第89話 マノカイの武器は強すぎて話にならない
夕食の席で、彼は多くの貴族達に次々に紹介された。
彼は名将として有名だったし、マノカイの王配殿下と言う高い地位の人物とわかっていたので、異様なマスク姿も、奇異に思ったに違いないが、誰も何も言わなかった。
マスクをしていれば、確かに彼は四十歳くらいの落ち着いて威厳ある人物として通った。人々の扱いは丁重で、それに応えるマノカイの王配殿下の様子はきわめて自然だった。
マスクを取ると、途端に若造になってしまう。顔立ちが美しいだけに余計始末が悪い。
戦時中だけに、簡単な夕食会で、話の半分以上は、現在のフィン族の軍の状況や配置の話に費やされた。
翌日からは、実戦に出た。最初は薄ら笑いを浮かべていたゼノア軍は、マノカイの武器の実戦を見て、慄然とした。
ライフルは非常に有効だった。正確さは噂以上だった。だがそのほかに射程がそれまでのものより格段に長くなっていた。大勢で押し寄せてきても、届く前にやられてしまう。フィンがまるで相手にならなかった。そして一番大きかったのが、騎馬に対する大砲の威力だった。問題外に絶大だった。
まず、ウマが狂ったように反応した。一発撃てば、たとえとんでもなく見当はずれな所に着弾したとしても、その轟音だけでウマと人が入れ乱れてパニックに陥り、マノカイ軍が何もしなくても自滅した。
「大砲って、昔からあったよね?」
リョウが首をかしげた。
「結構な音がするんじゃなかったっけ? なんで音にあんなに敏感なのか?」
「いや、使ったことがありません。」
ゼノアのパトリック殿が答えた。
「あるにはあるのですが、砲身にひびがいって、それ以来、危険なので使っておりません」
マノカイの手助けで、数日で戦線はだいぶ北に押し戻された。新しい武器は大成功で、フィン族はマノカイの旗印を見ただけで逃げ始めるほどだった。
ただ、問題は、フィン族の数が多いと言うことだった。
騎馬の機動力を生かして、マノカイ軍の居ない部分を突破してくる。マノカイ軍が布陣している限り、フィン族はまったく歯が立たなかったが、ゼノアが守っている部分をこまめに突破しに来た。
「これでは帰れんわい。いたちごっこだ」
二週間たって、ジェルナン殿がモレルに愚痴った。徐々に戦線は北に押し戻されていたが、マノカイが手を引いたとたんに元の木阿弥になることは目に見えていた。
「ゼノア王は、武器の供与を要求されておりますが」
「そんなもの渡すなんてどこのマヌケだ。マノカイが危なくなるわい」
「まあ、ゼノアがマノカイへ攻めこむことは、この状態ではありえないでしょうが」
「今はな。だが、先のことも考えないと。ところで、モレル」
ジェルナン殿はモレルに言った。
「夕べ、パトリック殿が西のガーゴ城砦へフィンが集結する気配だと伝えてきた」
「はい、あの砦は戦略上非常に重要で、危機的状況と聞いております」
モレル殿は神経質そうに答えた。彼もゼノアの状況が悪いことは承知していた。フィンに押されており、戦いが長期化することを恐れていた。
「それで、ぜひともマノカイの力を借りたいと要請しておられましたが」
「私は断ったのだ。マノカイの旗印はここと、ここと、ここに集めておけ」
モレルは地図を見た。
「東部の拠点重視ですね? 西のガーゴ砦の守備には参加しないのですか?」
「しない。マノカイは人数が少ないから、全面に布陣することは出来ないのだ。おそらくこの二週間でフィンもそれを理解したのではないかと思う」
モレルは、自分のボス相手に思わず注意した。
「しかし、殿下、ガーゴ砦の戦いに参加しなかったらゼノアになんと言われましょうか。ガーゴ砦は守りの要です。あの砦を取られてしまうとゼノアは圧倒的に不利になります」
「そんなことはわかっているが、俺はもうマノカイに帰りたいのだ。マノカイの王配殿下がそんなに他国に長居できるか」
「お言葉ではございますが、この状況では帰るに帰れませぬ。ゼノアはマノカイに頼って、なんとかしのいでいる状態で……」
「戦果を挙げればいいわけだ。
マノカイの旗印はゼノアの王宮の周辺でだけ揚げさせろ。そしてマノカイの本体はゼノア軍の格好をしてガーゴ城砦に行くのだ。マノカイは王城の付近の警護に専念してるとフィンに思い込ませるのだ。
そして、一日だけ新兵器を使わずに我慢する。ゼノア軍だけでマノカイ軍は動かないとフィンは思うだろう。マノカイさえいなければ、簡単に勝てると思って総動員でガーゴ城砦へ襲いかかってくる。そんときやっちまえ」
「はあ、なるほど。」
「そして、この話は、パトリック殿にはするな」
「え、どうして?」
「本来なら、ゼノアを助けに来たマノカイが、そんな肝心なところで手を抜くはずがない。だが、マノカイとゼノアはもと敵国同士、そんなに仲がいいわけがない。そろそろどこかで亀裂が生じないかとフィンも期待しているだろう。
そこへ、まじめで愛国心あふれるパトリック殿が、マノカイがゼノアの思うとおりに布陣してくれないと不満を持ったとする。あり得る話だ。他国の軍勢を思うとおりに動かそうなんて、そもそもおかしいしな。皆が信じるだろう。フィンだって信じるに決まっている。
マノカイなんかと戦ってもボロ負けするだけだが、ガーゴ城砦の警備にマノカイが行かないなら、手に入れるチャンスだ。総動員で戦いに来るに決まっている。ワナさ」
「ワナ?」
「そう。フィンの主力を全滅させるワナ」
ジェルナン殿はニヤリとした。
「たいした手間もかからんし、うまくいけば大手を振って帰れる」
「うまくいかない時は?」
「あれだけフィン兵を殺したんだ。もうたくさんだろう。バッソンピエール殿に叱られる前に戻るさ。俺の魂の心配をしてくれてたからな。殺しすぎると地獄に落ちるらしいぞ?」




