第60話 ジェルナン殿、マスクを取る(予定)
翌日マーリー殿に会って、感想を聞かれたジェルナン殿は答えた。
「カリベルトはバカ。ヴィットリオとナッサウは策士で野心家。ウィレムは無軌道で不良。ナッサウも不良。全員男前。全員口はうまい」
「なんだ、それは」
「姫の取り巻き連中の話です」
「どんな連中なのかさっぱりわからないが、連中は女王陛下のご機嫌取りなのか?あんたは勝てそうなのか?」
「やつらは勝つつもりらしい。だって、私のことを年寄りだと思ってるんだもの」
「それだったら、もう潔くマスクをはずせ。若く見える」
「ううむ」
「リップヘンにも事情はそろそろ伝わってるはずだ。噂を流したからな」
「え?」
「リップヘンと同時期にラセル陛下に仕えたことがあると言う噂」
「誰のことかわかるかなあ。わからないんじゃないかなあ……」
バッソンピエール殿の命令で、ジェルナン殿は何回かサロンに通い、リュートで盛り上げた。
事情が分かってくると、ジェルナン殿だって話に加われたし、冗談もだが、そのほかに皮肉やイヤミも言えたし、噂をまき散らすことだってできた。
「利用方法もあるよね」
キョトンとした様子のマーリー殿に向かってジェルナン殿は解説した。
「いいか? 陛下に好意を持ってもらうために通うんだ。それがサロンの正しい利用法だ。わかったな? 妙な用途を思いついちゃいかん」
バッソンピエール殿がジェルナン殿をけん制した。
メンバーは例の5人だけではなく、7~8人の間で入れ替わっていた。彼もそのうちの一人というわけだった。
ある晩など、リップヘンが漬物石みたいにサロンに居座っていた。
彼も義務感に駆られてやってきたらしいが、むっつり押し黙り、あたりに異様な威圧感を与えていた。
さすがにジェルナン殿も笑い出してしまった。
リップヘンに軽い話題を期待してもどうにもならない。宮廷の誰彼について軽口でもたたこうものなら、とんでもない事態が起こりそうで、青年達は警戒して黙っていた。面白い話題など出てくるはずがなかった。
これでは、リップヘンも参加しにくいはずだった。陛下ももてあましているに違いない。
ジェルナン殿が来ると、彼らはほっとした顔をした。ジェルナンは「同年輩同士で何とかしてほしい」と言う空気を読み取った。
しかたなくジェルナン殿は、彼のことを最強のライバルと信じているはずの男の横に並び、ご機嫌取りをする羽目になった。
「ゼノアにいたんだってな」
「いましたよ」
唐突にこの話題で、ジェルナン殿はぶすっとした。若者どもは実は聞き耳を立てていた。2大ライバルの直接対決である。
「そのときの名前は?」
「言いたくない」
「なんだと?」
「さんざんなぐりやがって」
「なに?」
ジェルナン殿はぷいと横を向いた。
さっきまでの重苦しい空気は消え去って、陛下と若者たちは、現役元帥と国務官の掛け合いに必死に聞き耳を立てていた。このふたりの立場を考えると、可笑しすぎて大笑いしたかったらしいが、笑うわけにはいかないので、神妙に別の話題を続けていた。
「今度、陛下の主催でパーティをなさるそうですが」
「ええ、ええ」
「ぜひ招待状をくださいませ。陛下がどんなにお美しいか拝見しとうございます」
「もちろん」
「俺が殴っただと?」
いきなりリップヘンの大声が混ざって、会話は中断した。
「だって、兵卒で入ったからな。殴って蹴られて首を絞められたよ」
「一兵卒をいちいち殴りに行ったりせんわ」
「兵卒じゃない。最後は連隊長までいったよ」
「そんなやついたっけな?」
ジェルナン殿はむすっとした様子であまりしゃべらなかった。
「おい、いい加減に名を名乗れ」
「今度、顔をさらしてやるよ」
「俺の知ってるヤツか?」
「覚えてなければ記憶喪失だ」
「なんだと?」
やがて時間になり全員が退出すると、宮廷中がこの噂で持ちきりになった。若者どもが、面白がって方々でしゃべって歩いたからである。
「ジェルナン殿。あの噂は本当か?」
「どの噂?」
「リップヘン殿とケンカしたとか言う」
「ケンカじゃありませんよ。まあ、ジェルナン殿とゼノアで一緒だったということで前振りですな」
「まえふり?」
「そう。ジェルナン殿は、別の名前でリップヘン殿の近くにいたと言うことを認識してもらうために。でないとマスクをはずせない」
「へえ。ではついに」
「仕方ありません。陛下のご命令です」
プレショーンが、陛下がマスクをはずすようにと命じていると終に伝えてきたのだ。
「いつから取るのだ?」
「今晩から」
「なるほど。パーティからか。よかった。これで本格的に戦える。貴公はリップヘン殿に負けない程度には男前である」
マーリー殿は手をすり合わせて喜んだ。ジェルナン殿はマスクの下で複雑な顔をしていた。
だが、その壮麗なパーティの席にジェルナン殿の姿はなかった。




