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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第4章 東渡りのジグ人の真実

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第90話 秘密の作戦

 ガーゴ城砦には行かないと返答すると、まじめなパトリック殿はカンカンになった。青筋がめきめきと立ち、顔が紅潮する様子は恐ろしいほどだった。


 モレル殿では、どうにもならずジェルナン殿があたふたと駆けつける騒ぎになったが、ジェルナン殿は隣国の殿下で、パトリック殿が意見できる相手ではなかった。

 ジェルナン殿は、のんきなような、情勢がイマイチ飲み込めていない人物のような対応をしてみせて、詰め寄るパトリック殿をのらりくらりとかわした。2時間くらいも激論を叩き交わした後、パトリック殿は「所詮、隣国なぞ頼りにも何もならない」という真実を得て、氷のように青ざめて去っていった。向かう先は、ラセル陛下である。


 1時間後、ジェルナン殿はラセル陛下に呼ばれた。


 彼は思わずモレルと微笑をかわしたが、渋い顔を作るとラセル陛下の部屋に出向いた。


 室内には、ひどい興奮状態のパトリック殿と、真剣に心配し怒っている様子のゼノアの人々が集まっていた。キャンベル殿、マレル殿も居た。


「まあまあ、さきほどパトリック殿が大変心配しておられた件についてですな。みなさま、ご参集と言うことは」


 ジェルナン殿はのんびりした様子で切り出した。


「ラセル陛下もお話をお聞きになられたのでしょうな」


「そのことで、マノカイとゼノアの長らくの付き合い、もとは同じ国だった事実や、ジェルナン殿とは特別な関係があることを鑑みて、お願いがあるのだ」


 ラセル陛下が始めた。


「しかし、さほどの心配はありますまい。マノカイは親戚でもあるラセル陛下の護衛にうかがったような次第ですから」


「いや、攻撃は最大の防御であると申しましてな」


 興奮した誰かが叫んだ。


「西のガーゴ城砦は、非常に重要な拠点です!」


「まあまあ、そう興奮なさらずに」


 マノカイの王配殿下は諫めたが、そのどこかのんびりした口ぶりは、相手を余計怒らせたらしかった。


「せめて、陛下と先に話をさせていただこうか。マノカイの軍はマノカイの支配下にある。パトリック殿はその点をお忘れではないかな?」


 ジェルナン殿は、穏やかな言い方だが、はっきりと言った。


 ラセル陛下は、ちょっと渋ったが、全員を退出させた。


「ラセル陛下、われわれマノカイ軍は、二週間という短い間ですが、戦線を大分北へ押し戻すことに貢献したと思っているのだが、その点についてもご不満かな?」


 扉が閉まりきらないうちに、ジェルナン殿は大きな声で切り出した。


「いや、その件については本当に感謝しておる。ただ、パトリック殿が伝えたのは、今回ガーゴ城砦が非常に重要な拠点で、おそらくここが陥落したら……」


 ジェルナン殿は続けて、と言った身振りをした。そして、ほかに聞いている者はいないだろうかと身振りでたずねた。


「フィン族はゼノアの王城、中心部を掌握するための基地を手に入れることになる。王城の警護に来たとおっしゃっていただいたが、あそこを………誰も聞いてはおらんよ。大丈夫だ」


 ラセル王は声を落とした。ジェルナン殿は椅子を近づけて、小声でしゃべり始めた。


「誰も聞いていないでしょうね? それでは言うが、パトリック殿には気の毒をした。大分怒らせたから」


「何の話だ?」


「城砦に行かないとがんばったのでね。彼はがっかりしたし、怒ってマノカイの悪口を広げているだろう」


「城砦には行ってほしい。本当にあそこが落ちるとゼノアは危険なのだ」


「その件については、外国人なので理解できないやつと言うことにしてくれ。そして、フィン族にマノカイ軍は参戦しないと信じ込ませて欲しいのだ」


「行ってくれるのか?」


「いや、実はもうマノカイに帰りたいのだ。だが、こんな一進一退では帰れない。だから、フィンに大打撃を与えるチャンスを狙っているのだ」


 ラセル王は意外に思ったようだった。


「どうする気だ?」


「なにしろ、マノカイ軍が強いことは知れ渡った。ゼノア軍ばかりを狙ってくるし、マノカイを見ると逃げることしか考えない。これでは効率が悪すぎる。打撃を与えられたのは最初だけだ。できるだけ大勢のフィン族に集まってもらって総攻撃をかけてきたところを叩きたいのだ。」


「それがガーゴ城砦か?」


 ジェルナン殿はうなずいた。


「マノカイが来ると聞けば長期戦を考えるだろうが、来ないと知ればチャンスだと思ってフィンは総力をかけて攻撃してくるだろう。

 ガーゴ砦は重要な拠点だ。こんな大事な戦いに、マノカイが参加しないだなんて不自然すぎる。参加しないことをフィンに知らせる必要がある。カンカンに怒ったパトリック殿は、マノカイの悪口をところ嫌わずしゃべるまくるだろうよ。うまくいけばフィンをだませる。彼らはマノカイは出てこないなら安心して、ますます多くの軍をガーゴ城砦に集結させるだろう。

