第88話 マスクの王配殿下 再び
その頃、マノカイの王配殿下ことジェルナン・ライカ殿は、各部隊に彼らの旗を飾らせて、ご機嫌で行軍していた。
「三段がまえだ。まず、マノカイの旗、次にライカの旗、次にお前らの地方の旗を飾れ。モレルなら、マーリー殿の所領のヒースだな」
「銀の隼の絵柄です。隼が多い土地柄ですから」
モレルの隊はうれしそうだった。
「うん。そして、わたしはマスクをする」
「え?」
モレル以下、兵達はあっけに取られて彼らの大将を見た。ジェルナン殿は、どこからかマスクを取り出してきて、つけている最中だった。
「これで将軍らしくなったと。でないとなあ、ゼノアの軍になめられるんだよ。なんで、こんなに若く見えるんだろう」
彼らは彼らの大将の妙な決意に、かなり驚いたが、多少わからなくもなかった。なにしろ、自分たち自身に大将殿は30代と何回言い聞かせても、顔を見るたびに、勝手に10歳ほど若く認識され直されてしまって、つい、威厳が消え果ててしまうのだ。
「これなら40台でも通る。」
ジェルナン殿はそう言ってほくそ笑んだ。
彼にはゼノアでは顔をさらけ出せない理由があったのだ。
彼を知らない人ばかりではなかったからだ。
いろいろと都合の悪い事実はまだ生きていた。
それは彼の幸運が続く限り表に出てこないが、ゾンビのように生き返るチャンスを狙っていたのだ。
彼らは重い荷物を抱えながら出来るだけ急いで進軍した。荷の軽いライフル隊は先行し、迫撃砲隊、追加の銃弾部隊は、少し遅れて着いてくる予定だった。
3日間進み続けて、ゼノアについた。
ゼノアの城を見たとき、ジェルナン殿の心からは戦争も、武器も、モレルもウマも消え去った。
年月がたっていた。
今や、マノカイのすべてを掌握しているのは彼だった。押しも押されぬ実質上の王であった。
ゼノア王もかつての若かったリョウが、ジェルナン殿という名を名乗り、マノカイの女王と結婚し、マノカイの王配殿下の地位を得、抜け目ない施政者として、ゼノア以上に狡猾で堅実な外交を繰り広げてきたことを知っている。
戦争を避け、敵国を利用し、同盟を結び、金でつり、立場を利用し、武器で威嚇した。だが、約束を守り、信用される国がマノカイであった。そして、正面切って戦争をしたことはなかったが、リンゲルバルト殿の戦死以来、その強さは知られざる武器の秘密とともに恐れられていた。
今、そのベールがはずされるときが来たのだ。
それとともに、リョウの今の姿も。
「ラセル様はどんなだろうか」
ゼノアの王宮を、本当に久しぶりに目前にして、リョウこと、マノカイの王配殿下は思いを巡らせた。
彼はラセル陛下の忠実な部下だった。だが、リーア姫との結婚によるマノカイの権力を目の前にぶら下げられ、彼はラセル陛下を裏切った。その後、リョウは執念深く権力を追い求め、宿敵を追い落とし、時には友すら殺し、貴族の身分を騙り、見かけのよさで若い女王陛下を手に入れた。ラセル陛下はリーア姫との結婚を望んでいたのに。
言い訳したくなる自分がばかばかしかった。そんなことは気にする必要がまったくないことだった。ラセル殿だって、妻がいたのに、リーア姫と結婚しようと画策していた。彼はそれを阻止したのだ。
「マノカイの王配殿下のおなり」
ゼノアの城門が、マノカイの軍隊のために開け放たれ、整列した大勢の兵士たちと威儀を正したゼノアの高官たちがかしこまって待っていた。
「行くぞ」
殿下とは。ラセル王が聞いたらどんな顔をするだろう。それからリンゲルバルトも。あのリョウが殿下とは!
