第78話 裏切りと取り引き
銃声に、人々がバタバタとやってくる足音が聞こえた。
「ジェルナン様?」
「なにが起きたのでございますか?」
兵士4、5人と、その後ろからジーグ伯とパシー軍長が現われた。
「ひいいい」
軍人ではなく、あまり殺人現場などには居合わせたことのないジーグ伯は、室内で繰り広げられたこの有様に気が動転して、くるりと向きを変えると走り去った。
「城の次は私のじゅうたんが血まみれに……」
「おい、誰かアイツについていてやれ。だいぶ動揺しとるぞ。じゅうたんの問題じゃないだろうに」
ジェルナン殿は兵士に注意した。一人が頭を下げて命令に従った。それからジェルナン殿はパシー軍長に向き直って言った。
「リンゲルバルト殿を丁重にゼノアにお送り申し上げてくれ」
「殿様は、リンゲルバルト殿を殺さないおつもりだったのではございませんか?」
「だが、仕方なかった」
ジェルナン殿は悄然と言った。
「さあ、マシューを呼んで来い。あいつに送らせよう。きっと喜んで送ってくれるに違いない」
「いや、殿様、マシューは気がどうかするんじゃないですか?リンゲルバルト殿を敬愛しているようでしたからね。
しかし、我が軍がお送りするとなると、それはそれで人手はかかるし、心配ですな。なるほど、マシューを使ったほうがいいかもしれませんな。なにしろ確実だ」
「勇敢で忠実な騎士だ。礼節を持って丁重に扱ってくれ」
全く何気ない会話をしながら、ジェルナン殿はだんだん兵士達の声が遠くなって行くような気がした。
戦場で敵兵を殺すのはなんでもない。相手のことをまるで知らないからだ。だが、知り合いの死はワケが違う。
知らない兵士を殺すときでも、一瞬でもその兵士を身近に感じてしまったら、もはや死はそれまでと全く色彩を変えてしまう。
リンゲルバルトに二度と会えない。
彼に会えてあんなにうれしかったのに。以前の、自分を信じて評価されることに喜びを感じていた素直な生活に帰れるような気がしたのに。
そんな選択をしてしまった自分はもはや取り返しがつかなくなっている。なぜ、あんな判断をしてしまったのだろう。
しかし、彼はリンゲルバルトが彼のウソ話を全く信じていないことを知ってしまった。
そう、マノカイでも本当なら誰も信じないはずのジェルナン殿の物語だった。
リーア姫が裏づけに居て、ジェルナン殿になる前のリョウの様子を実際に見たことがない者だけが信じることの出来るウソ話だった。
ゼノアに来たばかりの頃、リョウは言葉が話せなかったし、騎士らしいところなんか全くなかった。
ラセル殿とゼノアの前王が宮廷に出入りさせてくれたおかげで、見よう見まねでどうにかそれらしいものを身につけたのだ。
リンゲルバルトはそれを見知っているだけに、ジェルナン殿などと言うバカ話を全く信じなかった。
兵士達が出入りして、死体を片付けていく。マシューが呼ばれてきて、その場の様子を見ると凍りつき、あまりのことにジェルナン殿を罵倒した。
「私を怒らせるな、マシュー」
ジェルナン殿は怒りもせずに静かに言った。
「友を失って悲しいのは私だ。リンゲルバルト殿は勇敢で忠実な騎士だった。だまして身近に潜んで、こっそり暗殺しようなどと言う手合いと違う」
「大層そうなことを言うな。自分で手を下しておいて」
リョウの心にその言葉は突き刺さった。
「失礼であろう、マシューとやら」
死体がなくなったので戻ってきたジーグ伯が珍しく口をはさんだ。死体や廃墟が目の前になければ、彼は理屈の通る老人だった。
「戦争とはそういうものじゃ。リンゲルバルト殿がここへ現れれば、かならず討ち取られる。ジェルナン殿がゼノアの陣営に入れば命がないのと同じ理屈じゃ」
「リンゲルバルト様と、ここの顔だけの若造とは話が違う。こいつはリーア様をたぶらかした悪人だ。殺されて当然だ」
「口を慎め。リンゲルバルト殿とジェルナン殿は、正々堂々と戦ったのだ。リンゲルバルト殿に敬意を表し、静かに帰国の途につくがよい」
川と堀で囲まれた城の生き残りの兵士達と共に、マシューはゼノアに向かうこととなった。
マノカイには城陥落の知らせに続き、リンゲルバルトの戦死を伝える早馬が差し向けられた。
が、収まらないのはガゼル殿であった。
「どうしてくれるのだ」
彼はカンカンになって怒った。
「支払いも済んでいないのに、俺の捕虜を殺しやがった」
「いろいろと戦争には事情がつき物だ。何を怒っている」
「怒るに決まっているだろう。普通、商談が決まって居ないのに、ものだけを先に使ったり食べたりするだなんておかしいと思わないのか?」
「そうかな? ガゼル殿、わたしは貴公は少々のことに怒るような人物ではないと思っていたんだがな」
「少々のこと? 大事な捕虜を勝手に殺しておいて、それを少々のことだと言うのか。そんなわけがなかろう。なぜリンゲルバルトを殺したのだ」
「リンゲルバルトを殺してどこが悪い。殺すに決まっているだろう。あとは身代金の補償の問題くらいだ」
ガゼル殿は言葉に詰まった。
「何を言う。あんなに親友だとか、殺すには惜しい人物だとか、持ち上げていたではないか。まさか、そんな薄情なことをするとは思わなかった」
ジェルナン殿には痛い言葉だった。だが、彼は表には出さずに続けた。
「ガゼル殿、裏切りは、もはや誰にも通用しないぞ」
ガゼル殿は、はっとしたようだった。だが即座に言い返した。
「何を言う。誰が裏切ったというのだ。俺は、徹頭徹尾、マノカイの味方だ。ゼノア軍が大軍過ぎたのだ。手持ちの兵では木っ端みじんになってしまう。城を守るどころではない。全員討ち死にの危険がある。仕方がないから、兵力を保持するために城を捨てただけだ。誰でもやることだ。抵抗の仕方が足らんと言われるかもしれんが、リンゲルバルトを連れてきたのだから、これで帳消しだ。」
「リンゲルバルトほどの男が、なぜお前ごときに捕まったのだ。」
「な、なんだと? 失礼だな」
「がセル殿を味方だと思って、油断したからだ」
「そんなことはない。俺は正々堂々と……」
「落とし穴でも掘ったのか。それでも、リンゲルバルトはそんなものにひっかかるような男ではない」
「何を言ってるんだ……」
「良く分かっているはずだ、ガゼル。リンゲルバルトがしゃべらないはずがないだろう」
ガゼル殿は狆みたいな目をぐるぐるさせた。
なにかいい言葉を探しているのだろう。
「誤解だ。リンゲルバルト殿は、事情をよく理解していないのだ、何を言ったか知らんが……」
「リンゲルバルトは殺されると思っていなかった。お前がそう保証したからだ。騙されたのだ」
「だますだなんて、そんな……俺はただ今の状況から一番良いと思ったことを……」
「リンゲルバルトの殺害がベストなのか? ゼノア王に聞かせたい言葉だな」
ガゼルの顔は心中を表していた。本気の憎しみと落胆と、恐怖だった。彼にとってリンゲルバルトの死は一番の失敗、最悪の事態だった。
「違う」
「もう、取り返しがつかない」
ジェルナン殿は言ったが、それは自分自身への言葉でもあった。
「マノカイもゼノアも、決して許さないだろう」




