第62話 リップヘン殿に、ジェルナン=リョウ説を力説してみた
楽師の余興のあとは、引き続きダンスが行われた。
時間は大分超過していた。
陛下や選び抜かれた少数の貴族だけが踊る儀礼的なダンスではなく、若い宮廷がそれぞれ楽しめるように、大勢が一緒に踊れるスタイルだった。
だが、もちろん出だしのダンスは陛下で、お相手はリップヘン殿だった。
ジェルナン殿は見物に回り、多くの女性たちをがっかりさせた。
「踊ってこんかい」
バッソンピエール殿に危うく本気で殴られる所だった。
バッソンピエール殿は、ジェルナン殿の若い顔を見ると、うっかり口が軽くなり、いらぬアドバイスを連発した。
「バッソンピエール殿、着換えに行くんですよ。この格好は楽師の格好です。わたしは若く見られすぎる。ほら」
楽師の格好は似合ってはいたが、確かにジェルナン殿の地位と身分では仮装でもしているような感じだった。
「年相応に着替えますよ」
ジャボット殿や取り巻きのユーベック殿は、目立たないようダンスのあいまに出て行くジェルナン殿の後姿を、もうあきれたように目で追った。目立たないようにと言ったが、相当目立っていて、中には立ち上がって顔を覗き込もうとする無礼者も居た。
「あんな男が正体だったのか」
「今までとのギャップがひどい。あれじゃあサロンで活躍するどこの優男にも負けないじゃないか。あれほど、陛下のサロンに参加したがらなかったヤツなのに」
「見た目、恐ろしく軟弱タイプだったんだ。リップヘン殿が殴りに行く気持ちがわかる」
「ダメですよ。あの方、すごい銃の腕前です。ジェルナン殿ご自慢の兵敞を一度見物させてもらったんですが、模範演技をして見せてました。おそろしい強面です」
「そのときはマスクをしてたんだろ」
「ええ」
「それなら納得できるがなあ。今のあの顔じゃなあ……」
全員が妙なため息を付いた。
ジェルナン殿が普通の格好になって戻ってくると、会場中の注目が彼に集まった。さっき歌った声の印象がまだ強く残っていて、マスクがないと整った顔立ちがやたらに目立って会場一の色男に見えた。
うまく間に合って、ジェルナン殿はまず陛下と踊った。
だが、そのあとは、いろいろな家の令夫人だの令嬢だのが押しかけてきて、何がなんだかわからない状態で踊り続けた。普通、男性がダンスを申し込むはずだったのが、今晩はめちゃくちゃで、女性側から何時果てるともなくリクエストが入り続け、もうへとへとだった。
つい、うっかり丁重にしてしまう生まれつきは直らず、陰の司令官バッソンピエール殿は陛下が怒るとイライラした。
「お前は女心と言うもんがわかっとらんのだ。この若造が」
「バッソンピエール家のご令嬢とも踊りましたよ」
ようやくどこかでけりをつけ、自席にもどったジェルナン殿は水を飲んだ。
「え? 誰と?」
「誰だかもうわかりません。なにしろバッソンピエールの方々とは、わたし5回も踊りました。多分」
バッソンピエール殿の家族構成を知っている者達は、心の中で計算した。どう計算しても、一人頭2回位づつ踊っている計算になる。
「誰だろうね?」
バッソンピエール殿が下手に出て聞いてきた。
「奥方とも踊りましたよ。おひとり年配の方がおられましたもん」
ジェルナン殿が指摘した。
「ジェルナン殿、たまには断るという芸も身につけたらいかがかな?」
バッソンピエール殿の口調には怒気が含まれてきた。
「今、わたしもそう考えていたところです。これではたまらん。歌くらいならとにかく」
マーリー殿が傍らのジャボット殿にささやいた。
「やっぱり顔はあんなでも、ジェルナンはジェルナンだな。全ッ然、浮かれてないし。あれだけ大騒ぎされたら、ちょっとは舞い上がりそうなもんだが」
「明日の税制会議の段取りでも考えていそうだ」
しかし、リップヘンがおおまたでどんどんやってきたので、話は中断された。
「おい、リョウ」
「あ、リップヘン殿」
「リョウ、お前」
リップヘンは片手でリョウの襟をつかんだ。
「やめろ、リップヘン殿」
「ジェルナン殿に何をする」
「こいつがジェルナン殿だと?こいつはリョウだ。楽師で占い師だった。姫の結婚を予言し、マノカイの存続を予言した男だ。ゼノアの王の気に入りで、ラセルの側近だった」
