第87話 ゼノアからSOS 助ける義理はない
(とてもとても長い)エピローグ
幸せな結婚式から、幸せな何年かが過ぎ去った。
何事もなかったが、新しい王配殿下は、新しい立場を利用して、金儲けに大忙しだった。
「薄汚い商売人ども」だの「下品な鍛冶屋ども」だのが喜々として王宮に出入りし、しきりと王配殿下と会談しては、もっともらしいしたり顔で帰っていった。
残念ながら、これは昔からの宮廷貴族たちには、はなはだ評判が悪かった。
王配殿下に直接意見する者までいた。
しかし、それはだんだんとウィルスみたいに広がってきた。つまり、王配殿下と一緒になって、「薄汚い商売人ども」や「下品な鍛冶屋ども」と口をきく貴族たちが増えてきたのだ。
まず白羽の矢が立てられたのは、我らがユーグ公だった。
公は、王国第一の大貴族だった。
大貴族だったし、マノカイの女王の即位を支えた大立者だった。その結果、最も高位の最も実入りの良い官職を占めていた。大蔵大臣である。もちろん公が占有している以上何人たりとも文句を付けられなかったが、官職は、ただ保有されているだけだった。
そこへこっそり差し向けられたのが、これまた王国第一の商人の息子であった。本来ならお目にかかることすら許されない低い身分の者だったが、この男はへいこらしながら王配殿下の紹介状をかざしてお屋敷にやってきたのである。
ユーグ公はむっとした。
しかし、王配殿下の紹介状はさすがに無視できない。
公の機嫌は最悪だった。
しかし、この平民は王配殿下が選び抜いた人物だけあって、お世辞とスルー力は最高だった。
公が何をわめきたてようが見事にかわして、気が付くと、公はうっかりこの貧相な平民の男の話に乗って、莫大な金額を手にする書類にサインしていた。
「ここと、ここじゃな?」
「はい殿さま。それと御料地の方々へのご命令書にもサインをお願いいたします。わたくしが御料地で差配できますように」
「よし、わかった」
実際、ユーグ公は相当の金額を手に入れることができた。
彼は全く満足した。
周りの貴族たちは、ユーグ公がうまく立ち回ったことをうらやんでいるようだった。
「我々もああなりたいものだ」
貧相な男はウマに乗り、子分と何枚かの紙をもって地方へ旅立った。全国の土地検査と税調査の基礎のためであった。
「次は誰それの御料地の調査に入りまする」
税と武器の開発と販売、これが新王配殿下が熱中した新しいゲームだった。
3年目のある朝、異変が起きた。
ゼノアが、北方のフィン族の侵攻を受けて、マノカイに救援を求めてきたのだ。
もともと、何かと仲の悪い両国で、救援など論外だったが、今回の敵は異教徒のフィン族であった。
あれこれと理屈をつけ、のらりくらりと返答をかわしてきたきたが、ついにフィン族がゼノア王宮近くまで迫ったと言う報を聞いて、ようやく王配殿下が重い腰を上げた。
「マノカイに攻め入られてはたまらん」
貴族たちや民衆も、ゼノアを助けてやれと合唱を始めたころだった。
「止めておきなさい」
戦争などに何の興味もない女王陛下は一言で却下した。
「とはいえ、ラセル陛下は陛下には大叔父に当たられる親戚筋……」
「ユーグ公、大おじさまは私を何度も拉致しようとされました。とんでもありません。大体、戦争なんか大嫌いです。人が傷ついて死ぬのですよ」
ユーグ公はこっそりため息をついて、王配殿下のところへ出かけることにした。
「女性に戦争の相談をするのは間違いじゃった」
王配殿下の元へ行ってみると、すでにそこには大勢が集まっていて、議論の真っ最中だった。
「おお、バッソンピエール殿の声がする。すると、皆が殿下に出兵を勧めているものとみゆる。よしよし」
