第91話 ガーゴ砦の戦闘開始
翌朝、ゼノア軍はマレル殿を総大将としてゼノアの王宮の前に集結していた。
マレル殿はそれぞれの隊の隊長を務める貴族たちに「ラセル陛下の肝いりで参加された貴公子」を簡単に紹介した。
ゼノアの将たちは激戦を目前に控え、ほとんど話を聞いてもいなかったが、何人かはすらりとした体つきの身奇麗な青年貴族にむしろ苦々しげな一瞥をくれた。彼はあまり武人らしくは見えなかったので、足手まといだ位に思ったらしかった。
他の将校も彼と話した者はいるが、「礼儀正しい控えめな青年」だという評判だった。こっそりあんなに静かな様子の青年では、実際の戦いに入ったら腰を抜かして役には立つまいと陰口を叩く者もいた。
目的地に着くと、彼らはマレル殿の軍隊と入り混じりになって、もっとも前線に配置された。
だが、打って出なかった。
「マレル殿、フィンの配置を少し見よう。もし、主力軍が押し寄せてきたら、明日と言わず今日でも本番にかかる」
だが、その日は小手調べなのか小競り合いがあったに過ぎず、翌朝からゼノア軍が打って出た。
いつもと同じように、剣と弓との戦いであった。
ジェルナン殿は城砦から様子を見ていたが、軍の規模などからゼノアの劣勢は明らかであった。フィンが大軍を用意してきていることが、伝わってきた。
「多分あすは総動員でかかってくることと思う」
マレル殿は緊張して、傍らの若い将校に向っていった。ゼノアがだんだん追い込まれていく様子に不安になったのだ。マレル殿は、まだマノカイの戦いぶりを実際に見たことがなかった。
若い将校は、うっすらと微笑んでいた。
「マノカイの連中は何の役にも立たないクソやろう共だ。今が正念場だって言うのに、肝心なときにいやがらねえ」
マレル殿麾下の年を取った兵士が同じくその様子を見ながら愚痴った。
「わたしは見たことがないが、マノカイは強いのか?」
マレル殿は心配になったらしく、その老兵に尋ねた。
「強いですよ。他人を頼るだなんてしたかねえが、やたら武器が強い。あの武器が欲しい」
「武器がどんなに強くても使うのは人間だ。すぐには使えないぞ」
いきなり若い将校が割って入った。すらりと背の高い彼は、いかにも身分のある若い貴族らしく軍服を洒脱に着こなしており、それがこの老兵の気に障った。
「それでも武器がなけりゃ話になんねえ」
年寄りの兵士は若い将軍の顔を批判的に見た。彼は古参の兵だったから、何も知らない若造のくせに小生意気だとでも思ったのだろう、その若い将校の顔をにらみつけた。
だが、顔を見た途端、彼はものも言えないほどおどろいた様子だった。手が震えた。
「リ、リョウ……!?」
若い将校も古兵の顔を見た。
シャハイだった。
「おまえは……」
「あ、いや、まさかリョウのはずがねえ。いくらなんでも、あいつだって、もう40近いはずだ。こんな顔してるわけがねえ」
王配殿下は、かがんで老兵と目を合わせた。ごく小さい声で言った。
「俺だ。リョウだ。シャハイ……久しぶりだ……」
「お知り合いですか?」
おずおずとマレル殿が聞いた。
「わたしがリンゲルバルトの軍に居た頃の、ラセル陛下の部下だった頃の知合いです。」
シャハイも声をひそめて尋ねた。
「リョウ、本当にリョウなのか?」
「そうだ、シャハイ、だが、今は言うな。今は作戦中なのだ。フィンを壊滅させるための。わたしは、来ていないことになっている」
「来ていないことになっている?」
「わたしがマノカイだ。マノカイ軍はここに居る。今、フィンの本隊が来るのを待っている。マノカイ軍が来ないと思わせ、油断してやつらが一気に押し寄せてくるのを待っているのだ。」
「ジェルナン王配殿下って、お前のことだったのか?」
「そうだ。わたしはここにいる。だが、シャハイ、絶対に話すな。ゼノアとラセル陛下を助けるのだ。わかったな?」