「大丈夫です。マスクの件は先に伝えてあります。それで失礼させていただくと」
腹心で王配殿下に常に付き従う従者のガレがささやいた。
王配殿下は、軽い身のこなしでウマから降りた。
ゼノア側は事前に予告されていたにもかかわらず、マスク姿の王配殿下に驚いたようだったが、すぐにこちらに近づいてきた。
「ようこそ。王配殿下。マレルでござる」
ジェルナン殿は、もうマレル殿の顔を覚えていなかったが、丁重に挨拶した。
「マノカイの宮廷では、いろいろと失礼つかまつった。ゼノアの危機に際して、救援に駆けつけてくださり感謝申し上げる」
こういったのはキャンベル殿であった。
「手遅れにならないうちに急ぎ参上いたした」
王配殿下はいささかぶっきらぼうに答えた。キャンベル殿は自分が歓迎されていないことを知っていたらしく、出来るだけ目立たないようにしていた。
「さ、さあ、ラセル陛下がお待ちかねである」
マレル殿がそそくさと案内した。
ガレが後を付き従い、王宮の廊下を彼らは進んだ。
気のせいか、王宮は古びて、がらんとした感じがした。
「マノカイの王配殿下であらせられます」
マレル殿が型どおり紹介したのを聞いて、ジェルナン殿、かつてのリョウはマスクの下で顔が赤らむのを覚えた。
マスクをしていてよかった。
目を上げて、リョウはあっと驚いた。
年月は、ラセルに驚くほどの変化をもたらしていた。
彼は太り、髪が薄くなってばらばらと白髪交じりになっていた。顔には深いしわがよっていた。
変わっていないのは目だけだった。その目は相変わらず穏やかで静かだった。
「久しぶりだ。何年ぶりだろうか」
その声も変わっていなかった。感情に走らない、穏やかで信頼感を起こさせる声だった。
「陛下……」
リョウはつい頭を下げた。姿は変わっても、中身は変わっていない。
「それでは夕食までお二人でお話くださいませ。戦時中のことで、たいしたおもてなしも出来ませんが」
「お気使いなく。明日は戦線に出ますので」
マレル殿が出て行った後、二人は黙って座っていた。リョウはどう話を切り出したらいいかわからなかった。
「リーア姫と結婚したと聞いた」
「陛下……」
かつて何回も一番下っ端の臣下として出入りしてきた同じ部屋に座ると、マノカイの王配殿下と言う高い地位にあるはずなのに、リョウは昔の自分に戻ってしまったような錯覚を覚えた。
だが、ラセル陛下は笑い出した。
「姫は実は昔から、そちのことを白馬の王子様と呼んでいた。いいように姫に回されたものじゃ」
リョウは驚いて目を上げた。
「当時のゼノアの宮廷には、男っぷりのいい歌い手に夢中になっている姫君たちが大勢いたが、姫はそれともまた違ったようだったな。幼い頃からの知り合いだと言い言いしてたから」
リョウが中年に差し掛かった王配殿下ではなく、若い貴族ででもあるような話しっぷりだった。
「まあ、そんなことをマノカイの王配殿下に向かって言っても仕方あるまい。失礼に当たるしな。バッソンピエールではなく、そちがマノカイを切り回してきたことは、ゼノアの外交官の報告で知っている。もともと素質があったのだろう。ところで、なぜマスクをしているのかな。わたしは顔を知っている。隠すことはないだろう」
「顔を隠す理由があって。見ればお分かりになりましょう」
「なに? ケガでもしたのか?」
リョウは、紐を解いた。頭を振って乱れた毛を直すと、彼は静かにラセルを見つめた。
ラセルの目が大きく見開かれた。
「これは…… リョウ……」
リョウは、全くといっていいほど変わっていなかった。まだ20代の若者にしか見えなかった。
「いや、リョウではない。王配殿下…… あなたはいくつなのだ。」
「多分、30代半ば……」
「た、多分?」
「年齢がもうわからない。」
彼はそういうとまたマスクをつけた。
「誰もわたしを年相応に見てくれないのですよ。不便で。威厳ある将軍として遇して欲しいのに、いつまでも若造扱いです。ゼノアの兵たちになんと思われることでしょう」
リョウは笑って済ませようとしたが、ラセルはあまりのことに呆然としていた。リョウは、こっそりため息をついた。