ユーグ公は思わず我が意を得たりと微笑んだ。そのように思えた。しかし、そばに寄ってみると、そうではなかった。
「殿下、お願いですからそれは思いとどまってください」
ドアを開けると、マーリー殿が王配殿下に取りすがっていた。ユーグ公が部屋へ入ってきたので、全員が振り返った。
「おう、これはいいところに」
王配殿下は明るい調子でユーグ公に話しかけた。ユーグ公はちょっと面食らった。
「まあ、人数としては200名どまりでいいと思うのだ。どうお考えか?」
「え?(軍を派遣するつもりなのだな…)ま、まあ、その程度で結構かと……」
「うむうむ。私としてもそれくらいが副将が必要なくてよろしい。まあ、心配するな。フィンなど跡形もなく蹴散らして見せるわ」
ユーグ公は耳を疑った。
「まさか、殿下ご自身が出かけるとか?」
「うむ。いいチャンスだからな」
「だから、止めなさいって言ってるじゃありませんか。リグ殿でも出しておきなさい。大体、チャンスって何がチャンスなんですか。危ないって言っているでしょう」
マーリー殿が哀願調を止めて、ついに食って掛かった。
「私ども全員が陛下に叱られます」
「まあ待て。いいではないか。新型銃の威力を確かめてだな」
王配殿下はテーブルに並べられた、奇妙な形の品々をほれぼれと眺めた。
「人々に公開して、そして売るのだ。大もうけだ。すばらしいデモンストレーションの機会だ」
その場にいた10人ほどの人々は一様に顔をしかめた。でもんすとれーしょんてなんだ?
「信じないのか? では、工廠にご招待しよう。実技を見たら納得できると……」
「殿下、こないだ見せていただきましたよ。確かに度肝を抜かれました。だが……」
「ユーグ公はまだでしたな? さあさあ、ぜひお越しくだされ。お目にかけよう……」
異様に張り切ったジェルナン殿は、よく訓練された部下と得意のどんぐり型の銃弾と新式の銃剣、迫撃砲と手榴弾を馬車に乗せて出発した。
「意気揚々としているわね。なんでわざわざ自分で出かけたがるのかしら。誰か何か言ったのかしら」
大勢の侍女をはべらせて、窓から夫の出陣を見物していた陛下は、そばにいた廷臣たちをじろりと眺めてのたもうた。
王配殿下付きの貴族の連中は震えあがった。
「私ども一同、殿下がお出向きになることはありませんと、口をすっぱくして申し上げましたのに」
「ケガをするとか負けるとか、そういうことは全く考えていないわね。あなた方はいったい何のために工廠まで付いていったのですか?」
陛下ににらみつけられた臣下達は、盗み食いを見つかった犬のように間が悪そうに下を向いた。
「……新型兵器の自慢を聞かされるために」
仕方がないので、一同を代表してバッソンピエール殿がしおしおと答えた。
「ラセル陛下が危機だと騒ぐから……」
陛下ははなはだご機嫌斜めだった。マーリー殿、リグ殿、バッソンピエール殿、ジャボット殿、陸軍大将のオーエン殿が一様にしょぼくれて部屋から出て行った。
だが、バッソンピエール殿とオーエン殿、リグ殿が、ひそひそと話し合ったように実は戦況は決して楽観できる状態ではなかった。
「昨日、ゼノアから、また使者が着ました」
「ゼノアから山ひとつ超えた所まで迫ってきたらしいな」
「首都が陥落すると後が大変だ。ゼノアの首都は交通の要所に当たる。あそこを抑えられると、今度は奪還するのがおおごとになる。そう簡単には落とせるような地形ではないが」
「ゼノアの砦は、マノカイを警戒して作られているので、フィン側の方が脆弱な作りになっているし」
「ゼノアは大分疲弊している。食糧などは問題ないだろうが、武器は足らんはずだ」
「ジェルナン殿が早く着けばいいが」
「あの男は、戦争だけはどういうわけか達者だからな」