 一方で、マノカイの旗印は全部、王宮付近の拠点に残しておく。

 そしてマノカイの本隊は、ゼノア軍の服を借りてゼノアのふりをして行軍する。一日だけ待ってくれ。油断させてから総攻撃にかかる」


 ラセル陛下はジェルナン殿の顔を見た。


「うまくいくかな?」


「うまくいくかどうかは、陛下次第。パトリック殿は廉直の人なので、宣伝役になってもらった。事情を知ってマノカイ軍をうまくゼノア軍の中にとり紛らせる内応役は、腹芸のできる人物がよい。誰がいいだろうか?」


 ラセル陛下は、じっと考えてジェルナン殿の提案を消化しているようすだった。


「なるほど。敵をだますには味方から……ということか」


 ジェルナン殿はうなずいた。


「できるだけフィンに固まってきて欲しいのだ。何しろマノカイ軍は規模が小さい。展開が出来ない。いっぺんに片付けて、大打撃を与えたい。しばらくゼノアに進軍して来れないほどの打撃をだ。その間にゼノアも体勢を立てなおすことが出来る。マノカイ軍も自国に戻れる」


「うむ。いいかもしれない」


「規模の小さいマノカイ軍を最大限に活用したいのだ」


「事情を知る者としては、キャンベル殿とマレル殿がよかろう。二人とも筋金入りの忠義者のうえ、腹芸が出来る」


「では、呼んで欲しい」


 硬い表情のキャンベル殿とマレル殿が現れた。彼らもガーゴ城砦を心配しているのだった。


 だが、室内に入ってきて、彼らは意外そうな顔をした。


 てっきりこわい表情で敵対していると思われた二人の王が、ニヤリと微笑んでいたからだ。


「マレル殿はもともとガーゴ城砦に行く予定だから、マノカイ軍はマレル殿の軍にくっついていけばよい。そしてキャンベル殿は残る予定なので、噂の先導役と後日の説明役になってもらおう」


「な、何の話ですか?」


 二人は目を白黒させた。


 ジェルナン殿が説明役を買って出て、戦略を説明し、それまでの準備を語った。それから、ゼノア軍のマノカイ軍をまぎれこませるための軍服の仕度など細かいことをいろいろと依頼した。


「必要な装備の方は、わたしがしよう」


 キャンベル殿の目に光が宿った。マレル殿も生き生きとしてきた。


「いいかもしれない。確かにマノカイの強力な武力を活かしきるチャンスだ」


「わたしはマレル殿の部下を装って従軍する。マレル殿、よろしくお願いする」


 ジェルナン殿が言った。


「いや、まさか、そんな年配の立派な将軍を部下だなんて、わたしの方が気圧されまする」


 マレル殿は目を光らせ、やる気満々で歯を見せて笑った。キャンベル殿も笑った。


「わたしの腹心のガレを残していく。彼にはわたしの代わりにマスクをしてゼノアの王宮に残らせる。マノカイの王配が参戦しているとは誰も思うまい。一方、わたしの方はマスクを取って指揮を取る。マノカイの者は全員わたしの顔を知っているが、ゼノア軍は誰もわたしの顔を知らない」


「すばらしい。フィンもゼノアも完全にだまされるな」


「誰一人、マノカイ軍の出動がわからないだろう」


 ジェルナン殿はマスクをはずした。


「キャンベル殿は私の顔をご存知と思う。もう何年も前にお目にかかったきりだが。マレル殿にはわたしの顔を覚えてもらわないといけないので」


 二人は、ジェルナン殿の顔を見つめた。


 いささか興奮気味だったふたりが黙った。


 ひどく若い男が静かに立っていた。


 本当に、こんな年の若造がマノカイの王配殿下なのだろうか。今の作戦を思いつき実行しようという男なのだろうか。


「まちがいなくこの方がマノカイの王配殿下だ」


 ラセル陛下が口を挟んだ。


「まったく変わっていない。私はこんなに年を取ってしまったと言うのに」


「た、確かに、マノカイの宮廷でお目にかかったあの方です。でも、かえって若くなったかのようだ」


 キャンベル殿も詰まりながら口を添えた。ジェルナン殿がさっきと同じ声で静かに言った。


「まったくこの顔では威厳がない。わたしが必要としているのは、風格と威厳なのですがね。ましてや他国では若造とあなどられて時間の無駄になる。マスクをしている理由はそれだけですよ。

 ただし今回は、うまいぐあいに利用できそうです。マレル殿の部下の軍勢の武官と紹介されたら、誰もなにも疑わないでしょう」


 マレル殿が息を飲んだ。


「了解した。明日、わたしはあなたをラセル陛下の肝いりで参加された王家の血を引く貴公子だと紹介しよう。わたしの軍の誰しもが、あなたとあなたの軍を下にも置かぬ扱いをするだろう。わたしの軍はあなたの手助けに徹する。自由に動いて欲しい。」

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