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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第3章  ジェルナン・ライカ殿

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第77話 リンゲルバルトに嘘は通じない

 二人は黙っていた。


 ジェルナン殿もなんと言っていいかわからなかった。


 さっきガゼル殿の言葉に真っ赤になって反応していたのは、リンゲルバルトが居たからだった。


 ガゼル殿を早々に引き取らせたのも、ガゼル殿が余計なことをリンゲルバルト殿に話すのが心配だったからだ。


「リョウ……」


 しばらくたってから、リンゲルバルトが言った。


「これ、はずしてくれないか」


「あ、ああ。すまなかった。忘れてた」


 ジェルナン殿は、リンゲルバルトの腕を縛っていた縄をはずそうと彼のそばに寄った。


「だが、はずしていいのか」


「なに?」


「いや。一応、敵だから」


「うむ。それはそうだな」


 二人は考えて、緩めるだけにした。


「それもおかしいな」


「確かにおかしいけど……。それはそうと、夕べはどうしてたのだ。火薬で大爆発を起こしたのだが」


「反対側で熟睡してたよ。あんな目にあったのは初めてだ」


 リョウは黙った。それからポツリと言った。


「すまなかった」


「なに。爆発か? 爆弾は仕方あるまい。戦争だからな」


「いや……。その、裏切った話だが……つまり、その、ラセル陛下をだが……」


 リンゲルバルトは、わかったという顔をした。彼も気になっていた話らしかった。


「あー、裏切ったな、間違いなく」


「すまん。あれはだ」


「なんでいきなり裏切った。一番裏切りから縁遠そうな顔をしてたくせに」


「あれは、えーと、単なる女に血迷ったというヤツだ」


 リンゲルバルト殿がリョウの顔を見た。


「なんだと? お前、おかしいんじゃないのか? あの話のどこに女がいる」


 リンゲルバルトはジェルナン殿の顔を見つめた。ジェルナン殿は何か言いにくそうだった。


「どこの女だ」


「リーア姫様だ。いや、陛下だ」


「えッ?」


 リンゲルバルトは目を丸くして驚いた。


「ええと、姫から手紙をもらったんだ」


「なんだとう?」


 リンゲルバルトが、リョウの顔をつくづく見た。リョウは一生懸命説明した。うそは言っていない。


「来てくださいって。夜に」


「なんだ、そのデートのお誘いみたいな」


「私だって、デートのお誘いだと思ったのだ」


「なんだ、その戦闘中の浮わついた話は」


「あのとき、尼僧院で歌ったろう」


「そうらしいな。アルビスが言ってた。尼僧院中が感動していたって」


「そしたら夜にお会いしましょうって」


 リンゲルバルトは驚いてジェルナン殿の顔を見た。


「それがわからん。唐突過ぎる。信じる方がどうかと思うぞ。姫様の名をかたった罠だ、それは」


「リーア姫様とはずっと知り合いだった」


「知り合い? 姫君様なんだぞ。知り合いになれるはずがなかろう。特にお前のような一介の平兵士が何言ってるんだ」


「ずっと昔に尼僧院で知り合ったんだ」


「どこの尼僧院だ。大体、男のおまえがどうやって尼僧院に入り込んだ?」


「最初はマノカイの城で会った。リップヘンも居た。あと、尼僧院にはだいぶ居たよ。まだ小さかったからな。いっしょに遊んでた」


 リンゲルバルトはリョウの顔をつくづく眺めた。


「そんな話は初耳だ」


「信じてくれなかったろ」


「あんな見すぼらしいなりの兵士に、そんなことを言われても信じられるか」


「姫様は知っていた」


「ああ、そういえば」


 リンゲルバルトは思い出したようだった。


「お前の顔見て、リョウって、呼びかけていたことがあった」


 リンゲルバルトさえもだまさずには居られない。これではまるで自分が昔からの貴族の家柄であるかのようではないか。


「罠かもしれないとは思ったが、行かずにはいられなかった」


「デートだったのか? それはすごい」


「いや、それは違ってた。仕官せよと言われ、その時点でラセル殿を裏切った」


「なんで、受け入れたんだ」


「だって、薄幸の姫君にほかに頼るものが居ないとか言われたら、どうするのだ」


 リンゲルバルトは黙った。


「それは……まあ。ありそうな話だな。」


「その時の姫様の護衛が、さっきのガゼルだ。姫様は、俺がいなくても、翌朝、ガゼルに一人で会いますなんて言うんだもん。危なくて」


「うむ、それは確かに危ない気がする。危ないってわかってるんだろうか」


「たとえ、わかってても、理屈で理解してるだけだから、対応できないんじゃないんじゃないかと思った。」


「まだ二十歳になってなかったな」


「16歳か17歳かな? そんなもんだ」


「いやー。確かにほっとけないね」


「ほっとけなかったんだよ。せめてリップヘンならまだしも、ガゼルだなんて。だけど、ラセル様を裏切る結果になるのが、具合悪くて。ラセル様の下で一生過ごすつもりだったから」