「そして、リーア姫のために生きてきた」
ジェルナンが低い声で言った。
「わたしの予言は全部リーア姫のためのもの。姫のいる場所以外に存在したことがない。姫のそばで遊び相手を務め、マノカイの王宮に行き、ゼノアの王宮に行った。姫から呼ばれて、何もかもなげうって、尼僧院に行った。小さい頃の姫の遊び相手を務めた思い出の場所だ」
リップヘンはジェルナン殿の言葉が理解できないようだった。
「何を言っている」
「ジェルナン殿がリョウなのではない、リョウがジェルナン殿なのだ」
「うそつけ」
「リーア姫はわたしを知っている。そのことはリップヘン殿もよく知っているではないか」
リップヘン殿の手が緩んだ。
「リョウはジェルナン・ライカだったと?」
「仕方がないではないか。歌を歌ったら、ゼノアの王の気に入りになってしまったのだ。音楽が好きだったからな。あの頃、リーア姫様はゼノアにいたし」
リップヘンは手を離し、空いていたマーリー殿の席にどっかり座った。
緊張していたまわりがようやく息をついた。
リップヘンの「気に入らなかったら刀を抜く病」は知れ渡っていた。そもそもライバルとして有名だったこの二人なので、何が起こるか知れたものではないと心配したのだ。
そして、人々は二人の回りを離れた。リップヘンの目つきが出て行けといっていたからだ。マーリー殿もジャボット殿も、バッソンピエール殿さえもが、場所を譲って知らん顔をしていた。
ジェルナン殿は傍らのリップヘンを見ていたが、突然何かを思い出したようにふっと笑って、
「そら、やっぱり覚えていたろう」
と言った。リップヘンは向き直って、ムキになって答えた。
「お前だとは思っていなかった。兵士のだれかれを一生懸命思い出していたのだ。誰がお前のような軟弱野郎を兵士だなんて思うか」
「ひどいな。わたしは最終的にはリンゲルバルト殿の軍で連隊長を務めていたのに」
「しかもなんだ、さっきのリーア姫様のためにとか言う与太話は」
ジェルナン殿は笑った。
「覚えていないだろうけど、昔、マノカイの宮廷で、リップヘン殿とリーア姫が遊んでいたことがあった。わたしもいた。姫は花束を作っていた。思わず言ったよ。それをわたしにくださいって」
リップヘン殿は妙な顔をした。そしてリョウをにらんだ。
「なんだ、それは。姫はまだ小さかったんじゃないか」
「小さかったよ。リップヘン殿も小さかった。だが、小さいリップヘンはそれを聞いてどうしたと思う?」
「俺か? 全然覚えがない」
「わたしに向かって石を投げたよ。頭に当たった。昔っから乱暴だ」
リップヘンは声を上げて笑った。会場中が振り向いた。
「俺らしい」
「そうだ。だが、今度はわたしの番だ」
「なんだ、それは。宣戦布告か?」
「そうだ。ここまできてしまった。もうだめだ」
「だめ?」
「引き返せない」
「言ってることがわからん。ああ、そうだ、思い出した」
リップヘンの顔にはあからさまな侮蔑の色が浮かんだ。まるで、汚いものでも見るような目つきだった。
「そうだった。流れ者のいんちき占い師の話を思い出したよ。薄汚い手のくせに、高貴の姫君にあこがれていた下衆野郎だ」
顔には出さなかったが、ジェルナン殿はむっとした。
「いかれた目つきで、飢えたような歌ばかりを歌っていた。どうせ誰にもばれないだろうとでも思ってたんだろう」
彼はそういうと突然席を立ってしまった。
遠巻きにしていたバッソンピエール殿やマーリー殿がすぐ戻ってきた。
「大丈夫か? リップヘンは、すぐ剣を抜く困ったやつだ」
「大丈夫だよ。殴られなくてよかった。昔はしょっちゅう殴られていたんだ」
バッソンピエール殿がちょっと意外そうな顔をした。
「なんだ、仲良しじゃないか」
「バッソンピエール殿、リップヘン殿がわたしのことを仲良しだと思っていても思ってなくても、剣を抜くときは抜くんですよ。油断も隙もない。リップヘンのことはよく知っています」
いや、そんなによく知っていたわけじゃなかったようだ。
鈍いんだと勝手に思い込んでいたリップヘンだったが、そうでもなかった。




