第72話 婚約宣言
翌日は礼拝堂で陛下御臨席の会があるということで、大勢の貴族たちが集まっていた。重大な発表があると言ううわさが流れ、人々はざわめいていた。
ついにラセル王との結婚が決まったのかも知れなかった。この問題は、強い関心事だったので、いつもより多くの人々が礼拝堂には詰めかけていた。
壇上では、儀官の役をおおせつかっていたユーグ公が、麗々しくリーア陛下自身が書いた文書を読み始めた。
が、彼も内容を知らなかったらしく、途中から途切れ途切れになり始めた。
「……わ、わたくしこと、マノカイ女王リーア・ウバイア・ヴェヴェイは、騎士ジェルナン・ライカとの婚約を宣言するものとする……陛下、これは……?」
集められた大勢の貴族達はいきなりの宣言に、ざわざわとざわめきたった。
後ろの低い身分の貴族たちの席からは喝采の声と拍手がチラと出たが、たちまち静まり返った。前列の高位の貴族たちが、押し黙り、一様に緊張した表情に変わったのだ。
宣言が読み終えられると、あらかじめ決められた手順に沿って、ジェルナン・ライカ殿は壇上に呼び出された。
礼拝堂は満員で、大勢の貴族達がびっしり身分順に決まった席に座っていた。ジェルナン・ライカ殿は、その真ん中の通路を通って、壇上の陛下の元へ行かねばならなかった。
人々は、身分の軽重を問わず、全員が、通り過ぎる彼の顔を、痛いほど注視した。
さほどの身分でもない男。なぜ、彼が選ばれたのか。
彼は非常に怖い顔をしていた。
何の表情もない能面のような顔。喜びやうれしさなど、微塵も感じさせない顔。
ゆっくり、誰の顔も見ず、彼はその中を通り抜けていって、姫君の手を取りひざまずいた。
この問題にあまり関係がない低い身分の貴族達は、やっと決着が付いたかと言う顔をする者もいたが、旧来の大貴族たち、ユーグ公、ステイン殿、エルブフ殿、リップヘン殿、その他多くの貴族達はきわめて不愉快そうだった。
彼が陛下の手を取り、壇上で婚約の成り立った件について「神の思し召しである。いっそう女王陛下によりよくお仕えもうしあげる所存である」と宣言すると、大勢の貴族達が彼の顔をにらみつけた。
傍らに陛下がおられるので、さすがの彼らも表立って文句は言えなかった。だが、ジェルナン殿の顔には、これからの戦いに対する覚悟が見えた。
陛下は震えていた。覚悟していた以上の反発を感じ取ったのだ。
マーリー殿、バッソンピエール殿など、ジェルナン殿派と目される人々も黙っていた。喝采できない雰囲気だった。
浮かれることのない婚約宣言。
最初からわかっていた。
だが、もはやこのままの状態ではいられなかった。ラセル陛下との結婚を断る以上は、もう表舞台で戦うしかなかったのだ。
陛下が臨席しているのにもかかわらず、静かなささやき声を止めることはできなかった。
「ゼノアが攻めてくるといったようなことはないだろうか」
「さあ、それは。結婚問題ごときで軍を動かすであろうか?」
「あてつけがましいような気さえするからな。何も今の時期に婚約宣言しなくてもよさそうなものだ」
「そもそもあの男はたいした身分じゃない。不釣合いとまでは言わないが、もっと名門の貴族の子弟がいそうなものだ」
散会して人々を自由にするのが恐ろしいような気さえしたが、会合そのものは誰の反対もなく、静かに終わった。
ジェルナン殿は、陛下と一緒になることなく、そのまま人々と一緒に退出した。
「ジェルナン」
マーリー殿が話しかけてきた。
「結婚を陛下が承諾してくれたのか」
ジェルナン殿は怖い顔をしていた。
「そうだ」
マーリー殿は取り付く島もなさそうなジェルナン殿の顔を見た。
「どうしたんだ、うれしくないのか?」
ジェルナン殿はあきれたようにマーリー殿の顔を見た。
「なにが起きるかわからない」
「婚約が決まって、こんな顔をしている男を初めてみるよ。陛下の許に行かないのか?」
「行けない」
「冷たい男だな、相変わらず。都合で結婚するだなんて言わないでくれよ」
「これからが大変なんだ。今から戦いが始まるんだ。敵はゼノアじゃない、マノカイなんだ」