「ラセル陛下はショックを受けていた」


「もう仕方ない。行くとこまで行くしかない。俺は姫様と結婚する」


「えっ? あの噂は本当なのか?」


 リンゲルバルトは真剣にびっくりしてリョウの顔を見た。


「そう」


「ラセル陛下に譲れよ」


 リンゲルバルトは無愛想に言った。


「だめだ。ゼノアの者では納得しない」


「誰が?」


「マノカイの者達だ」


 二人はまた黙った。


「リンゲルバルト殿を始末すれば、結婚の条件が整うな」


「お前を殺せば、昇進の夢がかなう。俺がラセル陛下の第一の側近になれる。ラセル殿はリーア姫と結婚してマノカイを合併できる」


 二人は長い間黙っていた。


「リンゲルバルト殿、ゼノアにお送り申し上げよう」


「俺の首は?」


「あきらめる。その代わり、ゼノア王にマノカイ女王との結婚はあきらめていただく」


「俺の首なんかじゃダメだぞ、それは」


「リンゲルバルト殿は、ジェルナン殿に惨敗した」


 リンゲルバルトの眉がピクリと動いた。


「城は破壊され、軍は壊滅状態だ。捕虜となって、ジェルナン殿のもとに連れてこられた」


「ふん。よくわかった。俺の首を取れ」


「捕虜にして身代金を取るのも手だ」


「あのガゼルの野郎、裏切りやがって。ウマの用意がございますなどと、おびき寄せられた。あれほど大金を払って城から手を引かせたのに。俺は騙されたのだ。でなければ、あんなヤツに捕まるわけがなかろう。まったく身代金が莫大な額になりそうだ」


ジェルナン殿はピクリとした。


「リンゲルバルト殿が勇敢で忠実な騎士であることは承知している。ゼノア王のお手元に返そう」


「この有様じゃ、ラセル陛下はかんかんだろうな。国じゃ俺の排斥運動が起こりそうだぜ」


「次はマレル殿をよこしてくれ。リンゲルバルト殿だから、この程度で済んでいる。マレル殿は友人ではない。容赦はしない。命はないものと思え。それでもリーア姫を奪いに来るなら、こちらも何度でも戦う。必ず勝つ」


 リンゲルバルトの顔色が変わった。彼はリョウの顔をじっと見た。


「さすがにちっとは変わったようだな」


 それから彼は言葉を続けた。


「だが、大口を叩きすぎたな。俺を生きて返してくれるのは結構だが、覚えて置けよ。俺をここまで連れてきたのは、お前じゃない。ガゼルだ。うぬぼれるのもいい加減にしろ。東渡りのジグ人、楽師のリョウ。身分を偽り、リーア様をたらしこんで結婚までたどりついたか。たいした出世だ」


「俺のことを……」


「なるほど、てめえの身分じゃ、俺を殺せるまい。身の程知らずもいいとこだからな。ラセル様が珍しく楽師を抱えられたというので見に行ったら、どこかの田舎の百姓の小せがれのような身なりの男が兵士どもに殴られていたよ。それがお前だった。なにがリーア様の幼馴染だ。誰がジェルナン・ライカ殿だ。ウソもいい加減にしろ。俺には通用せんぞ。ラセル陛下だって、お前のことは知っている。流れ者の楽師、えせ占い師だ。東渡りのジグ人、不死身の男さ」


「リンゲルバルト……」


「お前は、最初話すことさえ不自由だった。幼い頃からリーア姫の宮廷に出入りしていたなら、言葉を知らないなんてありえない話だ。僧院出身だなんて名乗っているらしいが、祈りの言葉ひとつ知らないし、文字はまだ読むことも書くこともできないはずだ。ライカ殿のご子息とは全くの別人だ」


 リョウは、銃を取り出した。


「殺る気か」


 リョウは黙った。ついにこんな時が来てしまったらしい。自分のために他人を犠牲にするときが。


「殺したくない。殺したくないが……。逃げてくれればとどれほど願っていたことか」


「なにを大層そうなことを……。お前に俺を殺せるわけがない、ガゼルだってそう保証……」


 リンゲルバルトは最後まで言えなかった。銃声が響き、リンゲルバルトは緩く足と手を縛られたままの格好で、傍らに倒れた。城の室内に敷かれていたじゅうたんに温かな血が吸い込まれていく。

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