第63話 誰も素顔を知らないために
「本当に変わった男だ。やってることと、見た目が全然違う」
男たちは噂したが、女性陣の感想は違った。彼女たちはぜひとももっとお知り合いになりたいというのだった。
彼女達はジェルナン殿を自分たちのサロンに呼ぶ方法を必死で考えたが、これと言ってよい方法が思い浮かばなかった。
なにしろ、これではジェルナン殿がリップヘン殿の有力なライバルとなるのは、誰の目から見てもあきらかだった。まさか陛下とジェルナン殿を争って対立するわけにもいかないし、こうなったら宮廷内での偶然の出会いでも期待するしかなかった。
だが、ジェルナン殿は本当に忙しい人物で、会議に続く会議、会議の後は行方不明になっていた。どこへ行ったのかと言うと、自分の工敞だった。
ぶらんとマスクもつけず、汚い平兵士の服で出て行った。
「俺の顔を覚えてもらわにゃいかん」
念のため、アンスとケーネットを連れて行った。
「兵士共が俺だと気がつかないといけないから」
とジェルナン殿は二人に説明したが、このふたりもジェルナン殿の素顔を見るのは今日が初めてだった。思っていたのと全然違う顔立ちに、彼ら二人はびっくりしていた。
ジェルナン殿は平兵士の服が好きでよく着ていたが、この顔でそんなものを着られたら、似合いすぎて誰だか絶対わからないに決まっていた。
3人で連れ立って歩くと、まるで入隊したての若造が3人歩いているみたいだった。
「おい、アンス、そいつは誰だ?」
見かけない顔に反応して、声をかけてきたのは軍曹だったが、絶対にジェルナン殿と気がついていないに違いなかった。アンスは困った。
「ジェルナン様です」
「なんだとう?」
「俺だ」
ジェルナン殿はまずいことを仕出かした気分になりかけて声をかけた。立派な衣装を着てくればよかった。
「なんだ、若造。俺だとはなんだ。名を名乗れ」
「軍曹殿、ジェルナン様です。間違いありませんよ」
ケーネットも一生懸命言った。
「マスクを取ったんですよ。聞いているでしょう?わたしたちだって今日初めてジェルナン様の顔を見たんですから」
「なにぃ? ジェルナン様と言えば、30台半ばの落ち着いた人物だろう。そいつはまだ二十そこそこの子供じゃないか。バカ言うな」
「アンス、マーリー殿を呼んできてくれないか?」
「かしこまりました」
「急いで頼むわ」
「はい。すぐに」
ケーネットとジェルナンの周りには、ジェルナン殿の名を騙るあつかましい若者を一目見ようと、兵士たちがわらわら集まってきていた。
「そもそも年が違うってのがだめだなあ」
「かわいい顔をしてるのに、頭がどうかしてるのか」
「リュートなんか持って何する気だ」
「いい加減にしろ。わたしはジェルナンだぞ。声でわからんのか」
「なんだ、かわいいな、こいつは。だが、生意気だ」
「うーん、そういや声は似てるな」
「今日は、ディクスンは来てないのか? モレル?」
「なんで俺の名前を知ってるんだ」
「知ってるに決まってるだろ。お前をヒースで拾ったのはわたしなんだから」
「え?」
「ディクスンも、その隣のアウィアで志願してきた。二人とも供回りに加えただろう」
「あれ?」
「今日は手榴弾の出来を見に来たんだよ。先週、時間が空いたらくるって言ったろう」
「はあ……」
「陛下のご命令で、マスクを取らなきゃならなくなったんだ。顔をお前らに覚えてもらわんといかん。まあ、こんなもんかも知れんとは覚悟してきたが、全然信用されていないな」
「え、だって、ジェルナン様は30代半ばの中年に差し掛かった将軍ですよ?」
「違うよ。まだ、20代だ。今、マーリー殿を呼びにやらせた。マーリー殿が証明してくれるから」
ばたばたと気配がして、マーリー殿があわててやってきた。
「ジェルナン殿、子飼いの兵士たちに信用されないんだって?」
彼はその場の様子を見て取ると、顔を真っ赤にして笑い始めた。
「言わんこっちゃない。なんで平兵士の服なんか着てきたんだ。しかたないな。証明してやろう」
ジェルナン殿は、マーリー殿が面白がっているのが気になったが、仕方がないので渋い顔をしていた。マーリー殿は、兵士共の方に向き直り大声で言った。
「この方は間違いなくジェルナン殿だ。いいか、マスクの下はこういう顔だったんだ。宮廷中が猛烈に驚いたよ」
兵士共は信じられないといったようにジェルナン殿の顔をじろじろ見た。ジェルナン殿は腕組みをして不満そうにしていた。
「どっこも傷も何もないじゃないですか?」
「ないよ、元々」
「おかしいな。ひどいブ男だって聞いたんだがな?」