そのとき、ときの声が上がった。
「フィンだ!」
遠くにもうもうと砂煙が上がっているのがわかった。
いままで見たこともないくらいの大軍だった。
今ここに居るゼノア全軍の何倍いるか見当も付かなかった。
マレル殿は部下に立て続けに命令を出し始めた。ジェルナン殿は薄笑いをもらした。
「よし!」
モレル殿やインディーなどが走ってきた。
「いよいよです、殿」
「本気出してフィンがやってきました! ついに!」
「計画通りだ。引き寄せろ。もっともっとだ。ああ、ロケットランチャーが欲しい」
彼らの大将は時々こんなことを言う。なに言ってるんだかわからない時は放っておくのが一番とばかり、まずインディーが走っていった。
眼前ではゼノア兵が次から次へと倒れていっていた。フィンの大軍勢は、地面を覆いつくし、後から後からやってきていた。もう砦の目の前まで詰め寄り、何人かはすでに砦の壁に取りつき中へ入ろうと弱そうな部分を探し攻撃し始めていた。
「そろそろですか?」
あせったモレル殿がじりじりしたように聞いた。
「もう少し引き寄せるか?最後尾が見えないな?」
「そろそろ始めて、追いかけましょう」
さらに騒ぎが大きくなった。フィンの弓隊が城内部めがけて火矢を放ち始めた。
「火事はイヤですよ」
「よおーし、弓隊を絶滅するところから始めるかな?」
「よーし、殿からOKが出たぞ。始めろォ。」
モレル殿が叫んだ。
「始めろー」
「始めろー」
次々と伝令が伝わっていき、まずライフル部隊が、城砦の高い部分から弓隊を狙い打ち始めた。ライフルの軽い音が響き始め、敵兵が次々と倒れていく。
「ジェルナン殿!」
マレル殿が息せき切って帰ってきた。
「そろそろ開始していただくわけには……」
「え?」
ライフルを構えて自ら撃ち続けていたジェルナン殿が振り向いた。
「ああ、マレル殿。心配ご無用。もう始まってますよ。弓隊はもうすぐ全滅だ。」
どおおーーんという音が響き始めた。
マレル殿は音に驚いてあわてて窓に走り寄った。何の音だろう。聞いたことがない。
「空から? 空からなにかが降ってきている?」
マレル殿が叫んだ。
「平地から撃ってるんじゃなくて、城砦の高い所に設置した迫撃砲を撃ち始めているのです。その方が射程が延びるので。ここらの兵が全滅したら、いよいよ城砦の外へ出て行きます。危険だけどね。見て御覧なさい。」
「はくげきほう? ぜ、全滅?」
髪を振り乱し、目を血走らせたマレル殿が窓からのぞいてみると、たった10分間でまったく様相が異なっていた。
音に驚いた人馬はめちゃくちゃになって、方向もばらばらに半狂乱になって走り回り、お互い同士でぶつかったりして自滅していた。ウマは、まったくコントロールが利かなかったし、人もところ嫌わず撃ち込まれる爆弾に成す術がなかった。
「ぼやぼやするな。ライフルで潰せ」
ジェルナン殿が怒鳴った。倒れただけの人間たちを無慈悲なライフルの弾が次々に止めを刺していく。
「もう倒れているんだぞ?」
マレル殿がたまりかねて叫んだ。
「殺さなくても…!」
「これだけじゃ済ませない。今からあの場所へ出て行くんだ。こちらの兵を死なせるわけには行かない。皆殺しにしないとこちらが危ないのだ」
「えっ?!」
「マレル殿、ゼノア全軍を引いてしまってください。今からフィンを皆殺しにする。巻き添えになってしまっては危険だ。マノカイ軍はこれから城砦を出て行く。ゼノア兵で負傷した者を看護できる薬品などをそろえてきている。使ってください」
あまりの残虐ぶりにマレル殿は動揺していた。
「一人残らず皆殺しですか? な、なぜ?」
「我々が危険だからだ。死人は動かない。フィンで抵抗しない者は、同じように看護するといい。ゼノア兵を撤退させてください。マノカイが出て行く」




