、訳の分からないままに轟音と銃声の響くほんの数十分で、事態は劇的に変わっていた。
いまやフィンのほうがほぼ全滅に近い状態で必死になって敗走していた。目の前にはフィン兵やウマの死体が転がっていて、凄絶な光景だった。
一方、マノカイ軍のほうは逃げるフィン軍を追っていた。フィンの方は騎馬が主なので、マノカイの歩兵部隊はやがて徐々に距離を引き離されていった。
もう射程がまったく届かない距離まで逃げられると、マノカイ軍は城砦に戻り始めた。
「旗を立てよ。よく見えるように」
もう夕方だった。帰り道は悲惨だった。傷ついた人馬の合間を縫って戻るのは、まるで地獄を歩いているようだった。
「落ち着いてみると、たまらんな」
「残虐王と呼ばれそうです」
「ううむ。マノカイ軍の評判がかえって落ちそうだ」
「もう二度と、誰もマノカイに逆らわないと思うが」
「死神とか言われそうだ」
城砦のゼノア軍は、広場(砲撃で出来た広場だが)に出てきて待っていた。
先頭は、マレル殿だった。
マレル殿が全軍に説明したらしかった。マレル殿以下全軍が、夕方の光の中を、ほこりだらけになって戻ってきたマノカイ軍を整列して迎えいれた。
彼は真っ青な顔をしていたが、ジェルナン殿に最敬礼をした。
「マノカイの王配殿下とマノカイ軍に感謝をこめて。敬礼!」
ものものしい儀礼だったが、当然のことだった。
若い容貌の、ゼノアの兵たちが始めて見る顔の青年が厳しい顔をして真ん中に立っていた。
「あれが……」
人々は異様な関心を持って、改めてマノカイの王配殿下を見た。
兵卒も将軍も、その顔を記憶に刻み付けた。
翌日、マレル殿とジェルナン殿はゼノアの王宮に向けて出立した。
マレル殿は複雑な思いだった。
あんなに礼儀正しくて温厚な風だったのに、恐ろしく勇敢で強く、肝をつぶすほど残虐だった。ついでに金銭に汚かった。ジェルナン殿は、あのあと、その地方の商人や領主から金や貢物を巻き上げて帰ったのである。
マレル殿には、その辺の感覚がどうも理解できなかった。
だが、ゼノアとマノカイの兵の死傷はとことん抑えた。最初の戦闘で死傷したゼノア兵と、流れ弾に当たった者は別として、ゼノアとマノカイの損失はほとんどなかった。特にマノカイ兵はほぼ無傷といってよかった。
弾は大量に使ったが、その分この地方の豪商や領主達から取れるものほとんどすべてを巻き上げていた。弾代だと強弁していた。そんな理屈があるのかないのか、根っからの貴族のマレル殿にはよくわからなかったが、とにかく商人どもを説得していた。その時の彼の言い草がフィン兵の死体の始末を頼むと言うものだった。死体だって、金目のものを持ってるはずだから、探してみろと言わんばかりなのである。
「当分、フィン族は来ない」
一緒に首都へ戻るゼノアのほかの隊の隊長たちは、正体がわかったマノカイの王配殿下をどこかまぶしそうな目で眺めた。
行きの控えめな青年が、実はマノカイの王配殿下で(どう計算しても年齢が合わなかったが)、あの戦闘を指揮し、戦い抜き、見たことも聞いたこともないくらい残虐な戦果を残したことは、彼の若すぎる容貌とあいまって、どうにもこうにも納得しがたいものがあった。
彼は途中から、またもやマスクをつけた。
ゼノアの人々は、マスクをつけた王配殿下の方が落ち着けた。
マスクをつけると、どっしりした信頼の置ける人物に変身するのだ。
「中途半端な戦勝は意味がない。徹底的な敗北を被れば、フィンはもう来ないだろう。戦争は国を荒廃させる。今は戦争を終結させ、次に備える時間が必要だ」
マスクをつけた王配殿下にこう言われると、フィン兵の多くの死体も、ゼノアの安全のためには仕方なかったという気持ちにさせられるから不思議だった。
それはマレル殿も同様だった。
マスクをした殿下から落ち着いた声で、常識的な理路整然とした話を聞かされていると、一瞬驚かされた残虐性も合理的で果断な判断という評価に傾いていった。死体から離れたことも大きかっただろう。
シャハイはゼノア軍の中で数少ない最初の戦闘の被害者のうちの一人だった。
「流れ弾にあたったのだろう」
彼はライフルで頭を撃ち抜かれて死んでいた。ただ、おかしなことに彼は前から撃たれていた。