だれかがひそひそ声で言うのが聞こえて、ジェルナン殿はますます不満そうだった。
「最初っから、この顔だよ!」
ぶすっとしてジェルナン殿は言った。調子に乗ったマーリー殿は兵士に呼びかけた。
「よお、お前ら、この顔の若者なら、陛下のお婿様にぴったりだと思わないか? 顔はきれいだが、腕前は知ってのとおりだ。30代なんかじゃない。20代の若者だ。若い姫様にぴったりだろ」
兵士共は、そんなことはそれまで全然考えていなかったが、マーリー殿の呼びかけにそのとおりだと気づいたらしかった。
「そりゃいい。ジェルナン様、ぜひ行って来て下せえ」
「うん。姫を助けた白馬の騎士だが、政治ばっかりやってるから年寄りなんだと思ってた。違うんだ」
若い平兵士も中堅の兵士たちも、自分たちが思いついた名案のように、この話を受け止めた。彼らが兵舎を後にする頃には、兵隊たちは「われらが王」に新しい期待を見出して、なにかわからないワクワク感をもって彼らを見送っていた。
「余計なことを言うな、マーリー殿」
「バカを言うな。ジェルナン。リップヘンが女王陛下と結婚したらどうなると思ってるんだ」
「どおって……」
「何もかもがリップヘンの思いのままだ。お前の軍隊も、自慢の手榴弾も、リップヘンに取り上げられるぞ。」
ジェルナン殿がだまっているのでマーリー殿はさらに続けた。
「俺の一族は、俺が出世するのを郷里で待ってるんだ。俺が出世したら、子供もマノカイの首都に出てこれる。いままでだって、俺の一家はちょこちょこマノカイの宮廷に出仕してきたが、金がないんでそんなには来れなかった。役職ももらえない。だが、お前が来た。お前はもともと高位の貴族だから、金がなくても、コネで仕官は出来る。仕官できなきゃ役職がもらえない。役職がなけりゃ、田舎で貧乏暮らしだ。だから、出世してくれ、ジェルナン。お前にかかってるんだ」
「人を出世の道具みたいに言うな」
「食うか食われるかの瀬戸際なんだ。お前もそうだが、プレショーンもジャボット殿も、あのバッソンピエール殿ですらそうなんだ。」
平兵士の格好をしてマスクのないジェルナン殿は、とても若く頼りなさそうに見えた。
「わけのわからない感傷じゃないのか? 何にこだわってるのか知らんが」
マーリー殿はジェルナンの肩をつかんだ。
「頼むよ。陛下がお前を気に入ってるのは知ってる。夕べだって大喜びだった。身分的にも釣り合う。早くなんとかしてこい」
「何とかとか言われても……。晩から会食の予定が入っている」
「ああ、そんなものキャンセルするんだ。そして、陛下のサロンにそのリュートでも持っていって、自慢の声で恋歌でも歌って来い。いちころだ」
「何てことを言うんだ。失礼だな。陛下を虫みたいに」
「どうせ、たいしたことない客だ。公妃様がいけしゃあしゃあと戻ってきたのだろう。陛下は謁見しない方向なんで、お前が代わりに出ることになったんだな」
公妃様?
ジェルナンはびくっとした。
彼はマーリー殿を見つめた。
「公妃様?」
「ああ、リップヘンの無軌道な母親だ。陛下はお嫌いだろう。あれほど陛下のご即位に反対していた女だからな。牢に入れたいくらいだろう。実際には身分が高すぎるのと、リップヘンの実母だから逮捕監禁は無理だがな」
ゆっくりとジェルナン殿の口がしゃべった。
「そうか。いや、わたしも公妃様はごめんだな。リップヘンに押し付けるか」
「だめだ。リップヘンとは犬猿の仲だ。誰かもっと身分の軽いものがいいだろう。宮廷での地位を思い知らせてやれ」
「みんな、冷たいんだな」
「仕方ない。散々勝手をして和平に反対してきた。内戦の原因みたいなもんだ。同情の余地はない」
ジェルナン殿は、忘れていたことを思い出した。
彼のことをおぼえているだろうか?
せっかくここまできたのに。
万一、彼が彼とわかったら、高笑いする公妃の声が聞こえるようだった。
どんな脅しも面白いからやる女だった。
リップヘン同様、いやもしかしたらリップヘンよりも自分のことをよく知っているかもしれない。
リーア姫など、公妃に比べれば全くの小娘だった。
「どうしよう」
ジェルナン殿は、公妃などは無視して、その晩はサロンに出かけた。
例の5人と一緒に並んだ所は、まるで同じくらいの年頃の若者が並んだようだった。
求められて珍しく歌を歌いリュートを弾いた。終わるとひとり去っていった。
公妃様主催の夕食会は参加したら女王陛下に睨まれると言う理由から、参加者もほとんどなく寂しい結果に終わったらしかった。




